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科学技術振興機構報 第278号

平成18年4月7日

東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
電話03(5214)8404(総務部広報室)
URL http://www.jst.go.jp

世界初!テラヘルツ波の光の粒を捕らえて画像化することに成功
(生体分子・細胞における生命活動の観察への応用に期待)

 JST(理事長 沖村憲樹)の研究チームは、"光"と"電波"の狭間にあるテラヘルツ周波数帯(1012/秒)の電磁波(テラヘルツ波)に対して、光の粒子(光子(注1))を一つずつ数えて画像化する超高感度の走査型顕微鏡を世界で初めて開発しました。
 波長が約1μmよりも短い可視光や近赤外光領域では、光電子増倍管と呼ばれる電子管を使用する事が可能で、光子検出レベルの顕微鏡が極微弱発光の観察に威力を発揮しています。しかし、波長がずっと長いテラヘルツ波は、光子のエネルギーが100分の1程度と極めて小さいため、テラヘルツ波の光子検出は難しく、これまで光子レベルでの画像化は不可能でした。
 今回開発された顕微鏡は、本研究チームによって開発された半導体量子素子による新しいタイプの光子検出器(量子ドット検出器)を独自方式の走査型光学系に組み込んだものです。この顕微鏡を用いることにより、磁場中で4K温度に冷却した半導体試料から、毎秒100個程度放出される極微弱なテラヘルツ波(波長132μm)を50μmの空間分解能で画像化することに成功しました。これは、光を波として検出する従来方法に比べて、1000倍以上の感度を有します。
 テラヘルツ波は遠赤外光とも呼ばれ、その周波数は水分子や生体分子の運動周波数に対応しています。そのため、今後空間分解能を向上させることにより、細胞内のサーモグラフィ、さらには生命活動中の分子が振動や回転する様子の観察へと応用が期待されます。
 本研究の成果は、JST戦略的創造研究推進事業 発展研究(SORST)の研究テーマ「赤外−サブミリ波領域の光子検出器開発と走査型顕微鏡の開拓」において、小宮山進(東京大学大学院総合文化研究科 教授(研究代表者))と、生嶋健司(同上 助手)によって得られたもので、米国応用物理学会誌「Applied Physics Letters」のオンライン版に2006年4月10日付(米国時間)に公開されます。

【研究の背景と経緯】

 テラヘルツ波(周波数1012ヘルツの電磁波。波長3μm〜1mm)(平成28年11月14日追記)は、"光"と"電波"の狭間にある電磁波です(図1)。分子の振動・回転運動、分子間相互作用、固体の格子振動や半導体ナノスケール素子の光学応答など、様々な現象にともなう振動数に対応することから、あらゆる物質の情報を直接反映する電磁波として、近年その応用が有望視されています。しかし、光子エネルギーの高い可視光・近赤外光領域では威力を発揮する、光子を一つずつ数える極限感度の計測が、テラヘルツ波の領域には応用できません。そのため、単一分子自身の延び縮みや回転による運動や、小数の電子の振動運動を直接観察することは今まで不可能でした。

【研究の内容】

 今回開発された顕微鏡は、数年前に本研究チームによって開発された新しいタイプの単一テラヘルツ光子検出器(量子ドット検出器)を用いています。JSTの研究チームの生嶋助手・小宮山教授(東京大学大学院総合文化研究科)らは、今回その検出器を独自方式の走査型光学系に組み込むことによって、測定対象物の微小領域において、電子がテラヘルツ周波数で振動する際、そこから放出される極微弱なテラヘルツ波の放射を一つ一つの光子の粒として捕らえることを可能としました。従来、強力なテラヘルツ光を外部から照射して、その反射光や透過光を観測する方法は存在しましたが、それでは被測定対象自身の運動を捕らえることが出来ませんでした。開発された顕微鏡は、外部照射光を用いないために、被測定対象の極微の運動を、外部から一切乱すことなく、ありのままの姿で捕らえることができる点に特徴があります。
 光子検出器は、ガリウム砒素とガリウムアルミニウム砒素化合物半導体の積層構造(ヘテロ構造)中の直径約0.5μmの微小な導電性の領域(量子ドット(注2))に微細な金属製アンテナを結合した構造を持っており、磁場中で動作する単一量子ドットの検出器です。(図2)。この素子を、電子一つの電荷で制御可能な極微のトランジスタ(単一電子トランジスタ(注3))として動作させ、0.4K以下の極低温に冷却して量子効果を発現させ、検出器にしています。
 その検出機構は、一つのテラヘルツ光子が量子ドットに入射して吸収されると、量子ドット内の一つの電子にその光子エネルギーが転換されることを利用しています。この余分なエネルギーをもらった電子が周辺電位を変化させ、単一電子トランジスタに流れるトンネル電流をスイッチします。したがって、テラヘルツ光子が一つ吸収される度に単一電子トランジスタの電流がスイッチングし、電流パルスの数を数えることによって光子数を測ることが出来ます。この方法により、従来よりも感度が1000倍以上になっています。この量子ドット検出器を顕微鏡に組み込むために、本研究では検出器の測定方法を改良し、以前より100倍の高速動作を可能にしました。これは、測定時間の短縮という実用的な側面のみならず、波長帯域拡張などの検出器自身の性能向上にも貢献しました。
 図3は顕微鏡の構成を示しています。量子ドット検出器はシリコン製の半球状レンズの焦点位置に固定され、保護ダイオードとともに0.3Kの温度に冷却されています。今回用いた被測定試料は、低温・強磁場下で量子ホール効果(注4)を示す半導体素子(量子ホール素子)であり、断熱部を介して10倍程度の高温部(4.2K)に置かれ、XYステージ上にセットして走査可能にしています。シリコン製の半球状レンズを被測定試料に密着させることにより、この対物レンズをソリッドイマージョンレンズ(注5)として機能させ、XYステージを動かすことにより、レンズ焦点が試料全領域を走査してイメージング画像を得ます(図4)。シリコン結晶が大きな屈折率(3.4)を持つことから、真空波長(132μm)よりも小さな空間分解能(50μm)を達成しています。
 この超高感度のテラヘルツ顕微鏡により、量子ホール素子に端子から電流が注入される点と、端子へ電流が出てゆく点(対角線上反対の2つのコーナー)から、極微弱なテラヘルツ波が発生していることを見出しました。これは、磁場中で電子がテラヘルツ波の振動数で円運動(サイクロトロン運動(注6))し、その振動数と同一のテラヘルツ波を放射(サイクロトロン放射)するためです。電流注入点と抽出点では大きなサイクロトロン半径で振動するエネルギーの高い電子が一時的に生成され、それが小さなサイクロトロン半径の振動に収縮する際にテラヘルツ放射が起きます。この端子近傍でのテラヘルツ放射は極めて微弱であるため、従来の検出方法では1万個以上のホール素子アレイを並べてその平均を観測するか、もしくはテラヘルツ放射に必要と予想される電流値の100倍以上の大きな電流を加える必要がありました。 本測定法は従来の世界最高の検出感度に比べても、さらに1000倍以上の感度を有する測定であるため、たった1個のホール素子を、しかも電流注入点と抽出点を区別して、ある微小な電流値(1μA以下)でテラヘルツ放射が発生することを観測できました。これにより、電流注入点では放射に必要な電流値が抽出点の半分程度であることを発見し、このテラヘルツ放射のメカニズム解明に大きく寄与しました。

【今後の展開】

 この顕微鏡のもう一つの特徴は、量子ドット検出器はある目的波長だけを検出することができ、磁場を加えることによりその目的波長を変更することが可能(120μm〜170μm)な点です。そのために、検出されるテラヘルツ波の光子エネルギーを分光することができます。また、ここでは磁場中動作の量子ドット検出器が使用されましたが、本研究チームでは磁場無しで動作する量子ドット検出器も開発しており、目的に応じて無磁場での測定も可能です。
 今回開発した顕微鏡は空間分解能が50μmですが、将来的には近接場光技術(注7)を導入することによってサブミクロンの分解能が期待できます。そうすれば、真空断熱層を介して常温試料からのテラヘルツ波観察も期待できます。
 テラヘルツ波はあらゆる物質のダイナミクスに関する直接的情報を反映することから、光子検出レベルの観察は分子や固体の幅広い基礎研究に貢献すると考えられます。その中で最も期待される応用は、生体細胞の活動や生体分子の生体活動に伴う運動を妨げること無しに検知することです。標準的なテラヘルツイメージング法では、外部光を試料に照射してその反射光や透過光を測定します。そのために、化学物質の同定や構造検査には有力な手段ですが、外部光によって分子の運動が変化してしまうので、生命活動自体に起因する運動情報を捉えることは困難です。したがって、生命活動の研究には、細胞や分子自身が生体活動に伴って放射するテラヘルツ波の光子を、本方法のようにパッシブ(受動的)に検出することが本質的に重要となります。本測定法の将来性として、具体的には、細胞内部における局所的代謝を反映した熱放射の画像化(細胞内のサーモグラフィ)を通した生命研究や、1細胞診断、また、化学反応における少数分子のダイナミクスを直接分光的に追求する手段を与えると考えられます。本研究における顕微鏡は、その可能性を開く第一歩となります。

【用語解説】
図1 テラヘルツ波
図2 量子ドット検出器
図3 顕微鏡の構成
図4 テラヘルツ波の光子計数により得られた画像

【掲載論文名】

 "Photon-counting microscopy of terahertz radiation"
 (テラヘルツ放射の光子計数による顕微観察)
 doi :10.1063/1.2194473

【研究領域等】

 戦略的創造研究推進事業 発展研究(SORST)
 研究課題名:「赤外−サブミリ波領域の光子検出器開発と走査型顕微鏡の開拓」
         (研究代表者:小宮山進教授)
 研究代表者:小宮山 進(東京大学大学院総合文化研究科 教授)
 研究実施期間:平成14年3月 〜 平成19年3月

<お問い合わせ先>

生嶋 健司(イクシマ ケンジ)
 東京大学大学院 総合文化研究科
 〒153-8902 東京都目黒区駒場3-8-1
 TEL:03-5454-6762
 FAX:03-5454-6762
 E-mail:

小宮山 進(コミヤマ ススム)
 東京大学大学院 総合文化研究科
 〒153-8902 東京都目黒区駒場3-8-1
 TEL:03-5454-6738
 FAX:03-5454-4327
 E-mail:

相馬 融(ソウマ トオル)
 独立行政法人 科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第三課
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