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科学技術振興機構報 第270号

平成18年3月23日

東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL http://www.jst.go.jp

分子を機械的に動かすことができる"分子ピンセット"の開発に成功
(「分子ロボット」開発への大きな一歩)

 JST(理事長 沖村憲樹)は、光で動作するピンセット状の分子を用いて、別の分子を捕らえ、物理的にねじることに成功しました。
 大きさが10億分の1メートル(1ナノメートル)ながら、機械のような動作をする分子機械と呼ばれ、ナノテクノロジーの究極の目標として注目を集めています。今回、光により伸縮運動を起こすアゾベンゼン注1、軸回転運動を行なうフェロセン注2、塩基性分子をつかまえることのできる亜鉛ポルフィリン注3という3種類の部品を組み合わせることで、光により駆動する分子ピンセットを開発しました。また、この分子ピンセットにより、ビイソキノリン注4という回転軸を持つ塩基性の分子をはさむことができました。 この状態で光を照射すると、分子ピンセットの先端にあたる亜鉛ポルフィリンの開閉運動により、ビイソキノリン分子の回転軸にひねりの力が加わり、結果的に「ねじられる」ことになります。さらに、円二色性注5という特殊なスペクトル測定により、その様子をとらえることに成功しました。これは、異なる分子を組み合わせ、それらを連動して動かした分子機械の初めての例であり、分子ロボット開発への大きな一歩と言える成果です。
 本研究の成果は、JST戦略的創造研究推進事業、個人型研究(さきがけ)「光と制御」研究領域(研究総括:花村榮一)における研究テーマ「インテリジェント光駆動分子機械の構築」の金原数(きんばらかずし)(東京大学大学院工学系研究科 講師)と、東京大学ナノバイオインテグレーション拠点の相田卓三(同上 教授)、村岡貴博(同博士課程2年)らの研究グループによるもので、英国の科学雑誌「Nature」の誌面に2006年3月23日(英国時間)掲載されます。

<研究の背景>

 機械のような動きを起こす分子は「分子機械」と呼ばれており、そのサイズがナノメートル領域になることから、ナノ医療、ナノデバイス設計など、ナノテクノロジーに関連する分野で重要な研究対象となっています。これまで報告されてきた人工分子機械の多くは、回転運動、スライド運動など比較的単純な動きをするものがほとんどで、機械というよりも部品に近いものであり、その応用も、スイッチング素子など限られた範囲にとどまっていました。一方で、実在する機械のような複雑な動きを起こす分子機械を単一分子で作ろうとすると、化学合成が指数関数的に難しくなることが大きな障壁となります。このため、合成の容易さと分子の動きの高度な制御という2つの要求を満たすような分子機械の設計方法を確立することが、極めて重要な課題になっています。

<成果の内容>

 今回、金原数、村岡貴博、相田卓三らは、アゾベンゼン、フェロセン、亜鉛ポルフィリンという3種類の部品を結合することで、光照射により2つの亜鉛ポルフィリン間の距離が変化する、「光駆動分子ピンセット」を合成しました。この分子は、紫外光を照射するとアゾベンゼンが縮み、ピンセットの先端にあたる2つの亜鉛ポルフィリン部位の距離が開きます。反対に可視光を照射すると縮んでいたアゾベンゼンが再び伸び、これと連動して先端の亜鉛ポルフィリン部位は近づきます。このように、紫外・可視光照射により、可逆的に2つの亜鉛ポルフィリン部位の距離を変化させることができます(図1)。
 亜鉛ポルフィリンは窒素原子を有する塩基性化合物と配位結合により強く相互作用することが知られています。そこで、塩基性窒素原子を有するプロペラ状の分子であるビイソキノリンをこの分子ピンセットに加えたところ、両者が強く相互作用し、ビイソキノリンが2つの亜鉛ポルフィリンの間に捕らえられることを紫外可視吸収スペクトル注6により確認しました(図2)。さらに、円二色性スペクトルにより、分子ピンセットが閉じた状態(可視光照射状態)では、ビイソキノリンがねじれた状態で固定されていることを見出しました。
 この分子ピンセットとビイソキノリンの複合体に紫外光照射を行ったところ、複合体の状態を保ったまま分子ピンセットのアゾベンゼン部位が異性化反応を起こすことにより縮み、その結果、ピンセットの先端である亜鉛ポルフィリンの位置を変化させる(開く)ことに成功しました。この際、ビイソキノリンは分子ピンセットからはずれることはなく、ビイソキノリンの分子のねじれが解消されることが円二色性スペクトルの変化から分かりました。
 このように、光駆動分子ピンセットを用いることにより、ビイソキノリンという全く別の分子を捕らえ、光エネルギーを利用して「ねじる」ことに成功しました。

<今後の展開>

 本研究成果は異なる分子の間でナノスケールの動きを正確に伝えることが出来たという点で、分子機械の設計の自由度を飛躍的に進歩させる結果といえます。また、他の分子を機械的に動かすことで物性をコントロールする、という新しい応用分野への展開も考えられます。今後の分子機械設計、応用という両面で、分子機械の発展に大きく貢献できると期待できます。


【用語解説】
図1.光駆動分子ピンセットの化学構造と光照射にともなう動き
図2.光照射に伴う分子ピンセットとビイソキノリンの動き

【論文名】

Mechanical twisting of a guest by a synthetic molecular machine
(合成分子機械によりゲスト分子を機械的にねじる)

【研究領域等】

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
「光と制御」研究領域(研究総括:花村 榮一)
研究課題名:インテリジェント光駆動分子機械の構築
研 究 者:金原 数(東京大学 大学院工学系研究科 講師)
研究実施場所:東京大学 大学院工学系研究科
研究実施期間:平成15年10月〜平成19年3月

【お問い合わせ先】

金原 数(キンバラ カズシ)
 東京大学 大学院工学系研究科
 〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1
 TEL:03-5841-8801
 FAX:03-5841-7310
 E-mail:

白木澤 佳子(シロキザワ ヨシコ)
 独立行政法人科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第二課
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
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