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科学技術振興機構報 第248号

平成18年1月30日

東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL http://www.jst.go.jp

ヒトの耳垢型がABCC11遺伝子の一塩基の変化で決定されることを発見

 JST(理事長:沖村憲樹)の研究チームは、ヒトの耳垢型がABCC11遺伝子の1つの塩基変化によって決定されていることを世界で初めて発見しました。
 ヒトの耳垢型は、湿型と乾型があることが知られており、乾型は、特に日本を含む東北アジア地方で、湿型よりも頻度が多く、日本では70〜80%が乾型であることが知られていました。乾型耳垢は、北アメリカ、南アメリカの先住民族にも認められていて、過去に民族が広がっていったことを示す証拠の一つと思われています。ヨーロッパ人、アフリカ人では、ほとんどが湿型で、ヒトは、もともと湿型の耳垢であったろうと思われます。また、耳垢型は、湿型が乾型に対して優性*1で、最も認知しやすく、最も単純な遺伝様式をとる形質のひとつです。
 今回、研究チームは薬剤耐性*2遺伝子として知られていたABCC11遺伝子が、耳垢型を決定している遺伝子であることを発見しました。ABCC11遺伝子の機能的な違いが、耳垢型の判定で可能であれば、耳垢型を何らかの薬剤効果・副作用の違いを予測する基準のひとつとすることができます。今後は、ABCC11遺伝子が、どのような薬剤の代謝に関係しているのか、興味のもたれるところです。
 本成果はJST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「ゲノムの構造と機能」(研究総括:大石道夫(財)かずさDNA研究所 所長)の研究テーマ「染色体転座・微細欠失からの疾病遺伝子の単利と解析」の研究代表者・新川詔夫(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 教授)と吉浦孝一郎(同助教授)らによって得られたもので、米国科学雑誌「Nature Genetics」オンライン版に2006年1月29日(米国東部時間)に掲載されます。

<研究の背景>

 耳垢型は、古くから知られていた、2つの形質をもつ有名な遺伝形質でした。
 外見からも非常にわかりやすく、容易に判断できるために長い研究の歴史があります引用文献(1, 2)。湿型と乾型の区別がなされ、湿型が乾型に対して優性です。乾型は、日本では70〜80%をしめ、多数派ですが、ヨーロッパ人、アフリカ人はほとんどが湿型であって、乾型は、少数派です。乾型の頻度は、東北アジアを中心に最も高く、南下あるいは、東西に向かって頻度が低くなっています。北アメリカ、南アメリカの先住民にも乾型耳垢が認められ、過去に北アメリカ、南アメリカにアジアから移住した民族がいたのであろうといわれています。また、日本では、腋臭症が湿型耳垢と関連があるといわれています。このように、日本人には湿型、乾型の両形質がそれなりの頻度で存在していることから、しばしば話題にされ、人類学的な興味をそそるものでありましたが、その決定遺伝子は不明でした。我々は、ある疾患の連鎖解析*3の途中で、耳垢型を決定する遺伝子が染色体16番に存在することを偶然発見し、報告しました引用文献(3)。 今回はその研究を進めて、耳垢型を決定する遺伝子が、薬剤耐性に関連するABCC11遺伝子にあることを発見しました。

<研究の内容>

 我々は、ある疾患の連鎖解析の途中で、耳垢型を決定する遺伝子が染色体16番に存在することを偶然発見し、報告していました。しかし、連鎖解析で用いたような数世代の家系を解析しても、遺伝子の存在が疑われる領域は極めて広く、耳垢型を決定している遺伝子を特定するのは、困難でありました。そこで我々は、近年、多因子遺伝疾患*4の解析に用いられる、ケース・コントロール試験*5を行って耳垢型決定遺伝子を同定することを試みました。乾型耳垢型は、過去に変化をもった少数の祖先から現在まで引き継がれてきているのであろうと推測されたため、ケース・コントロール試験は、耳垢型決定遺伝子に極めて有効な手段であると考えられました。
 実際に、まず、118人(54人が湿型、64人が乾型)のDNA試料を収集し(耳垢型の判定は自己申告)、DNA多型マーカー*6(CA-リピートマーカー、および一塩基多型:SNP)を利用しケース・コントロール試験を行いました。ABCC11遺伝子のDNA多型部位(c538G>A)が、統計学的に極めて有意でありましたが、「耳垢型が単一遺伝子で決定されている」とするこれまでの仮説に矛盾するヒトがかなりの数、観察されました。そこで、改めて126人(38人が湿型、88人が乾型)の耳垢を実際に観察しながら耳垢型を決定し、DNA試料を収集して、同様の試験を行いました。乾型88人全員がAA型(アデニン-アデニン型)で、湿型37人がGG型(グアニン-グアニン型)または、GA型であり、湿型1人がAA型でありました。この結果は、湿型1人のAA型を除いて、耳垢型が単一遺伝子によって決定され、おそらく、1人の祖先に由来するものであろうとする仮説に合致するものでありました。 例外の1人もABCC11遺伝子の他の部位にDNAの変化が認められたことから、乾型耳垢型をもつヒトは全員、変化したABCC11遺伝子を2個持つことで、起こることが確認されました。乾型のAの周囲のDNA型も日本人においては、乾型の中では同一であって、乾型が1人の祖先に由来するものであろうとする仮説を強く支持していました。
 ABCC11は、薬剤排出の機能をもつことが知られていて、共同研究として東京工業大学の石川智久教授に、cGMPの排出能を湿型と乾型のABCC11タンパク質*7で測定してもらったところ、乾型では、ほとんど排出されないことが確認されました。

<今後の展開>

 耳垢型の遺伝子が判明し、これまで湿型耳垢型との関連が指摘されていた腋臭症との関連を、確実に検証できると考えられます。
 耳垢型決定の遺伝子は、薬剤耐性遺伝子ABCC11遺伝子であったので、今後は、ABCC11タンパク質が生体内でどのような薬剤の代謝に関わるのかを突き止めることが大きな課題となってきます。そのような薬剤が同定できれば、その薬剤投与時には、耳垢型によって感受性の相違が規定されることになり、まさに個人化医療の実現です。
 乾性型耳垢型は、分布状況、少数〜1人の祖先から受け継がれたと考えられることから、日本人には乾型遺伝子は、渡来人によってもたらされたと考えることができます。そうであれば、どのような時期に、どこにもたらされたのか(渡来人が来たのか)など、人類学的な疑問に答えが出せる可能性がでてきます。

<用語の説明>

<引用文献>

(1) Adachi B.: Das Ohrenschmalz als Rassenmerkmal,und der Rassengeruch ('Achselgeruch') nebst dem Rassenunterschied der Schweissdrusen. Z Rassenk 6, 273-307 (1937).
(2) Matsunaga E.: The dimorphism in human normal cerumen. Ann. Hum. Genet. 25, 273-286(1962).
(3) Tomita H-a. et al.: Mapping of the wet/dry earwax locus to the pericentromeric region of chromosome 16. Lancet 359, 2000-2002 (2002).

【論文名】

「A SNP in the ABCC11 gene is the determinant of human earwax type」
(ABCC11遺伝子内の1個の塩基変化が耳垢型を決定する)
doi :10.1038/ng1733

【著者名】

吉浦孝一郎、新川詔夫、他

【研究領域】

この研究テーマを実施した研究領域、研究期間は以下のとおりである。
JST戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ)
研究領域:ゲノムの構造と機能(研究総括:大石道夫)
研究テーマ:「染色体転座・微細欠失からの疾病遺伝子の単離と解析」
研究期間:平成12年度〜平成17年度

【お問い合わせ先】

新川 詔夫(にいかわ のりお)
 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科
 原爆後障害医療研究施設分子医療部門変異遺伝子解析分野
 〒852-8523 長崎市坂本1-12-4
 TEL: 095-849-7118, FAX: 095-849-7121
 E-mail:

佐藤 雅裕(さとう まさひろ)
 独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造事業本部
 研究推進部 研究第一課
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
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