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科学技術振興機構報 第240号

平成18年1月20日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL https://www.jst.go.jp

世界で初めて電子スピンのらせん配列を直接観察

(欠陥構造の発見と制御にも成功)

 JST(理事長:沖村憲樹)は、磁気センサーや磁気メモリ等の新しいデバイスに用いられる可能性をもつらせん磁性体(注1)の電子のスピン配列を世界で初めて直接観察に成功しました。
 従来、らせん磁性体のスピン配列は中性子回折等の手段で間接的にしか観測されていませんでした。今回の研究は、らせん磁性体の電子のスピン配列を特殊な電子顕微鏡を用いて直接観察したものです。この観察によって、これまで観測あるいは理論的にも予想されなかった、らせん磁性体に特有と思われる欠陥構造(注3)を発見しました。さらに、これらの欠陥は、外部磁場を印加して、電子のスピン配列の再配置を起こすとき、重要な役割を果たしていることを直接観察によって明らかにしました。
 局所ナノ領域の電子のスピン構造を理解し、これを操作することによって、電子の電気伝導を制御することは将来のデバイスの実用化に向けて大変重要です。
 今回の発見は、らせん磁性体の電子のスピン配列が結晶や液晶と同じような欠陥構造をもつという自然の仕組みを明らかにしただけでなく、らせん磁性体において"磁気的欠陥を制御する"というアイデアを新たに付加し、スピンを利用した新しいデバイスの開発に新しい展開をもたらします。
 本研究成果は、科学技術振興機構創造科学推進事業(ERATO)十倉スピン超構造プロジェクト(総括責任者:十倉好紀 東京大学教授)が、物質・材料研究機構、産業技術総合研究所、および東京大学との共同研究によって得たものです。また文部科学省のナノテクノロジー総合支援プロジェクトの支援を受けたものです。米国科学誌「Science」オンライン版および誌面にて、2006年1月20日(米国東部時間)に一般公開されます。

<背景>

 鉄を引きよせたりする磁石の性質は、電子のもつスピンが一方向にそろって配列しているために生じています(図1(上))。電子のスピンの配列によって電気的磁気的性質は大きく変わります。こうした性質を決めている電子のスピンの配列をコントロールするには、電子のスピンの配列を知ることがまず第一歩です。
 電子のスピンがらせん状に配列した物質(らせん磁性体)が自然界には多く存在しています(図1(下))。たとえば、鉄・コバルト・シリコン合金もその一つです。これまで、らせん磁性体のスピン配列は中性子(あるいはX線)を用いた実験で間接的に観測されてきました。
 今回の成果は、電子顕微鏡を用いて初めて直接的に観察することに成功したものです。この直接観察によって、これまでに観察(あるいは理論的にも予想)されなかったナノスケールでの電子のスピン配列の乱れ(欠陥)が発見できました。ここでの観察と発見は、学術的に意義深いのみならず、磁気センサーや磁気メモリなどの電子のスピンを利用したデバイスの開発につながるものと期待されます。

<成果の内容>

 本研究は、鉄・コバルト・シリコン合金(Fe0.5Co0.5Si)単結晶試料に対しローレンツ電子顕微鏡(注2)をもちいて、観察を行いました。その結果、以下のようなことが判りました。

(1)本研究の観察(図2)から求められた、電子のスピンのらせん周期(90nm)および方向は、報告されている中性子回折実験の結果と一致しています。これは電子のスピンのらせん配列の直接観察に成功したことを示しています。
(2)直接観察において、らせんスピン配列の規則性の乱れとしての主な欠陥として二つの欠陥の種類を見出しました。一つはらせん磁気ドメイン境界図2注4)であり、もう一つは転位欠陥(注5)です。
(3)外部磁場を加えながら、電子のスピンのらせん配列が変化する様子の直接観察に成功しました。
(a)外部磁場をらせん軸方向と45度傾けた方向に加えたとき
わずかな外部磁場 (数ガウス)で磁気的欠陥は動き、磁場を強くしていくと多くの欠陥が発生することが判りました。60 ガウス程度の弱い外部磁場で、その方向にらせん軸が向く様子を観察することができました。
(b)外部磁場をらせん軸方向に加えたとき
ゼロ磁場で存在していた欠陥は減っていき、らせん磁気ドメインが成長していく様子を観察することができました。

以上のことから、らせん磁性体において磁気的欠陥の種類および役割がわかりました。これらの発見に、近年盛んになってきている欠陥工学の手法を加えて磁気的欠陥構造を制御することにより実用化につなげることができます。

<今後の展開>

 今後は種々のらせん磁性体の観察を行ない、らせん磁性体における磁気的欠陥のメカニズムと役割、あるいは磁気的性質との関係を明らかにします。また、磁気的欠陥構造の制御を利用した高感度磁気センサーの実現を目指します。

<用語解説>
図1 電子のもつスピン配列
図2 らせんスピン配列の直接観察

<論文名>

Real-Space Observation of Helical Spin Order
(らせんスピン秩序の実空間観察)
doi :10.1126/science.1120639

<研究領域>

研究領域:創造科学技術推進事業「十倉スピン超構造プロジェクト」
(研究期間 平成13年10月~平成18年9月)

<本件問い合わせ先>

金子 良夫(かねこ よしお)
科学技術振興機構
ERATO十倉スピン超構造プロジェクト技術参事
産業技術総合研究所 つくば中央第四事業所内
〒305-8562 つくば市中央第四事業所内
 TEL:029-861-2593  FAX:029-858-8344
 E-mail:

星 潤一(ほし じゅんいち)
科学技術振興機構 戦略的創造事業部
特別プロジェクト推進室 調査役
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 TEL:048-226-5623 FAX:048-226-5703
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