独立行政法人科学技術振興機構―カーネギーメロン大学 国際共同研究プロジェクト
研究領域「計算脳」の研究基本計画
 
近年の神経科学や心理学における研究の発展により、ヒトの脳がどのように行動を生成するかという点における理解が急速に深まってきている。同時に、ロボティクスやコンピュータグラフィックスの分野では、様々な行動生成の理論の構築やその適用がなされ、ヒューマノイドロボット、インタラクティブアニメーションやゲームなどにおいて、優れた例が数多く見られる。しかしながら、このような大きな進歩が見られるにもかかわらず、これらの分野では、我々が日常行うような複雑な行動がどのように、柔軟、ロバストかつ自律的に生成され、組み合わされるかという点における理解はいまだに不十分であると考えられる。本研究の目的は、ヒトの行動における包括的な情報処理モデルを構築し、検証することである。本研究では、日常におけるヒトの熟練した行動を可能にするアルゴリズムやその表現(例えば長期記憶に記憶されたもの)についての研究を脳イメージング、神経科学、行動に関する研究、ヒューマノイドロボットやシミュレーションによる検証などの手段を用いて行う。これらの研究は、神経科学、心理学の観点におけるヒトに関する理解を深め、情報工学の新規応用としての、より優れたロボットやグラフィックアニメーションの構築に大きな役割を果たすと考えられる。計算論的運動制御の分野に位置づけられる本研究は、学際的かつ、情報工学、神経科学、心理学および認知科学における接点となる基礎研究に重点を置いたものである。これらの分野における計算理論の継続的な発展およびその活用の妨げとなる課題は、従来の研究では、脳が自律的に複雑な行動をどのように生成するかという点において、十分に検証可能な仮説を構築することが未だ達成されていないということである。

本研究では、上記のこれらの研究課題の一部分を個別にまたは小グループでの共同研究でそれぞれ行ってきた研究者を一同に集める。川人及びAtkesonは、個々の特定の行動における研究においては成功を収めてきた。しかしながら、ロボットやシミュレーションにおいて、自律的かつロバストに動的な環境との相互作用を実現するような種々の行動の統合には至っていない。本チームの構成員は生物規範型の歩行ロボットやヒューマノイドロボットを開発してきた。例えば、歩行ロボットでは、平地、傾斜面および階段を様々な速度で歩いたり走ったりすること、歩行・走行中やジャンプをした際に正確に足の接地点を制御すること、輪の中をジャンプでくぐったり、宙返りをしたりすること、滑ったりつまずいたりしたときに姿勢を回復することを実現した。また、ヒューマノイドロボットでは、ヒトとの柔軟なインタラクション、ボールの投球、捕球、打撃およびジャグリング、デビルスティックやエアホッケーなどを実現した。川人及びAtkesonは、重要な新しい実験設備の開発や、着想の規模や範囲の質的な変化を前にして、非常に期待すべき時期に来ていると考えている。ヒューマノイド実験機を用いることで、ヒトの行動がどのように生成されるのかということについての研究をより効率的に行い、検証できるものと考えている。着想の規模や範囲に関しては、従来、川人及びAtkesonは他の研究者と同様に、ある単一のタスクのモデル化に着目してきた。しかしながら、本研究では、多数の行動を調整し、行動選択、複数タスク、行動の遷移および誤り補償を取り扱うための理論構築および検証のアプローチについて着目し、ある一つの行動に関する特化した研究から、ヒトの行動生成における一般的な情報処理の理論の構築に向けた重要な一歩となるものと考える。

本研究の特長はヒトの情報処理の理解とより役に立つ機械の開発という両方の深い論理的な点を課題としていることである。神経科学、心理学および認知科学の進歩はヒトの行動がどのように生成されているかという点に関する理解が限られているために、制限されてしまっている。現段階では、どのようにすれば、ヒトが日常行う豊かでかつロバストな行動を人工的に生成可能なのかは明らかではない。現在のロボットの行動は、ホンダヒューマノイドのような高度なヒューマノイドロボットの行動であっても、ヒトができることの一部をおおざっぱに実現しただけのものであり、単一または2、3のタスクに限られている。また、特にインタラクティブなコンピュータグラフィックのキャラクタの動きは誇張されたものであり、自然なものとは言えない。そこで、本研究では、これまでの研究と、生命科学の進展のための行動および神経科学のデータとを関連づけ、脳がヒトの行動をどのように生成するのかということに関する検証可能な理論・仮説およびアルゴリズムを構築し、ヒトの能力に匹敵するヒューマノイドロボットやヒューマノイドシミュレーションを実現することを考える。

本研究において、全身の複雑な運動におけるバランスや歩容の理解に関する理解を深めることにより、幅広い有益な結果をもたらすことができると考えている。一例として、歩行およびバランスの理解を深めることが、障害を持った人や高齢者が歩行や起立姿勢を安全に保つことに関して、今後非常に役に立つものと考えられる。機能的電気刺激(Functional Electrical Stimulation、 FES)による歩行運動の回復が試みられて来ているが、歩行などの望ましい運動を行うためのロバストな制御アルゴリズムが構築されていないため、十分にFESが広く用いられているとは言えない。しかしながら、将来的には、本研究での知見がこれらに活かされるであろうと考えられる。また、不安定な状態や転倒するおそれがあるといった注意を出すことも非常に有益であると考えられる。米国では、けがの20%が転倒であり、入院につながるけがの33%が転倒によるものである。高齢者の転倒は日常十分起こり得ることであり、それに伴う骨折や寝たきり、神経衰弱、肺炎などの病気の発症のような後遺症が発生し得る。転倒は高齢者の事故による第一の死因である。腰骨の骨折をした人の半数は、一年後依然として運動障害が残り、9%は在宅看護を必要とする。子供の運動発達の障害や運動障害を持った人たちの機能回復に関する知見を与えられることも期待される。本研究では言語、表情、ジェスチャーといったマルチモーダルな知覚および生成を可能とする自然なインタフェースの構築も考える。これらのインタフェースは日常の使用や治療などにおける広い範囲での応用が期待される。
具体的な研究目的:
本プロジェクトの目的はヒトの運動およびコミュニケーション機能の生成および制御に関する脳の計算理論を検証可能とする実験機を開発することである。
目標
1) 計算理論:ヒトとヒトのコミュニケーションおよびインタラクションのモデル化ならびにヒトの姿勢、バランス、歩行、全身運動制御の計算理論の構築。本計算理論の重要な点は認知と言語モデルの関連付けを行うことである。(日本側及び米国側)
2) 検証可能な神経科学仮説:計算理論において述べたアルゴリズムを脳がどのようにして実行しているのかということに関する検証可能な仮説を構築する。(日本側)
3) 理論の適用:シミュレーションやヒューマノイドロボットに計算理論を適用し、検証および結果として得られる行動の評価を行う。(米国側)
4) ベンチマークの開発:計算論的神経科学やロボティクスにおいて複雑な行動を評価することのできるタスクやベンチマークを定義する。(米国側)
5) イメージング:神経活動と行動データの関連性を調べる。(日本側)
6) 行動に関する研究:ヒトの行動に関する計算理論と心理学実験により導かれた神経科学における仮説を検証する。(日本側)
7) ヒューマノイドロボットの開発:目標3)および4)に関し、ヒトに近いヒューマノイドロボットを開発する。(日本側及び米国側)
これらの目標を達成するために、日本側の研究グループは認知、神経科学の研究を主に行い、主な実験設備を設置する。米国側の研究グループは数学的、工学的研究およびロボット開発、計算理論の適用を主に行う。
 
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This page updated on January 28, 2004

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