科学技術振興機構報 第218号

平成17年10月18日

東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
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脳の発生に重要な"親分"遺伝子Pax6の機能解明

〜Pax6が制御している脂肪酸結合タンパクは神経幹細胞の維持に重要〜

 JST(理事長:沖村憲樹)の研究チームは、マイクロアレイ法(*1)RNA干渉法(*2)を用いた解析により、脳の発生に重要な転写調節因子Pax6(パックス・シックス)(*3)が制御する脂肪酸結合タンパクFabp7(*4)の機能を明らかにした。
 Pax6は脳の発生のさまざまな局面で重要な働きをすることが広く知られた転写因子であるが、どのような遺伝子のスイッチを制御するのかについては明らかになっていなかった。今回、マイクロアレイ解析により、発生途中の野生型ラットと、Pax6の機能が失われたPax6変異ラットの胎仔脳で、スイッチがオンになっている遺伝子群を比較した。その結果、転写調節因子Pax6がFabp7という脂肪酸結合タンパク遺伝子のスイッチを制御していることが明らかになった。さらに、RNA干渉法により培養ラット胎仔脳のFabp7の機能を阻害すると、未分化な神経幹細胞(*5)の増殖が著しく低下し、未成熟な神経細胞が多数産生された。
 これまで、Fabp7はDHA(*6)などの不飽和脂肪酸に結合することや、未分化な神経幹細胞に局在することは分かっていたが、その機能は不明であった。本研究により、Fabp7が神経幹細胞を維持するのに重要であることが示唆された。本研究成果は、脳の発生発達における遺伝的プログラムと栄養という環境因子の相互作用の解明につながることが期待される。
 本成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CRESTタイプ)「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」研究領域(研究総括:津本忠治(独立行政法人理化学研究所脳科学総合研究センター ユニットリーダー))の研究代表者、大隅典子(東北大学大学院医学系研究科 教授)と新井洋子(同研究科大学院生 現所属マックスプランク研究所)らによって得られたもので、平成17年10月20日午前6時(日本時間)にオンライン閲覧開始される北米神経科学会誌(The Journal of Neuroscience, ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)に発表される。

<研究概要>


 脳の発生において、未分化な神経幹細胞を維持しつつ、分化した神経細胞を産み出す事象は根本的に重要であるにもかかわらず、その遺伝的なプログラムはまだほとんどわかっていない。本研究は、脳の発生でもとくに重要なPax6という転写因子によって制御される遺伝的プログラムを明らかにすることを目的とした解析の第一弾であり、最新の解析技術であるマイクロアレイ法を用いて網羅的な解析を行うことにより、予想外の遺伝子が浮かび上がってきた。

 本研究では、発生途中の野生型およびPax6の機能が失われたPax6変異ラット胎仔脳でスイッチがオンになっている(「発現」している)遺伝子群を、約9000種のオリゴDNAが搭載されているマイクロアレイを用いて比較することにより、Pax6変異ラット胎仔脳で発現が著しく低下している遺伝子としてFabp7を見いだした。実際に生化学的、形態学的にFabp7の局在を調べると、Fabp7は脳の原基を構成する未分化な神経幹細胞で多量に存在しているが、Pax6変異ラット胎仔脳ではほとんど検出できなかった。Fabp7は胎生期脳や成体脳海馬に発現するという報告はあったが、その機能は不明であった。そこで、培養ラット胎仔脳に対するRNA干渉法によりFabp7の機能を阻害すると、未分化な神経幹細胞において細胞分裂が著しく低下し、逆に未成熟な神経細胞が多数産生された。以上のことから、転写調節因子Pax6がFabp7という脂肪酸結合タンパク遺伝子の発現を制御し、Fabp7は神経幹細胞を維持するのに重要であることが示唆された。

 従来、DHAなどの不飽和脂肪酸は必須脂肪酸とも呼ばれ、脳に大量に存在しており、栄養学的にも脳の発達や認知機能に重要であることが知られていたが、胎生期における重要性についてはあまり理解されていなかった。本研究により、脳構築の際にPax6によって制御されるFabp7が神経幹細胞の増殖を維持することを通じて脳細胞の数を規定するのに関わることが示された。Fabp7はDHA等の脂肪酸に結合することが分かっているので、本研究成果は、脳の発生発達における遺伝的プログラムと栄養という環境因子の相互作用を解明することにつながることが期待される。

用語の説明
補足説明
図1
図2
図3
図4
図5

<発表論文題名>

“Role of Fabp7, a Downstream Gene of Pax6, in the Maintenance of Neuroepithelial Cells during Early Embryonic Development of the Rat Cortex”
(大脳皮質の発生過程でPax6下流因子Fabp7は神経上皮細胞の維持に関わる)
doi :10.1523/JNEUROSCI.2512-05.2005

<著者名>

新井洋子、船津宣雄、沼山恵子、野村 真、中村 俊、大隅典子

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりである。
研究領域:脳の機能発達と学習メカニズムの解明(研究総括:津本 忠治 理化学研究所)
研究期間:平成15年度〜平成20年度

【本件問い合わせ先】

大隅 典子(おおすみ のりこ)
 東北大学大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター
 〒980-8575 仙台市青葉区星陵町2-1
 TEL: 022-717-8201, FAX: 022-717-8205
 E-mail:
 HP:http://www.brain-mind.jp/index.html

佐藤 雅裕(さとう まさひろ)
 独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 TEL:048-226-5635, FAX:048-226-1164
 E-mail: