科学技術振興機構報 第190号

平成17年7月21日

東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
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透過電子位相顕微鏡の開発に成功

 JST(理事長 沖村憲樹)は、独創的シーズ展開事業・委託開発(注1)の開発課題「透過電子位相顕微鏡」の開発結果を、このほど成功と認定しました。
 本開発課題は、自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンター 兼 生理学研究所 教授 永山國昭氏らの研究成果を基に、平成15年3月から平成17年3月にかけて日本電子株式会社(代表取締役社長 原田嘉晏、本社 東京都昭島市武蔵野3丁目1番2号、資本金 6,739百万円、電話:042-543-1111)に委託して、企業化開発(開発費約148百万円)を進めていたものです。
 従来、透過電子顕微鏡(TEM)は、分子レベルでの観察を行う有効な手法として、生物、材料分野で広く使われてきました。しかし、生物や高分子などの軽元素を多く含む試料はコントラストが低いため、前処理として重金属による染色を行ってコントラストを上げる必要がありました。この染色は試料形態の変質を伴い、また煩雑な作業であるため、生物や高分子試料を無染色のまま、高コントラストで観察できる電子顕微鏡の開発が望まれていました。
 本開発では、通常の200 kV TEMを基に新しいレンズ系の設計を行い、位相板を装着することによって像のコントラストを向上させることを目的としました。位相板の製作条件の確立、位相板の材質の検討、位相板の帯電防止対策を行った結果、通常のTEM像と位相差像の両方の観察機能を有する「透過電子位相顕微鏡」を完成させました。この新型TEMでは、通常のTEM像と位相差像を簡単に切り換えて、同一視野を観察できます。位相差像では、位相板により、特に生物試料で重要となるナノメートルオーダーの構造のコントラストが向上します。また、分解能においては、通常のTEMと同じ性能が達成されました。本開発のポイントは、電子ビームによる位相板の帯電問題を解決したことです。この技術により長期間安定して位相差像の観察ができるようになりました。
 本新技術により、正焦点条件で細胞や高分子等の高コントラスト観察ができるようになります。特に、軽元素試料を無染色で観察できるため、染色に伴う試料形態の変質防止、試料作製の時間短縮によるスループット向上に貢献します。今後、蛋白質や高分子の微細構造の解析等、新しい透過電子顕微鏡の分析手法として活用が期待されます。

(注1)独創的シーズ展開事業 委託開発は、平成16年度まで、委託開発事業として実施されてきました。

本新技術の背景、内容、効果の詳細は次の通りです。

(背景) 細胞、高分子を高いコントラストで観察できる透過電子顕微鏡(TEM)が求められていました。

 透過電子顕微鏡(TEM)は、分子レベルでの形態観察を行う有効な手法として、生物、材料分野で広く使われています。しかし、生物や高分子などの軽元素試料は電子線の散乱・吸収が少ないため、重金属による染色や、焦点をずらすことにより、コントラストを上げています。光学位相差顕微鏡と同じように、位相コントラストが撮影できる透過電子顕微鏡が望まれていましたが、位相板の開発が成功しなかった為に実用化されていませんでした。
 透過電子位相顕微鏡の開発には以下の問題を解決する必要がありました。

 1,位相板の帯電・汚染の防止
 2,位相板の材質の選定
 3,最適な厚さの位相板を作製する技術
 4,位相板に直径1マイクロメートル以下の孔をあける技術
 5,位相板を正確に対物レンズの回折像面に挿入することが可能な光学技術

(内容) 無帯電位相板の開発と光学系の設計により、位相差像の撮影が可能になりました。

 本新技術では、φ1μmの孔があいた位相板を回折像面に入れ、試料を透過した散乱・回折波の位相を位相板によって1/4波長(π/2)だけずらします。位相がずれた回折波と位相板の孔を通過する透過波との干渉により、低周波数のコントラストが高い位相コントラスト像を得ることができます(図1)
 本開発では、帯電のないアモルファスカーボン製の位相板の開発、新しいレンズ系の設計、制御方法の検討を行い、通常のTEM像と位相差像の両方の観察機能を有する透過電子位相顕微鏡を完成させました(図2)。位相板は、位相を1/4波長(π/2)ずらす厚みになるよう制御して作られ、φ1μmの孔は半導体開発分野で広く使われているFIB(収束イオンビーム)を用いてあけられました。透過電子顕微鏡本体においては、位相板を挿入するため、200kV TEMを改良し、対物レンズの下に2個の小型レンズで構成されるトランスファーレンズ系を設けました。このトランスファーレンズ系によって対物レンズの後焦点面(回折像面)と等価な焦点面を後方に形成させ、そこに位相板を配置しました。
 アモルファスカーボン膜の通常像・位相差像を観察し、フーリエ変換回折パターンからコントラスト伝達関数を計算した結果、通常像では正弦型の伝達関数が、位相差像では余弦型に変換されていることが確認されました(図3)。分解能については、カーボングラファイトの0.34nm格子縞が、アモルファスゲルマニウム薄膜では理論分解能0.23nmが通常像・位相差像のいずれについても確認されました。また、位相板を加熱する機構を設けることにより、汚染されることなく長期間安定して使用することが可能となりました。

(効果)  無染色で生物、高分子の高コントラスト、高分解能観察が可能となります。

 本新技術により、一台の透過電子顕微鏡で、通常像と位相差像が観察できるようになります(図4)。通常のTEMと同じ高分解能で、生物や高分子等の軽元素試料を、正焦点条件で高コントラスト観察できます。従来必要だった染色が不要になるため、試料へのアーティファクトがなくなると共に、試料作製から観察までのスループットが大幅に向上します。これらの特長を活かして、ナノメートルオーダーでの蛋白質や高分子の構造解析等、バイオ、材料分野での新しいTEM観察手法として応用が期待されます。

【用語解説】
(図1)明視野法と位相差法の違い
(図2)透過電子位相顕微鏡: 外観 (左)、レンズの配置を示す模式図(右)
(図3)アモルファスカーボン膜の観察結果
(図4)GroEL(タンパク質)の通常像と位相差像
開発を終了した課題の評価

この発表についての問い合わせは以下の通りです。

日本電子株式会社経営戦略室関口基三、松田宙起

TEL 042-542-2113/2120
JST開発部 開発推進課菊地博道、沖代美保

TEL 03-5214-8995 FAX 03-5214-8999