科学技術振興機構報 第184号

平成17年7月7日

東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
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植物のミクロの呼吸孔、気孔の形成と分布パターンを支配する遺伝子を発見


 JST(理事長:沖村憲樹)およびワシントン大学(総長:マーク・エマート)の研究チームは、植物において炭酸ガスや酸素などのガス交換機能を担う気孔の形成を支配し、気孔の数を決める遺伝子を発見した。
 植物の表皮には無数の気孔が存在し、状況に応じて開閉することによって、呼吸や炭酸同化に必要な酸素および炭酸ガスのガス交換や、植物体内の水分量を調節している。植物個体の生育や生存には、周囲の環境条件に適合した気孔の数や密度がバランス良く保たれていることが必要である。このような気孔の形成は植物細胞間のシグナル伝達機構により調節されていると考えられていた。
 今回、研究チームは3つの受容体型キナーゼ遺伝子(ERECTA, ERL1, ERL2)が相互作用することにより、気孔の形成と数を制御していることを明らかにした。本発見は、植物の物質生産(食料)の向上に寄与するとともに環境問題の改善に貢献するものと期待される。
 本成果はJST戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ)「植物の機能と制御」研究領域(研究総括:鈴木昭憲 秋田県立大学学長)の研究テーマ「植物発生における細胞間シグナリング」[研究代表者:岡田清孝(京都大学大学院理学研究科教授)]チームのメンバーである、鳥居啓子(米国ワシントン大学助教授)らによって得られたもので、2005年7月8日付の米国科学誌「サイエンス」に発表される。なお本研究は、米国エネルギー省「エネルギー・バイオサイエンス・プログラム」(プリンシパル・インベスティゲーター、鳥居啓子)研究の一環としても進められているものである。

<研究の背景と概要>

 陸上植物は、乾燥した大気から身を守りつつ、太陽エネルギーを利用し、呼吸や炭酸同化(光合成)のためのガス交換を効率よく行うことにより、自らの生存、生育に必要な物質を生産している。乾燥に対しては、クチクラ層(ワックス層)*1で自らの表面を覆い、呼吸や光合成のためのガス交換に対しては、空気と水蒸気の通り口として気孔を発達させた。気孔は2つのレンズ状の孔辺細胞から成り、膨圧によって開閉する(図1)。気孔の数や密度は植物の部位(葉の裏側に高密度に存在)、生育環境(大気中の炭酸ガス濃度の上昇によって密度が減少)など、内的要因と環境の影響を受け変動する。しかし、いずれの場合も気孔が葉の一カ所に集中することはなく、均一に分布する。これは、植物表皮に均一に気孔をつくるパターン形成制御システムが働いているからである。
 モデル植物であるシロイヌナズナ突然変異体を用いた解析から、気孔の分化とパターン形成にはTOO MANY MOUTHS(略称TMM)と呼ばれる受容体様タンパク質を介した細胞間コミュニケーションが重要な役割を果たすと考えられていた。しかし、TMMタンパク質は細胞内にシグナルを送る機能を持つと考えられる領域を欠いていることから、別の受容体が係わっていると推定されていた。
 研究チームは、植物の器官生長に関与することが知られている3つのERECTAファミリー遺伝子(それぞれERECTA, ERL1, ERL2と名付けられた)が、密接に相互作用することで、孔辺細胞の分化とパターン形成を制御していることを初めて発見した。またERECTA, ERL1およびERL2遺伝子は、細胞内シグナル伝達部位を持つ受容体型キナーゼをコードしており、TMMはERECTAファミリー受容体の機能を抑制することにより、気孔のパターン形成を調節していることも明らかにした。

<成果の具体的な説明>

 気孔を作る孔辺細胞は、表皮をつくる原表皮細胞に由来する。原表皮細胞は、分裂してメリステモイド細胞*2を生み出す。メリステモイド細胞は非相称的に分裂して大小2個の娘細胞を作るが、小さい娘細胞はメリステモイド細胞の機能を受け継ぎ、さらに非相称分裂を続ける。数回の非相称的分裂を繰り返した小さい娘細胞は、最終的に孔辺細胞へと分化する。一方大きい娘細胞はさらに分裂を繰り返さず、クチクラ層に覆われた通常の表皮細胞へと分化する。
 ERECTAファミリー遺伝子は、増殖分裂を促進する機能を持っており、器官の生長を促すことが知られていた。ところが、ERECTA, ERL1, ERL2の3遺伝子をすべて欠損した3重変異体では、増殖分裂の能力が低下する一方、気孔の数が大幅に増大した(図3)。最大で表皮細胞の80%が孔辺細胞になっており、気孔の塊が散見された。
 その後詳細な解析から、ERECTA遺伝子は原表皮細胞の段階で強く発現し、非相称的分裂を抑制する働きを持つことが明らかになった。そのために、メリステモイド細胞の形成が抑制される。一方ERL1とERL2遺伝子はメリステモイド細胞で強く発現し、メリステモイド細胞から孔辺母細胞,*3に分化する過程を抑制することを明らかにした。このように3つの遺伝子が協調的に役割分担することで、気孔の密度と分布のバランスが保たれるのである。
 さらにTMM遺伝子とERECTAファミリー遺伝子の関係について解析した。TMMはロイシンリッチリピートと呼ばれる細胞外受容体部位をもつ膜貫通型のタンパク質をコードしている。しかし、TMM遺伝子はシグナル伝達に関与すると考えられる塩基配列を持たない。一方ERECTAファミリー遺伝子は、シグナル伝達部位であるキナーゼ(タンパク質リン酸化酵素)を持つ膜貫通型ロイシンリッチリピート受容体を保有する。二重、三重、および四重突然変異体を作成して気孔の数やパターンを解析した結果から、TMMタンパク質はERECTAファミリー受容体型キナーゼ、特にERL1受容体型キナーゼの役割を抑制的に制御することにより気孔のパターン形成を制御していることを明らかにした。

<今後の展開>

 気孔のパターン形成を支配する受容体因子の発見は、シグナル伝達機構解明への糸口を提供するものと考えられる。TMMとERECTAファミリー遺伝子産物はどちらも受容体様タンパク質であり、どのようなリガンド分子と結合するのか、TMMタンパク質がどのようにしてERECTAファミリー受容体の機能を抑えるのか、など分子レベルの制御機構を明らかにすることが次の重要課題である。
 今回の成果は、太陽エネルギーを物質へと変換する植物固有の生産性向上に寄与するとともに環境問題の改善に貢献すると期待される。


■<用語解説>
■<図1>
■<図2>
■<図3>


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この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。

JST戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ)
研究領域:植物の機能と制御<研究総括:鈴木昭憲、秋田県立大学 学長>
研究期間:平成13年度〜平成18年度

なお本研究は、米国エネルギー省「エネルギー・バイオサイエンス・プログラム」(プリンシパル・インベスティゲーター、鳥居啓子)研究の一環としても進められているものである。


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本件問い合わせ先:

鳥居 啓子 (Keiko U. Torii)
 米国ワシントン大学生物学部・分子細胞生物学プログラム
 Department of Biology, University of Washington
 Hitchcock 544, Seattle, WA 98195-5325 USA
 Tel: +1-206-221-5701
 FAX: +1-206-685-1728
 E-mail:

佐藤 雅裕
 独立行政法人科学技術振興機構 研究推進部 研究第一課
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 Tel:048-226-5635
 Fax:048-226-1164
 E-mail:

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