科学技術振興機構報 第18号
平成15年12月12日
埼玉県川口市本町4−1−8
独立行政法人 科学技術振興機構
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>酸素呼吸機構の解明
 独立行政法人 科学技術振興機構(理事長 沖村 憲樹)の戦略的創造研究推進事業で進めてきた研究において、姫路工業大学大学院 理学研究科 吉川信也教授らは、高等生物の酸素呼吸の機構を世界に先駆けて明らかにした。この研究成果は12月15日週の米国科学アカデミー紀要PNAS(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)オンライン版及び12月23日発行の本誌に掲載される。
「研究概要」  人間をはじめとする高等生物は、栄養物を酸素(O2)と反応させることによって、生存のために必要なエネルギーを獲得している(酸素呼吸)。この酸素呼吸のとき、チトクロム酸化酵素(注1)は、栄養物から引き抜かれてきた水素原子と酸素を反応させて、水を作る反応(O2還元反応)を促進する触媒の役割をする。さらにこのチトクロム酸化酵素は、O2還元反応で生成するエネルギーを利用して、正荷電をもつ水素イオン(H、プロトンともいう)をこの酵素の一方から他方へ、水素イオン濃度勾配に逆らっても輸送する(能動輸送)機能をも持つ。このようにして正荷電を蓄積することは、生体内で電池を充電する(電位差を作る)ことにたとえられる。つまり、水素原子と酸素との反応によって得られたエネルギーは、生体内の電池の電位差に変換される(注2)
 これらのことは約四半世紀前に実験的に示されたが、その機構は全く不明であった。水素原子と酸素とがどのように反応して水になるのか、さらに疎水性のアミノ酸残基がつめ込まれているため、荷電をもったプロトンが透過することができないと考えられていたこの酵素(タンパク質)内部を、どのようにしてプロトンが能動輸送されるのか、さらにO2還元反応によって得られたエネルギーが、どのようにしてプロトン能動輸送の駆動力になるのか。これらのことは生命科学研究のなかで最も基本的で、かつ最も興味深い課題であるため、多くの研究者がこれらの解明のために鎬を削ってきた。
 プロトン能動輸送機構の解明のためには、O2還元反応の進行に伴うチトクロム酸化酵素の、タンパク質部分の立体構造変化をX線構造解析法によって検出する必要がある。そこで、吉川教授らのチームは、巨大な膜タンパク質複合体であるこの酵素の精製結晶化条件の最適化に、長年にわたって研究してきた。さらに、大型放射光施設SPring-8(兵庫県播磨)に巨大分子結晶のX線構造解析用に特別なビームラインを設置し、1.8Å分解能のX線構造を決定した。この結果は全く予想外の次のようなプロトン能動輸送機構を示していた。
 水素原子とO2との反応の際、水素原子はまず電子とプロトンに分離され、O2はまず電子を受容してからプロトンを受け取り、2つの水分子になる。このとき電子は酵素分子内に固定されている銅イオンと、ヘムと呼ばれる鉄イオンを含む化合物を経由して、O2が結合している部位に運ばれる。ヘムが電子を受け取ったときと、O2結合部位へ電子を放出したときとで、ヘムの比較的近傍にあるアスパラギン酸をはじめとするいくつかのアミノ酸残基の立体構造が変化することが認められた。この構造変化と周辺のタンパク質の構造は、これがプロトンの能動輸送経路であることも明確に示していた。したがってO2還元のために電子がヘムを通過するときに誘起される立体構造変化によって、プロトンが能動輸送される。このようにして、O2還元がプロトン能動輸送を駆動することが明らかになった。
 このようなX線構造解析結果を分子生物学的に検証するために、プロトン能動輸送経路の要であるアスパラギン酸(注3)残基を、プロトンを脱着する機能をもたないアスパラギン(注3)に置き換えたところ、水素イオン能動輸送能が全く失われた。さらに、ヘムが電子を受容しているか放出した後であるかによって、アスパラギン酸へのプロトンの脱着が制御されていることを、赤外分光法によって実証した。
 生命科学分野では以前から、「基本的な生化学反応は全ての生物に共通である。」との強い先入観があり、「細菌で正しいことは象でも正しい。」と考えられている。吉川教授らは、上述のアスパラギン酸残基の立体構造変化を、より低い分解能のX線構造解析ではあるが、すでに1998年に発見した。しかし、植物や細菌の酵素の対応する位置に同じアミノ酸がないため、これがプロトン能動輸送部位であるとの主張はほとんど受け入れられなかった。
 しかし今回の論文では、高分解能X線結晶構造解析、分子生物学的実験、赤外分光法と、3つの全く異なる方法で得られた実験結果によって、過去の吉川教授らの主張が改めて実証された形となった。

 今回の研究対象であるチトクロム酸化酵素は代表的な膜タンパク質(水に不溶なタンパク質)である。現在使用されている医薬の70%の標的タンパク質が、膜タンパク質であることを考えると、膜タンパク質の基礎研究は、医学薬学の進歩に寄与するところ大である。
 さらにチトクロム酸化酵素は水素原子を能動輸送する「プロトンポンプ」と見ることができる。生体には原理の異なる「プロトンポンプ」が存在するが、今回のメカニズムの解明が新たなプロトンポンプの解明の端緒となり、ひいてはナノ構造をもつ「生体ナノマシン」の解明、設計に役立つ可能性も無視できない。
(注1) 高等生物の細胞中のエネルギー工場といえるミトコンドリアの内膜に存在する3つの大きな呼吸酵素複合体の代表的なひとつ。約20万ダルトンの大きさで、ほとんどの水溶液に不溶な膜タンパク質。内部に鉄イオンと銅イオンをも含む。
(注2) この電位差によってチトクロム酸化酵素とは別の酵素であるATP合成酵素がATPを作り、このATPが生命活動に必要なほとんどのエネルギー源として利用されている。
(注3) アスパラギンもアスパラギン酸もタンパク質を構成するアミノ酸のひとつ。アスパラギンはアスパラギン酸のβカルボキシル基(COOH)がアミド(NH2)化されたもの。
この研究テーマが推進された研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域: 生命活動のプログラム(研究総括:村松 正實 埼玉医科大学ゲノム医学研究センター所長)
研究期間: 平成9年度〜平成14年度
 
補足説明
補足説明図 Fig.1
Fig.2
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 本件お問い合わせ先
吉川 信也(よしかわ しんや)
姫路工業大学大学院理学研究科
〒678-1297 兵庫県赤穂郡上郡町光都 3-2-1
TEL:0791-58-0190
FAX:0791-58-0132
独立行政法人 科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
森本 茂雄(もりもと しげお)
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