科学技術振興機構報 第176号

平成17年5月23日

東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
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難病ハンチントン病を診断する化学センサーの創製


 JST(理事長:沖村憲樹)は、遺伝性の神経変性疾患"ハンチントン病"の原因遺伝子に結合する新規化合物の合成に世界で初めて成功した。
 ハンチントン病は、特定の遺伝子の一部の長さが異常に長くなることで発症することが知られており、この遺伝子の一部は長くなるにつれ、ヘアピン型に折り畳まれやすくなる。今回合成に成功した新規化合物は、同部がヘアピン型に折り畳まれる際に生じる向かい合ったアデニンとアデニンのペアを認識して結合することが明らかになった。この原理を用いて、この化合物を使用した化学センサーを作製することで、従来の方法よりはるかに簡便で素早くハンチントン病を診断することが可能となった。
 この成果は、未だ全く治療法の無いハンチントン病に対する薬剤の開発につながることが期待されている。

 本研究の成果は、戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)「合成と制御」研究領域における研究テーマ「DNA−ドラッグ間相互作用の精密制御(研究者:中谷 和彦)」において、奈良先端科学技術大学院大学の児嶋長次郎助教授との共同研究によって得られたもので、平成17年5月24日付け(米国東部時間)の米国学術雑誌「Nature Chemical Biology」オンライン版で公開される。

【論文内容および今後期待できる成果】

< Nature Chemical Biology掲載に至るまでの背景>
 中谷研究者はDNA※1と小さな有機化合物の相互作用を研究しており、2001年にはグアニンとグアニンのミスマッチ※2に特異的に結合する分子の開発に世界で初めて成功している(Nature Biotechnology, 2001に発表)。さらにその後、グアニンとアデニンのミスマッチやシトシンとシトシンのミスマッチに特異的に結合する分子を開発してきた。
 これらの分子はオーダーメイド医療※3の実現に必要不可欠な、遺伝子の一塩基多型※4を調べる化学センサーの心臓部分として利用されている。この化学センサーの研究中にアデニンとアデニンのミスマッチに結合する新規化合物 NA(ナフチリジン−アザキノロン: エヌエーと呼ぶ)を合成し、今回の研究成果に結びついた。

<今回の論文概要>
 ハンチントン病は遺伝性の神経変性疾患で、遺伝子のCAGリピートの長さが異常に長くなると発症することが知られている。CAGリピートとは、遺伝子の構成物質であるシトシン(C)、アデニン(A)、グアニン(G)の三つを一単位とする繰り返し配列(トリプレットリピート)※5のことで、健常者では6〜39回程度の繰り返しだが、ハンチントン病を発症した人では最長121回程度にまで伸びている。
 また、遺伝子のCAGリピートは、健常者であっても「まっすぐな構造」と折り畳まれた「ヘアピン構造」のどちらでも存在しているが、CAGリピートの繰り返しが長くなればなるほど、折り畳まれやすくなる(図1)。普通DNAではアデニンはチミン(T)とペアを組むが、今回合成したNAは、この遺伝子のCAGリピートがヘアピン型に折り畳まれる際に生じるアデニンとアデニンのペア(ミスマッチ)に結合することが明らかとなった(図2)。これは、奈良先端科学技術大学院大学の児嶋長次郎助教授との共同研究による発見で、NAはアデニンとアデニンのペアと結合すると同時に、両隣のグアニンとシトシンのペアからグアニンを奪い去り、相手のいなくなったシトシンをDNAの外側に放り出す(フリッピングアウト)※6ことも明らかにしている(図3)。 このようなフリッピングアウトを伴う結合様式は、タンパク質が遺伝子の傷を修復する際の機構※7で知られてはいたが、人工の化合物でこのような結合様式をとることを明確に観察できたのは、今回のNAが初めてである。
 遺伝子のCAGリピートは伸長するほど折り畳まれやすくなり、また結果としてアデニンとアデニンのペアが多くなることからNAと結合しやすくなる。この原理を利用した化学センサーを用いることで、従来の方法よりもはるかに簡便で且つ素早くCAGリピートの長さによるハンチントン病の診断が可能となった(図5)

<今後期待できる成果(まとめ)>
 トリプレットリピートにはCAGのほか、CGG、CTGなどがあり、これらリピートが異常に伸びるとそれぞれ脆弱性X症候群や筋強直性ジストロフィーが発症する。今回合成したNAとCAGの結合構造を手がかりとして、現在他のリピート配列と結合する化合物の開発も進められている。
 この研究成果はハンチントン病診断技術を格段に進歩させるだけでなく、未だ全く治療法の無いハンチントン病や筋強直性ジストロフィーなどのいわゆるトリプレットリピート病を治療する薬剤の開発につながると期待されている。

【論文名】

Nature Chemical Biology
“Small-molecule ligand induces nucleotide flipping in (CAG)n trinucleotide repeats”
(低分子リガンドによるCAGリピートでの塩基フリッピング)
doi :10.1038/nchembio708

【研究領域等】

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
「合成と制御」研究領域 (研究総括:村井 眞二)
研究課題名DNA−ドラッグ間相互作用の精密制御
研 究 者中谷 和彦(大阪大学産業科学研究所 教授)
(元 京都大学大学院工学研究科 助教授)
研究実施場所京都大学大学院工学研究科
研究実施期間平成13年12月〜平成17年3月


■用語説明
■図1: CAGリピートの折り畳み概念
■図2: 折り畳まれたCAGリピート中のアデニン−アデニンペア
■図3: NAと折り畳まれたCAGリピートとの結合モデル@
■図4: NAと折り畳まれたCAGリピートとの結合モデルA
■図5: NAを表面に持つ化学センサーによるCAGリピートの長さの測定


【問い合わせ先】

中谷 和彦 (ナカタニ カズヒコ)
  大阪大学産業科学研究所 教授/元 科学技術振興機構さきがけ研究者
  〒567-0047 大阪府茨木市美穂ケ丘8-1
  TEL: 06-6879-8455, FAX: 06-6879-8459
  E-mail:
  Web: http://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/rbc/

白木澤 佳子(シロキザワ ヨシコ)
  独立行政法人科学技術振興機構
  戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第二課
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