<補足説明>

*1 幹細胞
:分化する細胞を常時供給することによって組織の構築や維持に重要な役割を担っている細胞.幹細胞のの重要な性質の一つは「自己複製能」,つまり,細胞分裂の際に一つの娘細胞に自分と同じ性質を寄与する能力である.この能力によって,幹細胞は永続的に組織中に存在することができる.
*2 神経系
:神経細胞(=ニューロン)と神経膠細胞(=グリア)からなる。
神経細胞(ニューロン)は電気的に興奮し、活動電位を発生したり伝達したりする。神経細胞は細胞体、樹状突起、軸索からなる。一方、神経膠細胞(グリア)は神経細胞の軸索の周囲にミエリン鞘を作ったり、神経細胞を支えたり栄養したりする
*3 神経幹細胞(ニューロブラスト)
:神経系において,神経細胞(ニューロン)やグリア細胞を生み出す幹細胞.一般の幹細胞は1種類の分化細胞を生み出せばよいのに対し,神経幹細胞は「多くの種類の」ニューロンやグリア細胞を産生するという使命を持っている.この過程で神経幹細胞は完全に「自己複製」するのではなく,「時間とともに自らの性質を変えている」と考えられている.ショウジョウバエでは神経幹細胞は「ニューロブラスト」と呼ばれ,腹側の神経上皮の細胞の一部が大きくなり,体内に入り込むことによって生じる.
*4  転写因子Hunchback, Krüppe
:元々,ショウジョウバエの胚において,前後軸をいくつかの流域に区分けする働きを持つ転写因子として同定された.初期胚で空間的に限局した縞状のパターンで発現する.ニューロブラストにおいても発現していることが知られていたが,その機能は長年不明であった.2001年になって,一色,Doeらは,ニューロブラストは時間経過とともにHunchback->Krüppel->PDM Mというパターンで発現する転写因子を遷移させていき,ニューロブラストから生み出される2次前駆細胞(GMC)はこれらの転写因子の発現を「誕生の順序」の情報として使って特定の細胞運命を獲得することを示した.
(転写因子): 転写反応(遺伝子DNAが読み取られmRNAができる反応)に関与するタンパク質性因子。プロモーターの上流あるいは下流に作用して転写効率に影響を与えるもの、特定の遺伝子(群)に作用するもの、組織、細胞、あるいは種に特異的に存在するものが知られている。
*5 核内レセプター型の転写因子 Seven-up
:Seven-upは「核内リセプター」のクラスの転写因子である.核内リセプターとは,DNA結合領域とともに「リガンド結合領域」と呼ばれる転写調節領域を持つ転写因子のファミリーで,レチノイン酸リセプター,エストロジェンリセプターなどがよく解析されている.このファミリーのいくつかは低分子量のリガンドによって活性化されるが,Seven-upを含め多くのメンバーは,リガンド非依存的に働く恒常的な転写調節因子であると考えられている. Seven-upはショウジョウバエの複眼で細胞運命の「スイッチ」としての機能を持っていることが知られている.複眼の中の各個眼には8個の神経細胞(光受容ニューロン)があるが,これらはその性質により4種類に分けられる.たとえば,R7と呼ばれるニューロンは8個の中で唯一紫外線を感じるニューロンである.Seven-upはR1,R3,R4,R6の4つのニューロン(すべて可視光を感じるニューロン)で発現しているが,seven-up変異ではこれら4個の細胞が紫外線感受性のR7ニューロンに運命転換する.ミュータントでは7番の数が増えるので,「seven-up」と名付けられた.
*6 COUP-TF
:Seven-upのヒトホモログ.Seven-upは進化的にきわめて良く保存されており,ショウジョウバエのSeven-upとヒトCOUPとは機能ドメインのアミノ酸の90%以上が同一である.