科学技術振興機構報 第140号

平成17年 1月 5日

東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL http://www.jst.go.jp

有機超伝導候補が室温超高速光応答材料に変身

−次世代光通信用材料開発に新たなる道筋−

 JST(理事長:沖村憲樹)は、有機電荷移動錯体((EDO-TTF)2PF6)結晶が、超高速、超高感度の光応答を室温付近で示すことを発見した。本研究によってこの種の有機結晶が、室温動作する超高感度かつ超高速の次世代光通信用材料として有望であることが初めて見出された。
 本研究では、室温付近でこの有機結晶に超短パルスレーザーを照射すると、0.2ピコ秒以内という極めて短時間で、光の反射率が50%以上も変化することを見出した(1ピコ秒=1兆分の1秒であり、0.2ピコ秒は高速電子デバイスの典型的な応答速度(約10億分の1秒)の約5000倍という高速応答に相当する)。この現象では、1つの構成分子の変化がドミノ倒し的に他の変化を引き起こすため、光子1粒という極微弱な励起光によって、約500分子の変化が誘起されるという超高感度のものである。
 この(EDO-TTF)2PF6結晶(構造は図1参照)は、もともとは有機超伝導体を目的として合成されたものであるが、超伝導特性は示さないため今日まであまり注目されてこなかった。本プロジェクトではこの物質の特殊な電子構造と結晶構造、それに起因する特殊な相転移に着目し、光による相変化が誘起される可能性を探索していたところ、今回の意外ともいえる成果につながった。
 高速インターネットに代表される光通信技術において、ネットワーク中を伝送されてきた光の切り替え、分配を行うためには、光をいったん電気信号に変換する必要があった。しかし、より高速大容量の次世代光通信を実現するためには、光によって光を直接制御する「光スイッチ」が必要不可欠であると考えられている。本研究の成果は「光スイッチ」の実現に向けた新しい材料開発の指針の発見であり、今後の重要な基幹技術となることが期待される。(EDO-TTF)2PF6には類似した構造をもつ膨大な数の物質が存在しており、これらの物質の探求によって、新規な光デバイス材料開発が大きく進展すると期待される。
 本成果は、戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATOタイプ)「腰原非平衡ダイナミクスプロジェクト」(研究総括:腰原伸也 東京工業大学教授)が、レンヌ第一大学(フランス)、東京工業大学、京都大学、高エネルギー加速器研究機構、および神奈川科学技術アカデミーとの共同研究によって達成したものであり、平成17年1月7日付けの米国「サイエンス」誌に掲載される。

<背景説明>

 光ファイバを中心とする通信ネットワークの進歩はIT産業などの新しい産業を創りだすだけでなく、我々の日常の生活様式も変えつつある。このような時代背景のもと、革新的な次世代の光通信用デバイス材料の探索研究は、物理や化学研究者の重要なテーマとなっている。なかでも、光で光を直接ON/OFFする光スイッチ材料は特に重要な材料として研究がなされているが、現在までのところ決定版を見つけることが出来ていない。従来は光応答効果の大きな分子や物質を探す方針であったが、最近では電子の協同現象が大きな効果を生み出す物質の研究に注目が集まりつつある。
 電子の協同現象としては超伝導が良く知られているが、光が関与するものの一例として、光誘起相転移現象があげられる。この現象は光の粒(光子)一粒で数百から千個の構成分子に作用を及ぼすことから、ドミノ倒しに例えられている。ひとつの光子は物質内のひとつの電子を励起するが、この励起が図1の様に結晶全体に拡がってゆく。そしてこの励起された電子の塊が物質内で様々な働きを行う。例えば、この電子による磁性の発現(光誘起磁性)、強誘電性の発現(光誘起強誘電性秩序)、結晶構造の変化(光誘起構造相転移)などの興味深い現象が最近、次々報告されている。
 今回報告を行った物質と同じ構造を持つベチガード塩と呼ばれる一連の物質群は初めて有機超伝導が発見されたことで有名であるが、この物質に多少の化学的な物質置換(修飾)をすると、類似の結晶構造を持ちながら極めて多彩に物性が変化することが知られている。例えば電荷がある規則でそろう電荷秩序転移、それに伴う金属―絶縁体転移、強誘電性や磁性転移などが次々と報告されている。
 (EDO-TTF)2PF6はEDO−TTF分子をドナー(電荷供与体)、PF分子をアクセプター(電荷受容体)としてドナー2分子、アクセプター1分子からなり、室温付近で金属―絶縁体転移及び構造相転移を同時に示すことで知られている物質である。またこの物質は有機超伝導を目指した研究の中で合成された物質であるが、超伝導を示さなかったため今日まであまり注目されてこなかった。

<内容>

 前述の(EDO-TTF)2PF6は有機超伝導を目指した研究の中で合成された物質であるが、超伝導を示さなかったため今日まであまり注目されなかった。この物質の特徴はEDO-TTF分子が積層1次元的鎖構造*1をとり、この分子当り0.5個の電子はこの鎖に沿って移動することが出来るので1/4filling系*2と呼ばれる。この物質においては、高温では比較的自由に動き回っていた電子が、低温ではいわば凍り付いて秩序(電荷秩序化)を形成し、金属相から絶縁相への相転移が起こる。このように電子間の相互作用、電子と結晶格子の相互作用が大きく協力的で協同現象を示しやすい。
 今回、腰原教授らのグループは、この物質では光誘起相転移が発現するとの期待を持ち実験を行った。この物質に超短光パルス光を照射したところ、光通信域として重要な波長帯域で光の反射率の大きな変化を観測した。この反射率変化が発生するのは、絶縁相と金属相間の相転移が光によって誘起される(光誘起相転移)ためである。説明図2に示したように、光によって誘起された相転移がドミノ倒し的に結晶全体に拡がってゆくと考えられ、微弱な光でも相転移が十分に起こる。反射率の変化時間は最短で0.2ピコ秒(5兆分の1秒)程度と極めて短く、励起する光の強度に応じて反射率変化が持続する時間がおおよそ1ピコ秒からマイクロ秒まで大きく変化するという多彩な反射特性変化を示す。 また、この光誘起相転移は、室温近辺でも発生する。
 以上のように、(EDO-TTF)2PF6結晶は、高感度(励起強度10−100μJ・cm-2程度)かつ1THzを上回る超高速光応答を示し、さらにこれらの特性が室温で発揮できるという、従来の物質では達成困難であった光デバイス材料として極めて優秀な特性を持っていることを明確に示している。超伝導材料として日の目を見なかった材料が、光デバイス材料として脚光を浴びつつある。

<今後の展開>

 光誘起相転移を示す1/4filling系物質群の超高速高機能デバイスへの応用を目指す上での最適な物質の絞込みが必要となってくるが、そのためには光励起によって非平衡状態となった物質の結晶構造と電子分布密度の時間的変化を詳細に知ることが不可欠である。そこで時間分解X線回折という新たな技術でこれらの物質の非平衡状態を解析し、材料の最適化に必要な新たな知見を得ることが重要である。本プロジェクトでは現在、高エネルギー加速器研究機構内の放射光施設PF−ARにて時間分解X線回折実験が可能なビームラインを建設中で、H17年度下期に完成の予定である。この新しいビームラインを利用した光誘起相転移を示す物質の時間分解X線解説実験を通して、次世代に通用する超高速高機能材料の開発を行う予定である。

<用語説明>

*1
積層1次元的鎖構造:A分子だけが積層して電気の通り道となる1次元的な鎖となる構造。ここではEDO-TTF分子を指す。
*2
1/4filling系:(EDO-TTF)2PF6結晶はAB塩型をとる。B(PF6)が−1価になる場合はA(EDO-TTF)は+0.5価になる。すなわち、Aから電子が+0.5個とられて、自由に動けるホール(プラス電荷担体)が構成分子当り0.5個割り当てられ、このような系を1/4filling系とよぶ。1/4filling系は電気特性、磁性、誘電性に多彩な特性を示すことから、最近になって実験的にも理論的にも数多くの研究がなされ始めている。

<論文名>

“Gigantic Photoresponse in ¼-Filled-Band Organic Salt (EDO-TTF)2PF6
(1/4filling有機塩 (EDO-TTF)2PF6における巨大光応答)
doi :10.1126/science.1105067

図1. 実際の分子の詳細な様子
図2. ドミノ倒し的な励起の伝わり
図3. EDO−TTF分子の1次元的な積層構造

<本件問い合わせ先>

腰原伸也(こしはら しんや)
東京工業大学大学院理工学研究科物質科学専攻 教授
〒152-8551 東京都目黒区大岡山2-12-1-H-61(メールボックス)
Tel: 03-5734-2449 Fax: 03-5734-2614
E-mail:

古賀 明嗣(こが あきつぐ)
独立行政法人 科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
TEL:048-226-5623 FAX:048-226-5703
E-mail: