科学技術振興機構報 第137号

平成16年12月13日

東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
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URL http://www.jst.go.jp

アミノ酸類の効率的合成方法の開発に成功

− ニオブ原子の潜在能力を引き出した新型触媒 −

 JST(理事長:沖村憲樹)は、ニオブ原子を用いた高機能性不斉反応用触媒の開発に成功した。開発に成功したのは戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATOタイプ)小林高機能性反応場プロジェクト(研究総括:小林修)の研究チーム。
 ニオブ化合物は強い活性と特徴的な構造を持ち、合成反応用触媒としての高い潜在能力を期待されていた。しかしながら反応性が高いが故にそのコントロールが困難であり、これまで十分に有効利用されていなかった。
 本プロジェクトでは、さまざまな有機分子とニオブとを組み合わせた化合物を合成し、いくつかの有機反応に対してその触媒作用を検討した。その結果、1つのニオブ原子に対して3カ所で結合する手を持つ有機分子が有効であることを見出した。この有機分子とニオブ原子とから作られた触媒は、近年の有機合成化学で最も必要とされている立体選択性において非常に優れており、アミノ酸などの光学活性物質の合成に威力を発揮する。
 また、このニオブ触媒の構造解析の結果、1つの分子中に2つのニオブ原子を含む独特の構造を持つことが明らかとなった。この結果は、より高機能性のニオブ触媒の開発に有用な指針を与えるとともに、ニオブの化学の発展にも大きく寄与するものと思われる。
 本研究成果は、ドイツの科学雑誌「Angewandte Chemie International Edition」のVIP(Very Important Paper)に選ばれ、平成16年12月14日付けでオンライン版に掲載される。
東京大学大学院薬学系研究科教授

 ニオブ(Nb)は1844年に発見された原子番号41番目の元素である。この元素を含む化合物は、半導体、原子炉の材料、切削工具、特殊セラミックなど工業的に広く用いられている。しかしながら化学工業においては、さまざま用途の触媒として有望視されているにも拘わらず、実用化例はほとんど知られていない。その理由の1つとしては、ニオブ化合物の強いルイス酸(注1)としての性質は効果的な触媒機能を期待させるが、触媒活性が高いが故に目的以外の反応を誘発するなど反応のコントロールが難しいことが挙げられる。そのため近年の有機合成化学に求められている高い選択性など、優れた機能を持つルイス酸触媒としての開発が遅れてきた。
 一方、自然界に存在する分子や構造体にはその鏡像体を重ね合わせることができない化合物(光学活性化合物)が数多く存在する。生体内では、そのような両鏡像体の一方のみが機能していることが多く、生体を構成するアミノ酸や糖などがその代表である。医薬品は生体に働きかける分子であり、有効に機能するためには鏡像体の関係にある分子の一方のみを用いる必要がある。そこで、合成化学の分野では、両鏡像体の一方のみを選択的に合成する反応(=不斉合成反応)の開発が重要な課題となっている。また、医薬品にはその構造中に窒素原子を必須とする化合物が数多く存在するため、含窒素化合物の効率的な不斉合成の開発が望まれている。
 ルイス酸はさまざまな反応を促進する重要な触媒であり、また多彩な修飾により機能をコントロールできることから、これを用いる不斉合成反応は近年大きな発展を遂げた。しかしながら窒素原子はルイス酸触媒を不活性化することが多く、含窒素化合物の不斉合成の開発にとって大きな障害となっている。
 本プロジェクトでは、これまで含窒素化合物を効率的に合成することを目的として、さまざまなルイス酸触媒の開発を行ってきた。これらの中でルイス酸触媒を用いた含窒素化合物の不斉合成反応についても研究を行っているが、使用できる化合物の構造に制約がある、立体選択性が低い、反応の種類が少ない、などの課題が残されている。
 そこで、本研究ではルイス酸触媒として高い潜在能力を持つと考えられるニオブを用いて、天然物や生物活性物質の中にしばしば見られ、窒素原子を含む化合物である光学活性β-アミノ酸(注2)の立体選択的な合成方法の開発を行った。さまざまな有機分子とニオブとを組み合わせた化合物を合成しその触媒作用を検討した結果、1つのニオブ原子に対して3点で結合する分子(図1)とニオブとを組み合わせた化合物が、高い立体選択性を示すルイス酸触媒として機能することを見出した。この不斉ニオブ触媒を用いて合成されたβ-アミノ酸誘導体はいずれも高い光学純度(注3)を示し(最高光学純度99% ee)、また、少量の触媒で有効に機能することから、実用的にも価値が高い不斉合成用触媒である(式1)

 さらに、このニオブ触媒の構造研究を行ったところ、触媒のX線結晶構造解析研究などから、2つのニオブ原子が1つの触媒中に存在し、それらのニオブを取り巻く配位子(注4)が2つのニオブ原子に対して架橋するように結合している、特徴的な構造を有していることが明らかとなった(図2)

今後の展開

 本ニオブ触媒は他の多くのルイス酸触媒反応にも適用可能と考えられ、現在、様々な触媒的不斉合成反応を検討中である。今後は触媒中の配位子の構造検討を詳細に行い、より高機能(高立体選択性、高触媒回転数(注5)、空気や湿気に対する高い安定性など)を有するニオブ触媒の開発を目指す。

論文名

A Dinuclear Chiral Niobium Complex for Lewis Acid Catalyzed Enantioselective Reactions: Design of a Tridentate Ligand and Elucidation of the Catalyst Structure
不斉ルイス酸触媒反応における光学活性ニオブ二核錯体 〜三座配位子のデザインおよび触媒構造の解明〜
doi :10.1002/anie.200462204

【参考資料】

不斉ニオブ触媒の調製法及び不斉反応の手順
 本研究で用いた不斉ニオブ触媒は、3点結合型不斉配位子であるビナフトール誘導体とニオブメトキシド、添加剤であるN-メチルイミダゾール(NMI)をアルゴン雰囲気下トルエン中で混合し、60℃で3時間加熱撹拌することにより調製した。このニオブ触媒にさらにモレキュラーシーブスを加えた後、反応温度(-20℃)に冷却した後、反応基質であるイミンとケテンシリルアセタールを順次加えて反応を行った。

用語説明
式1
図1 ニオブと不斉触媒を構成する光学活性化合物
図2 不斉ニオブ触媒の推定構造
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本件問い合わせ先

小林 修(こばやし しゅう)
東京大学大学院 薬学系研究科 教授
〒113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1
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古賀 明嗣(こが あきつぐ)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
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