科学技術振興機構報 第136号

平成16年12月 3日

東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
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金属ナノ粒子中の電子スピン寿命の観測に成功

−金属ナノ粒子のスピンエレクトロニクス素子への応用に道−

 JST(理事長 沖村憲樹)は、金属ナノ粒子中の電子スピンの寿命を、実用に近い素子構造を用いて世界で初めて観測することに成功した。電子スピンの寿命は、スピンエレクトロニクス素子の性能を決定する最も重要な因子のひとつであり、今回の成果は、電子スピンをデバイスとして利用するための大きな一歩として注目される。
 電子は1つ1つスピンを持ち、スピンの方向に対応した小さな磁石として振る舞う。この磁石の向きを0と1に対応させ制御することができれば、従来の情報通信の限界を越える技術の開発につながると考えられ、大きな期待が寄せられている。電子のスピンを利用するうえで重要なのが、その寿命である。スピンの向きが長く保持されれば、その分だけスピンを利用したトランジスタやメモリーなどのデバイスの性能が向上する。これまで電子スピンの寿命は一部の金属バルク(塊)中では明らかにされてきたが、デバイスを小型化するうえで必須である金属ナノ粒子中では、試料作製や測定の困難性から電子スピンの寿命は明らかにされていなかった。
 本研究では、アルミナ絶縁体中にCo(コバルト)ナノ粒子が分散した「ナノグラニュラー」と呼ばれる物質を微小化し、上下に電極を付与した強磁性単一電子トンネル素子を用いて、コバルトナノ粒子中のスピンの寿命を観測することに成功した。その結果、通常のCo中では電子スピンの寿命が10ピコ秒程度であるのに対し、ナノ粒子中では100ナノ秒程度と約1万倍の長寿命であることが明らかになった。
 この発見は、スピンを利用した情報通信デバイスの実用化に向けて重要な知見を与えるとともに、スピンの制御による超高密度メモリー素子や量子コンピュータの基本素子「キュービット(量子ビット)」として金属ナノ粒子が大きな可能性を持つことを示すものである。
 この成果は、JST戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ)の研究テーマ「スピン量子ドットメモリ創製のための要素技術開発」(研究代表者:猪俣浩一郎 東北大学大学院工学研究科教授)の一環として東北大学金属材料研究所 高梨弘毅教授の研究グループらが、東北大学金属材料研究所および情報科学研究科、(財)電気磁気材料研究所との共同研究によって得たもので、英国科学雑誌「Nature Materials」での掲載に先立ち、12月5日付け(米国東部時間)でオンライン公開される。

<研究背景>

 電子はスピンと呼ばれる性質を持ち、スピンの方向に対応した小さな磁石として振る舞う。現在、スピンを利用して電子の動きをコントロールするスピンエレクトロニクスと呼ばれる分野が、21世紀の情報通信技術を支える新しいエレクトロニクスとして注目を集めている。
 現在先端のトランジスタやメモリーにはスピンの方向がばらばらな数万個以上の電子が関わっており、消費電力が高いことからいずれ工業的な限界が来ることが懸念され、その突破が強く望まれている。電子スピンをエレクトロニクスで生かすには、スピンの方向をそろえて素子に注入する技術や、スピンの向きを保持して効率的に輸送する技術が基幹技術となる。これらの技術をデバイス化して実現する鍵を握るのが電子スピンの寿命である。電子スピンの寿命は多くの研究者にとって関心事であったが、金属ナノ粒子中での寿命はこれまで明らかにされていなかった。

<研究成果>

 本研究では、金属コバルトナノ粒子中の電子スピンの寿命を、実用に近い素子構造を用いて観測した。実験方法としては、図1に模式的に示したように、ナノグラニュラー物質(注1)を用いた強磁性単一電子トンネル素子(注2)(素子サイズは0.4×0.4マイクロ平方メートル)を作製し、その磁気抵抗効果(磁場をかけると電気抵抗が変化する現象)を高精度で測定する方法を採用した。その結果、世界で初めて金属ナノ粒子のスピンの寿命を特定することができた。具体的には、直径3ナノメートル程度のコバルト粒子にトンネル効果を利用してスピンを注入すると、コバルト粒子中のスピンの溜まり具合に応じて、電圧の変化により磁気抵抗効果が符号反転をともなって振動する(図2)という特異な振る舞いを示すことを発見した。この振る舞いを解析することによって、コバルトナノ粒子中の電子スピンの寿命が百ナノ秒程度であることが分かった。これは、バルク状のコバルト金属内の電子スピンの寿命は10ピコ秒程度ときわめて短いのに比べて、およそ1万倍の異常に大きな値となっているという発見である。
 電子スピンの寿命は、スピンエレクトロニクス素子の性能を決定する最も重要な因子のひとつであり、金属ナノ粒子中で電子スピンの寿命が異常に長くなるという今回の発見は、金属ナノ粒子を用いた超高密度メモリーや、量子コンピュータに向けたキュービット(注3)などのスピンエレクトロニクス素子の提案に道を開くものである。

<今後の展開>

 今回の研究では、金属コバルトナノ粒子を用いた。コバルトはもともと磁性を持つ物質である。今後の展開として、もともと磁性を持たない(非磁性)物質(金、銀、銅、アルミニウムなど)のナノ粒子を用いた素子構造を作製し、研究を進める予定である。非磁性のナノ粒子でも、スピンを注入することによってナノ粒子中にスピンが溜まり、スピンが生き延びている間は一時的に磁性を持つことが出来る。スピンの寿命が長ければ長いほど、スピンをたくさん溜め込んで、長い間強い磁性を維持することができ、そのことによる特異な磁気抵抗効果が現れる。この磁気抵抗効果は、超高密度メモリーなどのスピンエレクトロニクス素子に応用できる。

論文題目: Enhanced spin accumulation and novel magnetotransport in nanoparticles
       (ナノ粒子におけるスピン蓄積の増強と特異な磁気伝導)
        doi :10.1038/nmat1278

このテーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。

チーム型研究(CRESTタイプ)
研究領域: 「新しい物理現象や動作原理に基づくナノデバイス・システムの創製」
(研究総括:梶村 皓二 (財)機械振興協会 副会長・技術研究所 所長)
研究機関: 平成13年度〜平成18年度

<用語解説>
図1 強磁性単一電子トンネル素子の模式図
図2 本研究で得られた磁気抵抗効果の特異な振る舞い(黒線が実験結果)
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本件問い合わせ先:

高梨 弘毅(たかなし こうき)
東北大学 金属材料研究所 教授
Tel: 022-215-2095 / Fax: 022-215-2096

甲田 彰(こうだ あきら)
独立行政法人 科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
Tel: 048-226-5623 / Fax: 048-226-5703

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