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科学技術振興機構報 第1294号

平成29年11月22日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)

電力のリアルタイムプライシングの安定性を保証する設計条件を解明

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、名古屋大学の東 俊一 教授と岡山県立大学の泉 晋作 助教は、電力のリアルタイムプライシングの安定性を保証する設計条件を世界で初めて解明しました。

リアルタイムプライシングは、電力価格を調節することで電力消費の抑制・促進を促す方法であり、スマートグリッドにおける中核的技術の1つと位置付けられています。その一方、電力価格と電力消費の間に存在する相互作用(フィードバック構造)により、スマートメータからの情報を価格決定に適切に反映できなかった場合には、電力の需給バランスが崩れ、停電を引き起こす可能性があります。このような事態は、絶対に避けなくてはなりません。

本研究グループでは、リアルタイムプライシングをモデル化し、フィードバック制御理論に基づいて安定性を保証する設計条件を導出しました。特に、安定性に関係する主要な設計パラメータを発見するとともに、その決定法を明らかにしました。

本結果は、リアルタイムプライシングの設計原理として、今後広く活用されることが期待されます。

本研究成果は、平成29年11月21日(米国東部時間)発行の米国電気電子学会誌「IEEE Transactions on Industrial Informatics」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「分散協調型エネルギー管理システム構築のための理論及び基盤技術の創出と融合展開」
(研究総括:藤田 政之 東京工業大学 教授)
研究課題名 「太陽光発電予測に基づく調和型電力系統制御のためのシステム理論構築」
研究代表者 井村 順一(東京工業大学 教授)
研究期間 平成27年4月~平成32年3月

JSTは本領域で、分散協調型エネルギー管理システムを実現するための研究を電力、制御、経済などの多角的な観点から進めています。本研究課題では、従来の電力供給を電力消費に合わせるだけでなく、再生可能エネルギーなど可制御性の低い電源の大量導入を想定し、リアルタイムプライシングによって電力消費の方も制御し、系統全体の安定的な運用を行うための次世代の電力系統制御技術の構築を目指しています。

<研究の背景と経緯>

従来の電力システムでは、電力の消費量に合わせるように電力供給(発電)を制御してきました。その一方、ピークカットのために、また、発電量の調節が容易ではない再生可能エネルギーの大量導入に向けて、電力消費の方も制御することが望まれています。

電力消費を制御するための方法の1つがリアルタイムプライシングです。これは電力価格の調節によって電力消費の抑制と促進を促す方法であり、スマートグリッドにおける中核的な技術と位置付けられています(図1)。

リアルタイムプライシングは、電力消費量から電力価格を定め、その価格に応じて電力消費量が変化するという、「電力消費量」と「電力価格」の間の相互的な作用が基本となります。このような相互作用は、制御工学において「フィードバック構造注1)」と呼ばれますが、フィードバック構造を構成すると、常に「不安定化注2)」と呼ばれる悪循環に陥る可能性が生じます。リアルタイムプライシングにおいて、不安定化が起こると停電に陥る可能性があるため、不安定化は絶対に避けなくてはならない事象です。

この一方で、国内外においてリアルタイムプライシングの実験が実施されていますが、現状では基礎的な検証を目的としているため、フィードバック構造の安定性を保証するという点まで踏み込んではいません。また、電力消費量の総量の情報を得るために必要な時間に比べて、電力消費量を緩やかに変化させるような場合は、本質的に不安定化が起こりにくいことが知られていますが、たとえばアンシラリーサービス注3)のために不可欠な、応答時間の速いリアルタイムプライシングを考えた際は、不安定化の可能性が一気に高まることになります。しかしながら、そのようなリアルタイムプライシングの安定性の研究は少ないのが現状で、特に、本研究で用いる分散推定と呼ばれる電力消費量の総量の推定機構が組み込まれたリアルタイムプライシングを対象としたものは見当たりません。

そのため、リアルタイムプライシングを「フィードバック構造を有するシステム」と捉え、不安定化が絶対に起こらないことを保証する、すなわち、安定性を保証する設計理論が必要とされています。

<研究の内容>

本研究では、フィードバック制御理論に基づいて、リアルタイムプライシングの安定性を保証するための設計条件を解明しました。特に、需要家に備えられたスマートメータから収集した情報の結合と、価格への反映の観点から、設計条件の導出に世界で初めて成功しました。主要成果は以下のようにまとめられます。

1)リアルタイムプライシングのモデルの提案

リアルタイムプライシングにおいては、空間的に分散している需要家の電力消費量をスマートメータによって測定し、それを収集して情報処理し、電力消費量の総量の情報を得る必要があります。この際、需要家の数は一般に膨大であるため、各需要家の消費量をどこか一か所に集めて計算することは、通信量や計算量の観点から現実的ではありません。そこで、スマートメータの情報を局所的なアクセスポイントに集め、アクセスポイント間で情報交換を行いながら電力消費量の総量計算を実施することが考えられます。

本研究では、このようなアクセスポイント間で実施する分散型の情報処理方法として、時々刻々と変化する消費量にも対応できるダイナミックコンセンサスアルゴリズム注4)を採用することを提案しました。また、電力価格の決定方法として、電力消費量の総量の「現在の値」と「過去の値」をある割合で足し合わせて行うことを提案しました。この方法は、制御工学の分野でよく知られている比例積分型制御を応用したものになります。すなわち、本研究でのリアルタイムプライシングでは、ダイナミックコンセンサスアルゴリズムによって、アクセスポイントに分散している情報から電力消費量の総量を推定し、その推定情報の現在値と過去の履歴を用いて、電力価格を決定します(図2)。

このようなモデルは、将来リアルタイムプライシングが実施される環境の特徴を適切に捉えており、現段階で最も実用的なものだと考えられます。

上述のアクセスポイントは、論文中では電力推定器と呼び、分散電源に備えられていると仮定しているが、必ずしも電源に備えられる必要はなく、アクセスポイント自身で独立している場合やスマートメータ自身がアクセスポイントの役割を演じる場合もある。

2)安定性を保証する設計条件の解明

上述のようにモデル化されたリアルタイムプライシングは、多数のシステムが複雑に接続されており、どのパラメータがシステム全体の安定性に影響を及ぼすのかが明らかではありませんでした。

本研究では、システム全体から安定性に影響を及ぼすブロックを抽出する相似変換を考案し、リアルタイムプライシングの安定性が、主に、次の3つのパラメータの関係によって定まることを発見しました。

さらに、リアルタイムプライシングの安定性を保証する3つのパラメータの範囲を表現する不等式を導出しました。この不等式は、制御工学の分野で知られている、システムが安定か否かの規範となる固有値と呼ばれる数値が安定領域に存在することを表しており、これを満足するように上述の3つのパラメータを選択(設計)すれば、安定性が保証されたリアルタイムプライシングを実現することができます。

図3に、本研究で得た設計条件を用いてリアルタイムプライシングを実現した例(シミュレーション結果)を示していますが、ピーク時においても総電力消費量が目標値以下(電力の供給限界以下)に抑えられていることが確認できます。一方、図4は、本研究の成果によらない場合の例ですが、総電力消費量が不安定化し、目標値を超過しています。これは、現実世界において停電をもたらす可能性を意味します。

以上のように、本結果は、安定性という観点からリアルタイムプライシングの主要な設計原理となることが期待されます。

<今後の展開>

本研究で得られた条件は、不等式で表現されておりパラメータの選択に自由度を残しています。これは、需要家サイドの振る舞い(電力価格をどのように電力消費量に反映させるか)に許される自由度(許容度)に対応すると考えられます。今後は、そのような需要家サイドの振る舞い(特に、自動デマンドレスポンス)の設計理論を構築する予定です。

<参考図>

図1 リアルタイムプライシングの概念図

図1 リアルタイムプライシングの概念図

電力価格の調節によって電力消費量の抑制と促進を行う。ピークカットのために、また、再生可能エネルギーのような発電量の調節が容易ではない電源の大量導入の際に、電力消費の制御方法として期待されている。

図2 提案するリアルタイムプライシングのモデル

図2 提案するリアルタイムプライシングのモデル

アクセスポイントにダイナミックコンセンサスアルゴリズムを実装し、時々刻々と変化する総消費量を推定する。一方、総消費量の情報を、現在の値と過去の値を適切に組み合わせて価格決定に反映する(比例積分型価格決定)。

図3 本研究のリアルタイムプライシングを適用した例(シミュレーション結果)

図3 本研究のリアルタイムプライシングを適用した例(シミュレーション結果)

電力消費量のピーク時に、本研究で得たリアルタイムプライシングを適用することで、電力の供給限界を下回るような制御を行うことができる。

図4 本研究の設計条件を満たさないリアルタイムプライシングを適用した例(シミュレーション結果)

図4 本研究の設計条件を満たさないリアルタイムプライシングを適用した例(シミュレーション結果)

本研究の設計条件を満たさない場合は、不安定化し電力の供給限界を超過する場合がある。

<用語解説>

注1) フィードバック構造
入力と出力を有する動的システムにおいて、出力の情報を入力側に戻すこと。情報が無限に循環するループ構造が構成されるため、悪循環(不安定化)が生じることがある。
注2) 不安定化
動的システムにおいて、長い時間が経過しても信号が目標値に達することなく、振動したり、発散したりすること。
注3) アンシラリーサービス
電力の品質を保つために,系統運用者によって実施される周波数制御や電圧制御や,予備力確保のこと。
注4) ダイナミックコンセンサスアルゴリズム
いくつかの構成要素からなるシステムに実装される分散アルゴリズムの一種。特に、すべての構成要素の状態量を、ある時間とともに変化する目標値に一致させるもの。

<論文情報>

タイトル Real-Time Pricing by Data Fusion on Networks
(ネットワーク上での情報結合に基づくリアルタイムプライシング)
掲載誌 IEEE Transactions on Industrial Informatics

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

東 俊一(アズマ シュンイチ)
名古屋大学 大学院工学研究科 機械システム工学専攻 教授
〒464-8603 名古屋市千種区不老町
Tel:052-789-2745
E-mail:

<JST事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
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