科学技術振興機構報 第128号

平成16年11月18日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL http://www.jst.go.jp

湿度の変化で磁性が変わる新材料の合成に成功

~磁気湿度センサー実現に期待~

■ ポイント

・湿度の変化で磁化の強さが変わる材料を発見
・湿度が変化するとなぜ磁化の強さが変わるかを解明
・湿度の変化で磁極の方向が反転する物質の合成に初めて成功
・従来不可能とされてきた磁気湿度センサー実現に期待

 JST【理事長 沖村 憲樹】と東京大学【総長 佐々木 毅】は、湿度の変化で磁極の方向が反転する物質の合成に世界で初めて成功した。この結果、従来不可能とされてきた磁気による湿度センサーの実現に期待がかかる。今後は、今回解明された物性を足がかりに、室温動作する磁性材料を探索する。

○ 湿度によって磁化の強さが変わる材料を発見
 金属錯体の一種について、湿度を変化させながら磁化の強さを測定したところ、湿度に応答して磁化の強さが可逆的に変わる現象を世界で初めて発見した。
 実験と理論計算により、空気中の水分子が、金属錯体の結合状態に影響を及ぼした結果、磁化が変化していることが明らかになった。
○ 湿度によって磁極が反転する材料の合成に成功
 実験と理論計算で明らかにされた磁化が変化するメカニズムを応用して、湿度が変化すると磁極の方向が反転する金属錯体の合成に成功した。

 なお、上記の研究成果は、JSTと東京大学の契約にもとづき、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)の研究領域「秩序と物性」【研究総括 曾我直弘(産業技術総合研究所 理事)】における研究テーマ「磁気・電気分極が共存する複合分極金属錯体の創製と新機能」【研究代表者 大越 慎一】の一環として、橋本和仁教授(東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻)との共同研究により得られたものである。
 本成果は、11月21日付け(グリニッジ標準時間)の英国科学誌「Nature Materials」オンライン版で公開される。(題目:Humidity-induced magnetization and magnetic pole inversion in a cyano-bridged metal assembly 著者:大越慎一、荒井健一、佐藤祐輔、橋本和仁)

■ 背景

 磁性材料の磁気特性を湿度により可逆的に制御することは一般的に困難とされてきた。
 湿度に敏感に応答する磁性材料を得るためには、水分子がその量に応じた作用を磁性体に及ぼす必要がある。本研究では、水分子を吸蔵できる磁性材料で、かつ強磁性を示すシアノ架橋型金属錯体【用語の説明*1参照】に着目し、湿度の変化と磁化の関係を研究してきた。
 本成果は、精密な湿度のセンサーに応用できる可能性がある。湿度の測定原理は現在、乾湿式のほか、抵抗式、静電容量式など様々なものがある。しかし、精密な測定は一般に難しいと言われている。水分子と磁性材料との相互作用を明らかにし、湿度の変化を磁気的に読み出すことができるようになれば、新たな測定原理を提案することになり、測定精度が向上する可能性がある。

■ 成果の内容

 (1)湿度によって磁化の強度が変化する材料を発見
 シアノ架橋型金属錯体の一種(CoII[CrIII(CN)6]2/3・4.8H2O :図1)について、湿度を変化させながら、各湿度における磁化-温度曲線を測定した結果、磁気相転移温度【用語の説明*2参照】が27K (湿度80%) から22K (湿度3%)へ(図2)変化することが明らかになった。また、飽和磁化【用語の説明*3参照】が湿度の変化に応じて可逆的に変化することも発見した。
 各種分光測定の結果より、この湿度に依存した磁化の強度の変化は、1 コバルトの電子の軌道の対称性が水分子の影響で変化、2 コバルトの電子状態の変化に伴い、金属錯体中のコバルトとクロムの磁気的相互作用(強磁性的相互作用反強磁性的相互作用用語の説明*4*5参照】)が変化、というプロセスで発生していることが判明した(図3)。湿度に応答して磁気特性が可逆的に変化する磁性体の発見は世界初である。
(2)湿度により磁極が反転する材料の合成に成功
 コバルトとマンガンが原子レベルで混合されたシアノ架橋型金属錯体の一種((CoII0.41MnII0.59)[CrIII(CN)6]2/3・4.8H2O)を新規に合成し、いくつかの湿度で温度を変化させながら、磁化-温度曲線の測定を行った。
 この結果、この金属錯体は44K以下の低温では湿度80%で負の磁化方向を示すが、湿度5%以下では、いくら温度を下げても磁化の符号は正の方向を示すことがわかった(図4)。これは、湿度の低下によって、1 金属錯体内部でコバルトの電子の軌道の対称性が変化、2 マンガンとコバルトの磁気相互作用及びクロムとコバルトの磁気相互作用のバランスが変化、というプロセスで、材料全体に表れる磁化が反転することを意味している。また、この現象は、理論計算によっても裏付けることができた。

■ 本研究成果の意義と今後の展開

 本研究では、従来不可能とされてきた磁性材料の湿度応答の観測に成功しただけでなく、そのメカニズムを解明しており、今後の材料設計の明解な指針をつかむことができた点に意義がある。
 また、金属錯体をベースとした強磁性体が、従来型磁石とは全く異なり、多様な応答性能を付与しうることを示した点も意義がある。
 応用の観点からは、湿度を磁性の変化として精密に測定するためのセンサーの開発につながることが期待される。今回の成果は、低温で得られたものであるが、同系統の磁性材料で、磁気相転移温度がより高い材料の合成に成功すれば、室温での動作も可能になると期待される。

【用語解説】

*1 シアノ架橋型金属錯体

 CN基により金属イオンが架橋されている金属錯体をいう。代表的なシアノ架橋型金属錯体であるプルシアンブルーは、17世紀から研究されている配位化合物であり、染料や顔料として工業的にも広く用いられている。その構造は面心立方晶系で、FeIIイオンとFeIIIイオンがCN基により交互に架橋されている。この金属イオンを他の遷移金属イオンに代えても、同じような構造の錯体を得ることができ、プルシアンブルー類似体と呼ばれている。プルシアンブルー類似体は最も近い金属間のスピン相互作用のみを考慮することでその磁気特性を設計することができるので、従来の磁石では発現しなかった磁気特性や機能性を付与できる可能性がある。
図1 参照


*2 磁気相転移温度

 熱擾乱により、材料全体の磁気モーメントが消失する温度である。磁気モーメントの温度変化の不連続点として表れる。


*3 飽和磁化

 磁場による磁性体の磁化が最大値に達して磁場をそれ以上大きくしても変化しないようになった状態での磁化の強さをいう。


*4 強磁性的相互作用

 電子スピンが平行に配列しようとする量子力学的作用。


*5 反強磁性的相互作用

 電子スピンが反平行に配列しようとする量子力学的作用。

【論文名】

Humidity-induced magnetization and magnetic pole inversion in a cyano-bridged metal assembly
(シアノ架橋集積型金属錯体における湿度誘起磁化及び湿度誘起磁化反転)
doi :10.1038/nmat1260


図1
 CoII[CrIII(CN)6]2/3・zH2Oの構造図
図2
 CoII[CrIII(CN)6]2/3・zH2Oの温度-磁化曲線の湿度依存性
図3
 湿度によるコバルトの電子軌道の対称性の変化
図4
 (CoII0.41MnII0.59)[CrIII(CN)6]2/3・zH2Oの温度‐磁化曲線の湿度依存性


■ 本件問い合わせ先

東京大学大学院工学系研究科 応用化学専攻
 助教授 大越 慎一
  〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1 工学部5号館応用化学科
   TEL:03-5841-7248 FAX:03-5841-1142

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