JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第1251号 > 別紙
別紙

研究開発の俯瞰報告書(2017年)の概要

俯瞰報告書(2017年)では、分野ごとに、俯瞰対象分野の全体像(俯瞰の構造と範囲、研究開発の歴史・変遷、研究開発を取り巻く現状、今後の展開と日本の研究開発戦略の方向性)を記述するとともに、全分野を通じて25俯瞰区分・168研究開発領域について、国内外の研究開発動向や科学技術的・政策的課題等とともに、日・米・欧・中・韓等の国際比較(基礎研究/応用研究・開発フェーズごとの現状・トレンド)などの情報をまとめている。

詳細な内容は各分野の報告書を参照いただきたい。なお、分野別の俯瞰報告書のほか、主要国の科学技術イノベーション政策等をまとめた「主要国の研究開発戦略」も合わせて参照いただきたい。

また俯瞰報告書(2017年)では、各分野の俯瞰報告書の結果から、「世界の技術革新の潮流」「科学技術における日本の位置づけ」「日本の挑戦課題」を抽出した(表2~6)。さらに各分野全体を俯瞰し導出されるこれらのポイントを抽出した(表1)。これらについては、分野別の俯瞰報告書のエッセンスをまとめた「概要版」に掲載している。

図 分野別俯瞰報告書の作成とポイントの導出

表1 科学技術分野全体のポイント

項目 内容
世界の技術革新の潮流
  • ①情報技術の進展などにより、科学技術の革新のスピードは格段に増している。世界における科学技術の牽引役は米国であり、欧日が追随している。
  • SDGs(持続可能な開発目標;Sustainable Development Goals)のような人類的課題への科学技術の貢献が求められており、このような課題に対して、公的資金だけでなく民間資金の投資をいかに促すかが大きな課題になってきている。
  • ③ビッグデータ、IoT(Internet of Things)、人工知能(AI)などの情報技術の急速な進展が、ナノテク、バイオ、エネルギーなど各分野における研究開発のパラダイムシフトを起こしている
  • ④科学技術の世界では精緻化・先鋭化が進み、膨大な知見が蓄積されつつある。欧米では、基礎科学と科学の健全性を維持しつつ、それを社会にどう活かせるかという、システム化の考え方やELSI(倫理的・法的・社会的問題;Ethical,Legal and Social Issues)への取り組みが大事になってきている。
  • ⑤米国トランプ大統領就任や英国EU離脱などに見られる保護主義の台頭、世界第2位のGDP大国となった中国の存在感の増大など、世界の政治・経済情勢が今後の科学技術に与える影響には注視を要する。
科学技術における日本の位置づけ
  • ①世界の牽引役である米国に続き、欧州や日本が部分的に強みを発揮しているが、中国は研究開発投資規模や論文数において米国に次ぐ世界2位となっており、日本の相対的地位が低下していることが懸念される。
  • ②個別領域では、世界をリードする研究・技術開発が各分野に存在する。例えば、蓄電池や燃料電池、耐熱材料、温室効果ガス(GHG)観測衛星、情報セキュリティーにおける暗号技術、物質創製・材料設計技術や計測・分析技術、免疫研究やiPS関連研究などに世界をリードする強みを持つ。
  • ③研究開発の成果を社会ニーズに結び付けるためには産学官の協力や科学と社会の関係の深化などの取り組みが必要であるが、日本ではそれらの取り組みが不足している。
  • ④製品や研究開発手法における標準化など、国際的な枠組みの立案について、欧米などと比較して日本は遅れている。
  • ⑤日本は主要国の中で唯一博士号取得者数が減少傾向にあり、今後の研究開発人材への懸念がある。特に、全分野でインフラとなる計算・データ科学系の研究者の不足が大きなボトルネックになっている。
日本の挑戦課題
  • ①大きな進展や革新が求められる基礎研究・開発は以下のとおり。例えば、ポストリチウム電池などの蓄電技術、CO回収・利用技術、地球システムモデル(ESM)開発等の気候変動予測・影響予測・評価技術、サイバー・フィジカル融合サービスプラットフォーム構築技術、量子系の統合制御技術やマテリアルズ・インフォマティクス、生命科学・環境要因・臨床・社会データなどのデータ統合および診断・治療技術の個別化
  • AI/IoT時代の本格化に備え、ムーアの法則の限界やコンピューティングアーキテクチャの行き詰まりなどに対する技術革新やプライバシー規制などの法的整備が重要課題となる。また、計算・データ科学系の研究者の育成が急務である。
  • ③科学技術の成果を社会・経済的価値に転換するためには、規制緩和、法的整備、ビジネスモデルの創出、大学の体制整備などへの取り組みを強力に推進していく必要がある。
  • ④科学と社会の関係に関する取り組みの必要性が増しており、ELSIや自然科学と人文・社会科学の連携に関する取り組みを強化する必要がある。
  • ⑤技術革新の急速な進展や社会ニーズへの対応と、また基礎科学の維持・発展のためとの両面を見据えた研究開発基盤の整備が急務である。研究人材の育成はもとより、研究を支える多様な専門の人材配置、研究インフラ整備などが求められる。

表2 エネルギー分野のポイント

項目 内容
世界の技術革新の潮流
  • ①低炭素化への対応、再生可能エネルギー大量導入時への対応、利用しうるエネルギー資源の変遷への対応、原子力の安全性+廃炉などへの対応が共通した社会的課題である。
  • ②短中期(向こう10年程度)では化石燃料の供給過剰が予想される。
  • ③いずれの国においても研究開発の特徴は、可能性のあるすべての資源の活用・高効率化であるが、欧州においては、再生可能エネルギー開発への政府対応が相対的に大きい。
  • 技術革新は大局で欧州(特に独)米日がリード
  • 米国では大統領府が基本的方向を決定し、DOE(米国エネルギー省)等行政府・研究機関が政策主導。再生可能エネルギー主体の「グリーンニューディール」からシェール革命等を契機とした路線の転換がはかられている。
  • EUはエネルギー効率の高い低炭素社会への変革が目標。また、独の再生可能エネルギー重視、仏の原子力発電、英の風力重視など各国ごとに特徴がある。
  • ⑦科学技術力比較における国際的な状況は次のとおり。
  • エネルギー供給技術:「資源開発」「火力発電」「原子力安全」「太陽光発電」では欧米が、「地熱」では米が、「バイオマス」「風力」では欧州が強い。
  • エネルギー利用:「スマートビル」「燃焼」「トライボロジー」「高強度軽量材料」で欧米が、「断熱遮熱技術」「照明・ディスプレイ」「分離」で米が、「熱再生利用」「触媒」で欧州が強い。
  • エネルギーネットワーク技術:「エネルギーシステム」「分散型EMS(エネルギーマネジメントシステム)」「パワーエレクトロニクス」は欧米が、「蓄電池」は中韓が、「蓄熱」は欧州が強い。
  • 太陽電池、蓄電池、照明・ディスプレイなどエネルギーデバイスの応用研究においては韓国が世界トップクラス。
科学技術における日本の位置づけ
  • ①3E(安定供給、経済効率性の向上、環境への適合)+S(安全性)の同時克服や2030年の電源構成を位置づけたエネルギー基本計画(2014年4月)がある。
  • ②COP21を受けて、「エネルギー・環境イノベーション戦略」(2016年4月)がまとめられ、エネルギーシステム統合技術、超伝導、蓄電池、水素等製造・貯蔵・利用、太陽光発電等11の分野が指定されている。
  • ③科学技術力比較における日本の状況は次のとおり。
  • 「火力発電」「蓄電池」「燃料電池」「磁石」「耐熱材料」では世界をリードしている。ただし、現在強い領域も、例えば、蓄電池は韓国が猛追により同等の実力を有し、磁石や火力発電は中国が猛烈な追い上げを見せている。
  • 「CCUS(CO回収・貯留・利用;Carbon Capture Utilization and Storage)」「太陽光発電」「地熱発電」「EMS(エネルギーマネジメントシステム)」「パワーエレクトロニクス」「蓄熱」「ヒートポンプ」「触媒」「燃焼」は世界のトップクラスである。地熱、パワーエレクトロニクス、ヒートポンプ等、産業界の実力が大きい領域も多い。
  • 「新型原子炉」「エネルギーシステム評価」「HEMS(ホームエネルギー管理システム;Home Energy Management System)/BEMS(ビルエネルギー管理システム;Building Energy Management System)」は弱い部分である。システム的観点やITの利活用が苦手といえる。
  • なお、技術・研究としては強くても、市場では必ずしもシェアの大きくない領域があることに留意が必要である。
日本の挑戦課題
  • ①2040-2050年の再生可能エネルギー大量導入時代(家庭レベルへの太陽電池や蓄電池(電気自動車含む)の普及やCOP21に対応した温室効果ガス80%削減)を見据えた課題
  • 新しいエネルギーネットワークを検討する。技術課題は、自律分散型低圧配電系ネットワーク、エネルギー利用に関わる人間の行動科学、エネルギーと熱の総合利用など。
  • 高度炭素・水素循環利用のための革新的な反応・分離技術を確立する。技術課題は、CO分離・回収・化成品転換技術、太陽光や余剰の再生可能エネルギーを利用した水(水蒸気)からの水素製造技術、中温作動燃料電池技術など。
  • ②持続的な工学(先進製造技術)の維持発展のための産学のシステム的課題
  • エネルギーの高効率利用(低炭素化)等に資する先進製造基盤研究をネットワーク化し進化させる。技術課題は、材料技術、加工技術、トライボロジー技術、大規模構造体連成解析技術など。
  • 原子力安全・新型原子炉・廃炉・最終処分など、原子力に関わる人材育成を維持する。
  • ③研究システム・制度の課題
  • 学問分野(領域)の縦割り、細分化と先端応用研究へのファンディングの集中傾向、大学における工学の再建など社会課題解決のための教育改革、研究システム構築が必要である。
  • 教育と研究の連携、府省連携などが国としての構造的課題といえる。

表3 環境分野のポイント

項目 内容
世界の技術革新の潮流
  • 6つのトレンド:1)統合化(課題の複雑化を受け、気候変動・汚染・生態系・資源利用・社会・経済等を視野に入れた統合的研究へ発展。Food-Energy-Water Nexus(食料・エネルギー・水の連環)研究等)、2)大規模化(温室効果ガスや雲・エアロゾル、森林、表層水・海洋等の衛星観測の飛躍的向上、人間活動データや地球観測・衛星観測などによるビッグデータの活用、コホート調査、多面的な健康影響把握、物質の全球動態モデル開発等)、3)要素技術の高度化(物質への曝露から影響発現までの体内の経路を明らかにするAOP研究、同位体分析技術の進展による物質循環理解の深化、医薬品および日用品等由来化学物質PPCPsやマイクロプラスチックの汚染実態や生態影響解明、リサイクルの選別技術高度化等)、4)意思決定のための可視化(モデル比較、解像度詳細化、価値評価、物質ストック・フロー解析、指標開発等)、5)観測のネットワーク化・データの共有化、6)研究スタイルの変化(共通設定の下で複数モデルを横断的に分析)。
  • ②科学技術力比較における国際的な状況は次のとおり。
  • 気候変動:欧米がリードし日本も存在感を示している。温室効果ガス(GHG)観測衛星の打ち上げが続き、予測モデルの開発と相互比較が実施されている。対策を行うために、予測結果の時空間的詳細化(ダウンスケーリング)や極端現象予測等の不確実性の定量化(アンサンブルシミュレーション)が進められている。
  • 環境汚染・健康:大気汚染で米国、水質汚染で欧州がリード。土壌・地下水汚染では欧米日が進展している。汚染の複雑化に伴い、気候変動やエネルギー、社会や経済との統合化が求められている。同位体比測定やノンターゲット分析、(体内または地球全体での)物質動態予測技術などが注目される。
  • 生物多様性・生態系:欧米豪加がリード。把握においてはデータ取得や予測、情報基盤整備が、管理において生態系サービスの定量的評価が重要である。
  • 循環型社会:水循環については米国が、農林水産業の環境研究では欧米が、リサイクル・廃棄物処理では欧州が、資源・生産・消費管理では欧米が、環境都市については欧州が進んでいる。
科学技術における日本の位置づけ
  • ①日本はいずれの区分においても少数の研究者がレベルの高い研究開発を実施しているが、欧米と比べて、体制整備、システム化、新たな概念の創出等が課題となっている。
  • ②科学技術力比較における日本の状況は次のとおり。
  • 気候変動:温室効果ガス(GHG)観測衛星で世界を先導している。気候変動影響研究では、農林業や健康・都市生活、極地において強みを持つ。
  • 環境汚染・健康:大気中温室効果ガス濃度や同位体比測定、ノンターゲット分析、薬物の体内動態予測、出生コホート調査、大規模モデル開発など基礎研究の水準が高い。
  • 生物多様性・生態系:観測とデータ整備、システム開発や、その活用及び政策支援などが欧米加豪と比べた弱みといえる。
  • 循環型社会:全体として欧米が進展しているが、日本においても水循環、農林水産業、リサイクル等で世界的に光る研究がある。
日本の挑戦課題

◆今後国として取り組むべき研究開発課題

①人間活動も含め地球を1つのシステムとして理解し、人と自然の営みを維持・発展させるため、統合的な研究開発が求められる。

  • 気候変動や汚染、健康、生態系、資源、経済、社会等の関連要素全体を視野に入れた研究開発への発展

②顕在化した事象への対処のみならず起こりうる事象を予測し対処するため、地球システムモデル(ESM)・気候変動影響予測モデルの開発と応用が求められる。

  • 予測精度向上
  • ダウンスケーリング等
  • 影響予測・評価の強化と対象の拡大
  • 気候変動以外の環境変動予測・評価

③観測の対象・地点・頻度の増加が予測されるため、観測や評価の低コスト化・省力化が求められる。

  • 効率的かつ省メンテナンスで統計学的にも優れた観測手法の開発
  • 物質への曝露から影響発現までの体内の経路を明らかにするAOP研究の推進(毒性試験の省力化・迅速化)

◆研究システム・制度の課題

①長期間の継続的な観測によるデータ蓄積が研究開発の深化と発展に不可欠である。そのためには、モニタリングやシステム開発の継続性と研究プラットフォーム(衛星や観測船等)の維持・強化が必要となる。

②計算機資源の拡充、社会受容性のための評価などが求められる。

③要素技術のみならずシステム化の研究開発の推進や、人文社会科学も含む学際性(interdisciplinarity)、あらゆる関係者が参加するトランスディシプリナリ性(transdisciplinarity)も求められる。

表4 システム・情報科学技術分野のポイント

項目 内容
世界の技術革新の潮流
  • ①デバイスの性能向上や価格低下、クラウドコンピューティングやIoTなどの新たなコンピューティングパラダイムの進展、ビッグデータや人工知能などのデータ処理技術の高度化により、システム・情報科学技術が急速に進歩し、世の中に普及。一方で、ムーアの法則の限界、コンピューティングアーキテクチャの行き詰まりなども顕在化
  • ②情報科学技術とシステム科学技術が深く融合。
  • ③ビジネス、他の科学技術分野、および社会への適用が進み、相互作用的にシステム・情報科学技術が進展。
  • ④上記進展は米国が主導的。政府だけでなく民間企業の役割も大きい
  • ⑤欧州では社会的課題および産業界との関連付けを重視している。
  • ⑥中国、韓国でも社会適用が進む。
  • 人工知能(AI)を代表とする新たな科学技術に対する、ELSIへの対処など国際的整備への取り組みが重要
科学技術における日本の位置づけ
  • ①基礎研究においては米国には及ばないが、欧州と共に強みのある部分もある。日本は、量子コンピューティングの基礎理論の構築、セキュリティーにおける暗号技術の研究開発、ビッグデータやAIにおける独自の機械学習アルゴリズム等において強みがあり、ロボット、言語処理へのアルゴリズムの適用などにおいても強みを有する。しかし、これら有力な技術は実用化を経てさらなる進歩が期待できるが、我が国においては新たな技術を活かした新規事業の創出が不活発であり、これが基礎研究にも悪影響を与えている。
  • ビッグデータの蓄積・利用については官民ともに米国から水をあけられている
  • ③ビジネスにおける新たな技術の利活用が一部で進んでいるが、社会的な観点からは、規制緩和、法的整備、ビジネスモデルの創出ともに不十分である。
  • ④Society5.0などの構想はあるが実現はこれからである。
  • ⑤国際的制度の枠組みの構築などに対して、日本の参画は不十分。
日本の挑戦課題
    ①システム・情報科学技術を社会に適用させ、また科学技術の進歩を図るためには、日本において以下の戦略レイヤーの設定が重要。
  • 知のコンピューティング
  • CPS(サイバー・フィジカルシステム;Cyber Physical System)/IoT/REALITY2.0
  • 社会システムデザイン
  • ビッグデータ
  • ロボティクス
  • セキュリティー
    ②戦略レイヤーの日本の課題は以下のとおり。
  • 知のコンピューティング:合意形成とELSI対応
  • CPS/IoT/REALITY2.0:サービスコンポーネント化とプラットフォーム構築技術
  • 社会システムデザイン:実システムの分析に基づく課題抽出
  • ビッグデータ:実問題に対応する人工知能技術と新計算原理の確立
  • ロボティクス:システム化技術とソフトロボティクス
  • セキュリティー:IoTに向けた対象の拡大、実課題に対応した国産技術の育成
  • ③その他の重要な要素技術として、量子コンピュータ技術の進展、説明可能な機械学習方式の実現等の加速。実用化、事業化が研究にフィードバックが挙げられる。
  • ④官製データベースの開放促進、改正個人情報保護法の適正運用などの規制緩和の実施が求められる。
  • ⑤民間企業による企業データベースの蓄積と所有権・運用権の議論の推進とオープンサイエンスに向けた学術データベースの基盤整備が必要。
  • ⑥システム・情報科学技術(特にAI、ビッグデータ)に特有なSSH(人文社会科学;Social Science and Humanities)、ELSI問題の取り上げが課題。

表5 ナノテクノロジー・材料分野のポイント

項目 内容
世界の技術革新の潮流
  • ①各国でナノテク政策が開始されてから15年が経過。この間、ナノテクは技術の先鋭化、融合化、システム化へと向かう流れのなかにあり、2010年代以降は特に異分野技術の融合化と、製品化・社会実装を指向した技術のシステム化・市場浸透が強調されるようになってきた。ナノテクで新たに実現された製品(nano enabled products)市場は1.6兆ドルに成長(2012-14年で2倍、 米LuxResearch社)。
  • ②来たるIoT/AI時代に活躍するデバイスおよびその構成素材は先端ナノテクの塊になる。AIチップ、IoTセンサ、クラウドサーバ、自動車・輸送機器、ロボット、モバイル、エネルギー変換デバイス、診断・治療・計測デバイスなど、ハード側は先端ナノテクが競争を左右
  • ③新コンピューティング/新アーキテクチャへの挑戦が本格化。ポストムーア時代への技術潮流。
  • ④これらに使われる新素材は、データ駆動型の材料設計(マテリアルズ・インフォマティクス)から生み出そうとする大きな流れ。しかし勝者はまだ不在。近年のコンピュータの能力向上が、材料、部品、さらには複合システム品の設計開発を行うシミュレーション技術の可能性を大きく広げている。ICTの進展がナノテク・材料技術を含むものづくり全般に革新をもたらし始めている。
  • ⑤政府投資について、米国は国家ナノテクイニシアティブ戦略計画を更新(2016)、欧州はEUのファンディング枠組「ホライゾン2020」において、ナノテクや先端材料技術をKET’s (ブレイクスルー技術;key enabling technologies) の1つとして位置づける。アジアでは、中国・台湾・韓国・シンガポールを始め、ナノテクの研究開発拠点を築き、世界の研究開発を吸引しようとしている。 
科学技術における日本の位置づけ
  • 元素戦略・希少元素代替技術、分子(制御)技術、再生可能エネルギー・蓄電池材料、電子材料、パワー半導体、先端構造材料、結晶成長・薄膜・真空技術など、物質創製・材料設計技術に長期間の蓄積に基づく強みがあり、日本の特徴となっている。
  • ②そこで用いられる計測評価・分析・品質管理(電顕, NMR, X線等)も強い。これらが活きるかたちで省エネ・低環境負荷技術に優位性がある。
  • ③一方、弱点は、計算・データ科学、ソフト・標準化・規制戦略、医療応用や、水平連携・産学連携にある。これらは研究開発の枠組みを構築して実行するまでの問題の共有や意志決定スピードに課題がある。
  • ④また、ナノテク特有のELSI・EHS(環境、健康、安全;Environment,Health and Safety)、教育・コミュニケーションに課題あり。ナノテクの標準化・規制に関する国際的な枠組みへの戦略的な対応や、ナノ物質の安全性評価・管理研究の産学官連携体制、データ蓄積、国際連携などが継続的になされていない点が課題である。
日本の挑戦課題
  • 異分野融合/深みのある研究開発と水平/垂直連携の両立策
  • 府省連携・産学連携/研究開発フェーズや時間ギャップの解消
    → 先端研究開発と、事業化・実証トライアルのエコシステム形成が必要。
  • 新たな10の挑戦課題(グランドチャレンジ)
  • 1. データ駆動型新材料設計(マテリアルズ・インフォマティクス)
  • 2. IoT/AIチップ革新(新コンピューティングアーキテクチャ・ハード・センサデバイス→ニューロモルフィック、量子コンピューティング等の新機軸)
  • 3. 量子系統合制御技術(トポロジカル量子、スピン、フォノン、フォトン、エレクトロニクスの統合制御・変換、フォノンエンジニアリング)
  • 4. スマート・ソフトロボット基盤技術
  • 5. 分離技術・物質精製技術
  • 6. ナノスケール界面の動力学制御に基づくスーパー複合材料研究開発
  • 7. 生体/人工物間相互作用を自在制御するバイオ材料・デバイス開発
  • 8. オペランド・ナノ計測
  • 9. ナノELSI/EHS産学官国際戦略対応
  • 10. 世界の知を吸引する研究開発拠点・プラットフォーム形成、技術専門人材の長期確保

表6 ライフサイエンス・臨床医学分野のポイント

項目 内容
世界の技術革新の潮流
  • 精緻化・先鋭化:生命現象を、時間軸、空間軸で精緻に観察し、高精度に予測し、自由自在に操作し、人工的に創り出す技術が大きく進展している。最も注目すべき技術は、クライオ電子顕微鏡(単粒子解析技術)、ゲノム編集技術である。他にも、個体透明化技術、光スイッチ技術、高速AFM(原子間力顕微鏡)技術、分子・細胞内動態シミュレーション技術、人工生命・分子の創成、8Kイメージング技術、実験ロボット技術等が挙げられる。
  • 多様化・複雑化モデル生物(マウス等)以外を対象とした研究手法や、生命の複雑系を対象とした解析手法の開発が大きく進んでいる。例えば、ヒトin vitro実験技術(オルガノイド技術、臓器チップ技術)、農水畜産物の改変技術、複雑系生命システム解析技術(微生物叢、多臓器連関)、アグリフィールド(圃場)解析技術等が挙げられる。
  • 統合化・システム化統合ビッグデータに基づく、個別化/予測が大きく進展している。例えば、ビッグデータ解析技術(人工知能、ベイズ解析等)、ウェアラブル技術、トランスオミクス解析(ゲノム~フェノーム)、マルチスケール解析(分子~個体)、マルチモダリティ解析、大規模データ通信(SINET5.0など)、デジタル農業、等が挙げられる。
科学技術における日本の位置づけ
  • ①これから全てのライフサイエンス・臨床医学分野に共通する今後の潮流である「データ駆動型」の研究アプローチへの取り組みが諸外国と比して遅れており、早急な対応が必要である。
  • ②基礎科学面では、生命科学(免疫科学、分子細胞生物学、植物科学等)では世界トップレベルである。ただし、ヒトを対象とした研究や、農業現場を対象とした研究等、応用研究は遅れが見られる。
  • ③技術においては、イメージング技術、顕微鏡技術、培養技術など、我が国が長年にわたって世界トップレベルの位置にある。またiPS関連技術についても、国の重点的な投資の結果、大きな強みを有する。あらゆるライフサイエンス・臨床医学分野でバイオインフォマティクス技術へのニーズが高まっているが、我が国は遅れが見られる。
  • ④様々な学術・技術分野において優れた研究者が存在し、科学技術の新たな潮流を生み出すことが可能な、人的インフラが存在する。しかし、データ科学関連の人材が大きく不足している。また若手(臨床)研究者の大幅な減少や、若手研究者の閉塞感などが問題である。
  • ⑤我が国の強みとして、電子カルテ、レセプト、介護データ、健康診断などの膨大な臨床情報の存在が挙げられる。一方で、それらばらばらに存在する臨床情報の統合解析に向けた基盤整備がこれからの課題となっている。
日本の挑戦課題
  • ①基礎研究の成果が社会(集団)へ実装され、社会における実践から新たに設定された課題を元に再度基礎研究が推進される。これら一連の循環構造の加速がこれから重要であり、データ科学の適切な推進がカギとなる。
  • データ統合医学(IoMT)による個別予見医療(Precision Medicine):バイオマーカー(遺伝子、生体内分子、脈拍・血圧等)や様々な活動においてデジタル記録情報として得られるライフログ等の個々人データを統合的に解析し、疾患の発生・進行を予見する。費用対効果を考慮した上で対象(患者など)を層別化・個別化し、予防的な介入を実施することで疾患の発症/重症化/再発を予防する医療、およびその基盤となる生命科学/医科学研究。
  • デジタル統合アグリバイオ技術(IoAT)による超スマート生産(Precision Agriculture and Bio-production):土壌/環境条件等、微生物叢/昆虫/寄生虫等のセンシング・統合的情報解析によって、作物の成育環境を定量的に評価する。成育環境や生育状況を適切に監視・制御する技術を開発し、農作物/生産物の品質および生産効率の最大化を目指す研究、ならびにその基盤となる植物・微生物科学研究。