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科学技術振興機構報 第1204号

平成28年8月9日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)

メガソーラ向けの高効率太陽電池用シリコンインゴット単結晶の作製に
新規成長法を用いて生産性の高いキャスト成長炉で成功

~高効率太陽電池の高歩留まり製造に道を拓く~

ポイント

文部科学省 革新的エネルギー研究開発拠点形成事業(JST受託事業)において、JSTの中嶋 一雄 研究チームリーダーらは、生産性の高いキャスト成長炉で作製したシリコン単結晶インゴット注1)を用いて太陽電池を製作し、19.14%という高い変換効率を、高い歩留まりで実現しました。この変換効率は、従来法のCZ単結晶インゴットを用いた太陽電池と同等で、これは世界初の成果であります。

メガソーラ向け太陽電池の大半はシリコン太陽電池です。このため材料であるシリコン結晶の一層の高品質化と低コスト化が望まれてきました。

本研究グループでは、NOC法注2)図1)と呼ばれる新しい単結晶作製法を開発しました。これは、多結晶インゴットを得るためのキャスト成長炉に、さらに融液内に独自に低温領域を設定し、ルツボ壁注3)に触れないで単結晶を融液内成長できる工夫をしたものです。使う材料を高純度化し、ガスの流し方を工夫したほか、インゴット底部を凸化するなど融液がルツボ壁と反応するのを防止する技術を開発することで、結晶中に含まれる酸素濃度や金属不純物を低減し、さらに結晶欠陥の低減を図りました。

得られた-型シリコン単結晶を用いて、産業技術総合研究所福島再生可能エネルギー研究所(FREA)の標準プロセスで作製したAl-BSF構造注4)太陽電池は、最高19.14%、平均19.0%の変換効率を示し、極めて高い歩留まりで、高い効率の太陽電池を実現することに成功しました。この変換効率は、同一プロセスで製作した従来型の-型CZシリコンインゴット単結晶太陽電池の変換効率19.1%と同程度でした。

本技術は、太陽電池市場注5)の60%を占めるキャスト成長法注6)で作製した多結晶太陽電池と比較し、太陽電池特性と歩留まりがともに圧倒的に優位であり、次世代のキャスト成長法として有望です(図2)。今後スケールアップ技術が進展すれば、本技術がメガソーラ市場の主流になる道が開かれると期待されます。

本成果は、平成28年8月12日に、名古屋で開催されるICCGE-18(18th International Conference on Crystal Growth and Epitaxy)にて発表されます。

本成果は、以下の事業によって得られました。

革新的エネルギー研究開発拠点形成事業 (文部科学省委託事業)

研究総括 小長井 誠 (東京都市大学総合研究所 教授)
研究テーマ 「ナノワイヤー太陽電池」
研究期間 平成24年7月~平成29年3月

<研究の背景と経緯>

現在使用されている太陽電池の大半はシリコン単結晶または多結晶から作製されています。太陽電池用多結晶シリコンウェハーの1枚当たりの価格は単結晶よりも安く、キャスト成長炉を用いる多結晶はCZ成長炉を用いる単結晶より生産性が高いことから、太陽電池市場の60%を占有しています。最大の市場はメガソーラ(全市場の80%)を主体とする市場であり、変換効率が18%前後の多結晶太陽電池が主に使われています。

しかし、市場占有率の高い多結晶の課題は、良質のテクスチャー構造注7)が作れないことと結晶品質が劣るため、変換効率が単結晶より1~1.5%程度低い点と、残留歪み注8)が存在するために結晶品質のバラツキが大きく歩留まりが悪い点にあります。このため太陽電池業界では、生産性の高いキャスト成長炉を用いた、高品質シリコンインゴット単結晶の製造を目標に掲げ、新規技術の開発に取り組んでいます。ここでは、キャスト成長炉による単結晶で作製した太陽電池の変換効率や歩留まりが、CZ成長炉による単結晶と同等の特性を得ることが大きな課題となっています。これを実現できれば、生産性の高いキャスト成長炉で高効率単結晶太陽電池が製造できることになり、キャスト成長炉による市場占有率をさらに増すことが現実になります。当グループで開発したNOC法(図1)キャスト成長炉を用いており、高効率単結晶太陽電池の製造技術として開発しております。図2-型太陽電池注9)が主体のメガソーラ市場における、変換効率と生産性で表示した、既存の成長法とNOC成長法の位置づけを示します。今回、NOC法を用いて、キャスト成長炉で作製したシリコンインゴット単結晶で、CZ単結晶の太陽電池と同等の高効率と高歩留まりを世界で初めて実現しました。

<研究の内容>

JSTの中嶋 一雄らは、従来のキャスト成長法が石英ルツボに入れたシリコン融液を一方向凝固させる手法のため、成長したインゴット結晶内に大きな残留歪みが存在する点に注目し、ルツボ壁に触れないでシリコン融液内でインゴット単結晶を成長できる実用可能なNOC法を開発しました。

NOC法は原理的には図1で示した多くのメリットを有しますが、実際にこれらのメリットを実現するには、成長炉に多くの工夫をする必要がありました。その中で太陽電池特性に直結する重要ポイントは、1)不純物の低減、2)結晶内転位注10)の低減、3)酸素濃度の低減にありました。

1)の課題に対して、今回、炉の内容物であるグラファイト冶具をすべて真空中で長時間高温空焼きし、主な汚染物質である鉄不純物を除去しました。この炉内クリーン化は極めて有効で、図3に示すように、クリーン化後にはライフタイム注11)が大きく向上し、ゲッタリング注12)後でミリ秒のオーダの値が得られました。

2)の課題に対して、図4に示すように、結晶の引き上げ速度と回転速度を極力遅くし、成長方向に凸の形状を有するインゴット単結晶を作製し、インゴット単結晶内の転位が成長するにつれて結晶外で排出されるようにしました。この現象はNOC成長法により見出された効果であり、今回この手法を活用しました。

3)の課題に対して、成長中のインゴット単結晶の回転速度を1rpmと小さくし、ルツボ回転速度も0.5rpmと小さく、しかも結晶と同方向の回転としました。これにより、シリコン融液内の対流を減らし、シリコン融液と石英ルツボ壁との溶解反応を抑え、酸素がシリコン融液に入るのを防ぎました。これによりインゴット結晶内の酸素濃度を常に1×1018cm-3以下に保ち、最低酸素濃度を3.6×1017cm-3にまで下げることが出来ました。

上述の1)、2)、3)に示した手法をキャスト成長炉に用いて、-型シリコンインゴット単結晶を作製し、そのインゴットの全領域から均等に切り出したウェハーを用いて太陽電池を作製し、変換効率の分布を調べました(図5)。-型CZウェハーを用いたAl-BSFセル構造で平均19.1%の変換効率が得られる太陽電池構造・プロセスを用いて、CZ法の単結晶と同等の最高変換効率が19.14%、平均の変換効率が19.0%の高効率太陽電池を、極めて高歩留まりで実現することに成功しました。この成果は、市場占有率の高いハイパーフォーマンス(HP)キャスト成長法注13)で作製したインゴット多結晶の太陽電池特性を遙かに凌駕するものであり(図6)、NOC法の優位性を示しています。

<今後の展開>

今後に残された課題はスケールアップですが、NOC法ではルツボ径の90%の直径比を有するインゴット単結晶をすでに実現しており、ルツボのサイズを最大限に活用することができます。今後、大きなルツボを使用して、図7に示すような大容量のシリコンインゴット単結晶を作製できれば、本技術を太陽電池用シリコンインゴット製造方法の主流にできる道が開けます。

<参考図>

図1 NOC成長法とその原理的メリット

図2 -型太陽電池が主体のメガソーラ市場における、NOC成長法の位置づけ

図3 高純度化前後の-型ウェハーの少数キャリヤーのライフタイム

図4 下に凸の成長界面を有するシリコンインゴット単結晶

図5 NOC法で作製したp-型シリコン太陽電池の変換効率分布

図6 ハイパーフォーマンスキャスト法による太陽電池とNOC法による
太陽電池の変換効率分布の比較

図7 NOC法による大型ルツボを用いた大口径・大容量のシリコンインゴット
単結晶の成長例(目標結晶の一例)

<用語解説>

注1) インゴット
各種結晶成長法で得られたある程度の容積を有する結晶のブロック。
注2) NOC(Noncontact Crucible)法
当研究グループで発明・開発した、太陽電池用の高品質・大口径シリコン単結晶の成長技術。シリコン融液を入れたルツボからの凝固歪みの影響を排除するため、シリコン融液内に大きな低温領域注14)を設け、この中で結晶成長することにより、ルツボ壁に触れないでシリコン単結晶を成長できる独自技術である。シリコン融液内に大きな低温領域を形成するには独自のノーハウが必要であり、まだ開示していない。結晶の高純度化や高品質化を原理的に狙える技術である。
注3) ルツボ壁
シリコン単結晶の成長は、石英製のルツボに入れたシリコン融液の内部で行う。シリコン融液はルツボの内面である壁に触れており、融液内の対流が激しいと、融液と壁の反応が高温で起こり酸素元素が溶けだす。また成長中の結晶がルツボ壁に触れないように、低温領域を融液内に設定しなければならない。
注4) Al-BSF構造
単結晶シリコン太陽電池の基本構造であるp-n接合の側裏面にAl(アルミニウム)を高ドープすることによって+層を形成する構造。+層を形成することで裏面側に内蔵電界を発生させ、少数キャリヤーを追い返すことで再結合ロスを減少させ、光生成キャリヤーの収集効率の改善を図っている。
注5) 太陽電池市場
現在の太陽電池市場は、80%を占めるメガソーラ市場と20%を占める屋根置市場からなっている。メガソーラ市場では、変換効率が18%程度の-型多結晶太陽電池が主体であり、キャスト成長法で作製されている。屋根置市場では変換効率が20%前後の-型単結晶太陽電池が主体になっている。本発表技術は、メガソーラ市場をターゲットとしており、生産性の高いキャスト成長炉を用いるNOC成長法で、キャスト成長法の多結晶太陽電池を凌駕する変換効率が19%の-型単結晶太陽電池の開発を目指している。
注6) キャスト成長法
焼成した石英ルツボの中で原料のシリコンを融解し、ルツボ内の下方から上方に向け結晶を成長する手法。ルツボ壁から多数の結晶核が発生するため、結晶は多結晶となる。
注7) テクスチャー構造
結晶表面での光の反射ロスを低減させることを目的として形成するミクロなピラミッド構造。単結晶においては全体に均一なピラミッド構造を形成することができるが、多結晶の場合は様々な方向性を持った結晶粒の集まりであるため、不均一なピラミッド構造となり反射ロスが大きくなる。反射ロスが少ないテクスチャー構造ほど高い変換効率が得られる。
注8) 残留歪み
成長したインゴット単結晶内には、熱分布の不均一による熱歪みと成長中のインゴット単結晶がルツボ壁に触れることによる機械的歪みがある。特にシリコン結晶は、成長時の凝固で体積膨張(1.1倍になる)があり、成長中のインゴット結晶がルツボ壁に触れると大きな圧縮応力を受け、大きな機械的歪みが発生する。これらの歪みは、転位などの結晶欠陥を発生させる原因となる。
注9) -型太陽電池
-型太陽電池は正孔の少数キャリヤーで発電を起こさせる太陽電池。電子が少数キャリヤーの-型太陽電池に比べてライフタイムは低く変換効率も低いが、太陽電池の作製プロセスが低温であり比較的容易であるため、主に多結晶を用いて大量生産が必要な大市場(80%の市場)であるメガソーラに使われている。多結晶太陽電池の変換効率は18%程度が主体であるため、-型太陽電池で19%の平均変換効率を示す今回発表の単結晶太陽電池が、生産性の高いキャスト成長炉を用いて作製できた意義は大きい。
注10) 転位
結晶中に現れる線状の格子欠陥である。少数キャリヤーの再結合中心として働き、ライフタイムの低下の要因となる。NOC法では、融液内でインゴット単結晶の成長方向に凸の成長界面を形成しやすく、原理的に低転位の結晶を得られやすい利点を有する。
注11) ライフタイム
熱平衡状態の半導体は光や熱などの作用を受けると、過剰キャリヤー(多数キャリヤーと少数キャリヤー)を作り非平衡状態となる。少数キャリヤーが再結合し消滅するまでの平均時間をライフタイムという。太陽電池においては少数キャリヤーが発電に寄与するため、ライフタイムが長いほど高い変換効率が得られやすい。
注12) ゲッタリング
ウェハー内部の金属不純物を取り除く技術。ウェハーの表面層にPなどを含む層(ゲッタリング層)を付け、熱処理を施すことにより、ウェハー内に存在する鉄などの金属不純物を拡散でゲッタリング層に集め、ウェハー内部の金属不純物を除去する結晶の純化方法。
注13) ハイパーフォーマンス(HP)キャスト成長法
キャスト成長法の一種で、ルツボ底に細かい結晶粒や石英粒を敷いて、インゴット多結晶の結晶粒を細かくした技術をHPキャスト成長法と呼ぶ。結晶粒が細かいので残留歪みが小さく、転位などの結晶欠陥の発生が少なくなり、太陽電池の変換効率を従来のキャスト成長法よりも高くできる。
注14) 低温領域
NOC法において、シリコン融液の温度を特殊な手法で管理することにより、融液内の中央から下部にかけて形成し、周囲の融液より温度の低い領域で、この領域内でインゴット単結晶が成長する。低温領域の大きさは、成長するシリコンインゴット単結晶のサイズをほぼ同じとなる。

<講演タイトル>

K. Nakajima, S. Ono, Y. Kaneko, R. Murai1, K. Shirasawa, T. Fukuda, H. Takato, S. Castellanos, M. A. Jensen, A. Youssef, T. Buonassisi, F. Jay, Y. Veschetti, and A. Jouini, “Applications based on novel effects derived to the Si bulk crystal growth inside Si melt without contact to crucible wall using noncontact crucible method”, in The 18th International Conference on Crystal Growth and Epitaxy (ICCGE-18), Nagoya, Japan, August 7-12 (2016).

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

中嶋 一雄(ナカジマ カズオ)
科学技術振興機構 革新的エネルギー研究開発拠点形成事業(FUTURE-PV Innovation)
研究チームリーダー
〒963-0928 福島県郡山市待池台2-2-9 産総研内JST事務所
Tel:024-963-0837 Fax:024-963-0838
E-mail:

<JST事業に関すること>

小泉 輝武(コイズミ テルタケ)
科学技術振興機構 環境エネルギー研究開発推進部 革新的エネルギー研究開発拠点形成事業(FUTURE-PV Innovation)
〒963-0928 福島県郡山市待池台2-2-9 産総研内JST事務所
Tel:024-963-0837 Fax:024-963-0838
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

(英文)“Uniform large Si single ingots to obtain p-type high-efficiency solar cells with a high yield were realized by the noncontact crucible method using a cast furnace:
The present method is promising as an advanced cast method for the mega solar market