ポイント
- シリコン太陽電池は、より一層の高品質化と低コスト化が望まれている。
- 1枚の断面スライスから4枚のウェハを作製できるほど大口径のシリコン単結晶を作製した。
- 高効率太陽電池の作製コストの3割程度の削減が期待できる。
文部科学省 革新的エネルギー研究開発拠点形成事業(JST受託事業)において、JSTの中嶋 一雄 研究チームリーダーらは、標準的な50cm径の石英ルツボから、40cm径以上の高品質なシリコンインゴット注1)単結晶を作製することに、世界で初めて成功しました。
一般的に使用されている太陽電池の大半はシリコン太陽電池であり、その中核的な部材であるシリコン結晶については、より一層の結晶の高品質化と作製費の低コスト化が望まれていました。
本研究グループは、新しい結晶作製法であるNoncontact crucible(NOC)法注2)を採用しました。NOC法には従来の4倍以上の面積のシリコン結晶が得られるという利点がある反面、温度が管理しづらいという課題がありましたが、2つのヒーターとカーボン製の保熱材の組み合わせによって、大きな結晶の成長に必要な広い低温領域注3)の確保を実現しました。これにより、標準的なサイズである50cm径の石英ルツボを用いて、40cm径以上のシリコンインゴット単結晶を作製することに成功しました。これは、今まで1枚の断面スライスからレギュラーサイズのウェハが1枚しか取れなかったところ、4枚取ることができるほどのサイズです。
本手法で作製したシリコン単結晶は、現在主流の作製法(CZ法注4))と同程度の高効率太陽電池を高い歩留まりで実現できることも明らかになりました。
今後、結晶のさらなる高品質化を目指し、結晶欠陥の一種である転位注5)をゼロにする技術が確立すれば、最高レベルの変換効率注6)を持つシリコン太陽電池に適用できるウェハの作製コストについて3割程度の削減が期待できます。
本研究成果は、平成27年11月17日(韓国時間)に、韓国・釜山で開催中のPVSEC-25(第25回太陽光発電国際会議)にて発表されます。
本成果は、以下の事業によって得られました。
文部科学省 革新的エネルギー研究開発拠点形成事業 (JST受託事業)
研究課題 |
「ナノワイヤー太陽電池」 |
研究総括 |
小長井 誠 (東京都市大学 総合研究所 教授) |
研究期間 |
平成24年7月~平成29年3月 |
<研究の背景と経緯>
現在使用されている太陽電池の大半はシリコン結晶から作製されています。太陽電池業界では、発電コスト抑制のために、シリコン結晶の高品質化と低コスト化を目標に掲げ、新規技術の開発に取り組んでいます。
高品質なシリコン結晶作製法としては、現在はチョクラルスキー(CZ)法が主流です。この方法を使うと、60cm径の石英ルツボを用いておよそ22cm径のシリコン結晶ができ、1枚のスライスからレギュラーサイズ(15.6cm×15.6cm)のシリコンウェハが1枚製造されます。もし45cm径の結晶にスケールアップできれば、1枚のスライスからウェハを4枚作ることができ、製造の低コスト化が期待できます。
しかしCZ法では、作製したいシリコン結晶に比べて大きな石英ルツボが必要であるため、低コストでのスケールアップが困難です。
これに対して、Noncontact crucible(NOC)法という新しい手法では、原理的にCZ法と同等の高い品質を確保しながら、CZ法に比べ4倍以上の面積の結晶が得られるため、スケールアップ時の石英ルツボのコスト上昇を抑えることができます(図1)。
しかしNOC法は温度管理が難しく、30cm径を超えるシリコン結晶の作製は実現していませんでした。
<研究の内容>
JSTの中嶋 一雄 研究チームリーダーらは、今までNOC法の主流であった3つのヒーターによる加熱から、2つのヒーターによる加熱への切り替えを試みました。2ヒーター加熱は装置が単純化できるため、CZ法など他の手法では一般的に採用されています。しかしNOC法での2ヒーター加熱は、温度管理がさらに難しくなるため、適用例は今までありませんでした。
中嶋らは、3つのヒーターのうちの1つを、カーボン製保熱材に置き換えました(図2)。するとルツボ内のシリコン融液温度が均一化し、結晶成長に重要な低温領域が、3ヒーター加熱の場合以上に拡大することがわかりました。これはカーボン製保熱材が、ルツボ壁の高温を保持して壁からの結晶析出を防止しつつ、ルツボ内のシリコン融液への熱エネルギー供給を可能にすることによってもたらされたためと考えられました。
今回この手法を用いて、50cm径の石英ルツボから、最大直径が45cm(直径比で90%)のシリコンインゴット単結晶を作製しました(図3)。
本方法を用いて作製したインゴット単結晶の品質は以下のとおりで、ほぼCZ法と同等の高い変換効率の太陽電池を、高い歩留まりで実現できることが判明しました。
- 少数キャリアーのライフタイム注7)(MITにおけるQSSPC法での測定):最高値で3.2ミリ秒(1ミリ秒以上の値が出れば、CZ法で作製したシリコン結晶に近い太陽電池特性が得られる)
- 太陽電池特性(CZ法で作製した結晶で20%の変換効率を出せる太陽電池構造とプロセスを適用):最高値19.6%、平均値18.9%(両者の数値が近く、歩留まりが高いことを示している)
これにより、標準的な大きさの石英ルツボから、40cm径以上の高品質なシリコン単結晶インゴットを、世界で初めて作製することに成功しました。
<今後の展開>
現状でも実用化に十分な品質ですが、さらに向上できる余地があります。現状、シリコン結晶内に、線状の結晶欠陥である「転位」が、102~104/cm2オーダーで存在しています。今後、無転位化の技術を確立し転位をゼロにすれば、ライフタイムを10ミリ秒程度にまで引き上げることが可能と見込まれます。無転位化技術は他のシリコン結晶作製法ですでに確立されており、NOC法への応用はそれほど難しくないと考えられます。また作製コストは3割程度の削減が見込まれます。本手法で作製できるシリコン結晶サイズの限界は原理的に無く、さらなるスケールアップと低コスト化も可能です。
これによって、最高レベルの変換効率を持つシリコン太陽電池に適用できる、高品質のシリコン結晶が、低コストで供給可能になります。
<参考図>
図1 チョクラルスキー(CZ)法とNOC法の比較
同じ面積のシリコン(Si)インゴットを得るために、NOC法の方がCZ法に比べルツボの底面積が1/4以下と小さくてすむ。
図2 NOC法によるシリコン結晶作製における加熱の態様と、各ヒーターの役割
- (a)3つのヒーターを用いた既存の手法
- (b)2つのヒーターとカーボン製保熱材を用いた本研究手法
図3 本手法より得た大口径のシリコンインゴット単結晶
<用語解説>
- 注1) インゴット
- 加工を行う前の、一定の単純な形に形成された原料塊。
- 注2) Noncontact crucible(NOC)法
-
中嶋らが開発したオリジナルなシリコンインゴット結晶成長技術であり、キャスト法*の課題解決から着想された。
ルツボの中でシリコン融液を凝固成長するキャスト法では、シリコン融液が凝固する際に1.1倍に膨張しルツボ壁を押し付ける凝固歪みが発生する。これを解消するため、シリコン融液内に低温領域を設け、この領域のみでインゴット結晶を成長する本手法が考案された。
シリコン融液内に明確な低温領域を意識的に設ける成長方法が本成長法の定義である。
このインゴット結晶の核形成とシリコン融液からの分離のため、種結晶を用いる。インゴット結晶の成長は基本的にシリコン融液内で行われるために、引き上げ技術を併用しても、低温領域で成長するNoncontact Crucible法の定義には合致する。
このため応用分野には、キャスト法とチョクラルスキー法の2分野がある。
- * キャスト法
-
太陽電池用のシリコンインゴット多結晶を成長する主要技術であり、ルツボ内に入れた シリコン融液をルツボ底面から一方向凝固させて柱状晶を作り結晶化させていく方法である。太陽電池特性はチョクラルスキー法で作製したものより劣るが、低コストであるため、メガソーラーに用いられている。課題は高品質化と、歩留まり向上である。
- 注3) 低温領域
- NOC法において、シリコン融液の温度を特殊な手法で管理することにより、融液の中央から下部にかけて形成する、周囲よりわずかに温度の低い(ΔT=0~10K)領域。この領域の大きさが、成長するシリコン結晶の大きさを決める。
- 注4) チョクラルスキー(CZ)法
- 太陽電池用シリコンインゴット単結晶を成長する主要技術であり、シリコン融液表面と種結晶の間を融液の表面張力を用いて連結し、シリコン融液内の強制対流を利用して成長を行い、シリコン融液上で種結晶を引き上げながらインゴット単結晶を成長させる手法。このため成長界面は成長方向に対して凹(NOC法では凸)となる。
- 注5) 転位
- 線状の格子欠陥。少数キャリアーの再結合中心として働き、ライフタイムの低下の要因となる。NOC法は、原理的に無転位の結晶を得られやすい利点がある。
- 注6) 最高レベルの変換効率
- 最高レベルの結晶シリコン太陽電池の変換効率は、実用サイズ(100cm2以上)において25%を越えるものが報告されている。
- 注7) 少数キャリアーのライフタイム
- 熱平衡状態の半導体は光や熱等の作用を受けると、過剰キャリアー(多数キャリアーと少数キャリアー)を作り非平衡状態となる。少数キャリアーが再結合し消滅するまでの平均時間をライフタイムという。太陽電池においては少数キャリアーが発電に寄与するため、ライフタイムが長いほど高い変換効率が得られやすい。
<講演タイトル>
“Growth of Si ingots for solar cells with 33 cm diameter using a small crucible with 40 cm diameter by Noncontact crucible method”
(40cm径の小さなルツボを用いた太陽電池用33cm径インゴット結晶のNoncontact crucible法による成長)
K.Nakajima, S.Ono, R.Murai, Y.Kaneko, F.Jay, Y.Veschetti, A.Jouini
in PVSEC-25, BEXCO, Busan, Korea, November 15-20 (2015)
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
中嶋 一雄(ナカジマ カズオ) 研究チームリーダー、小野 聖(オノ サトシ) 研究員
科学技術振興機構 革新的エネルギー研究開発拠点形成事業(FUTURE-PV Innovation)
〒963-0928 福島県郡山市待池台2-2-9 産総研内JST事務所
Tel:024-963-0837 Fax:024-963-0838
E-mail:
<JST事業に関すること>
小泉 輝武(コイズミ テルタケ)
科学技術振興機構 環境エネルギー研究開発推進部 革新的エネルギー研究開発拠点形成事業(FUTURE-PV Innovation)
〒963-0928 福島県郡山市待池台2-2-9 産総研内JST事務所
Tel:024-963-0837 Fax:024-963-0838
E-mail:
<報道担当>
科学技術振興機構 広報課
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