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科学技術振興機構報 第1124号

平成27年8月25日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)

グラフェンナノリボンへのホウ素原子のドープに成功
〜一酸化窒素などの超高感度ガスセンサー開発などに貢献〜

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、バーゼル大学 物理学科の川井 茂樹 シニアサイエンティストと名古屋大学 物質科学国際研究センターの齊藤 尚平 助教、山口 茂弘 教授らは、新たに合成した前駆体分子を金属表面に蒸着し精密化学反応を行うことにより、世界で初めてホウ素をドープしたグラフェンナノリボン(B−GNR)の生成に成功しました。

炭素の薄膜シートであるグラフェン注1)は、電子移動度が高く、電子デバイスの性能を大幅に向上させると期待されている材料ですが、バンドギャップ注2)がないため電気が流れていない状態を作ることができません。しかし、二次元のシートからナノリボン状の構造にすることでその幅に対応したバンドギャップを生成できるため、近年盛んに研究が行われています。一方、グラフェンナノリボン(GNR)に炭素以外の原子をドーピングする研究も行われており、これまでにn型にする窒素のドープは実現されていましたが、p型にするホウ素のドープの成功報告はありませんでした。そのため、ドープしたホウ素がもたらす電子状態や化学吸着特性は不明でした。

今回JST さきがけの同一研究領域内の研究グループは、新たに設計、合成したホウ素を含む前駆体分子を金属表面上に蒸着し、さらに3段階加熱することにより、ホウ素を含んださまざまな幅のGNRの生成に成功しました。その分子構造を超高分解能原子間力顕微鏡注3)で直接観察し、実際に設計した位置にホウ素原子がドープされていることを確認しました。また、走査型トンネル顕微鏡注4)を用いて2.4eVのバンドギャップがあることを測定しました。さらに、ホウ素のルイス酸特性注5)を利用し、一酸化窒素注6)の吸着素子になることを示しました。

今後、開発したB−GNR素子を使うことでカーボン薄膜素子のバンドギャップエンジニアリングの発展や、超高感度ガスセンサーの実現が期待されます。

本研究は、フィンランドアルト大学 フォスター教授、スピジュカー博士、バーゼル大学 メイヤー教授らと共同で行ったものです。

研究成果は、2015年8月25日(米国時間)の週に科学誌「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「分子技術と新機能創出」
(研究総括:加藤 隆史 東京大学 大学院工学系研究科 教授)
研究課題名 「分子化学構造および機械電気特性の超高分解能測定の実現」
研究者 川井 茂樹(バーゼル大学 物理学科 シニアサイエンティスト)
研究期間 平成25年10月〜平成29年3月
研究課題名 「π電子系を動かす技術に基づく新規機能材料の創出」
研究者 齊藤 尚平(名古屋大学 物質科学国際研究センター 助教)
研究期間 平成24年10月〜平成28年3月

戦略的創造研究推進事業(CREST)

研究領域 「プロセスインテグレーションに向けた高機能ナノ構造体の創出」
(研究総括:入江 正浩 立教大学 未来分子研究センター 副センター長)
研究課題名 「ソフトπマテリアルの創製と機能発現」
研究者 山口 茂弘(名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所 教授)
研究期間 平成22年10月〜平成28年3月

<研究の背景と経緯>

電子デバイスの性能を向上させるべく、炭素薄膜シートであるグラフェンの研究が世界で盛んに行われています。グラフェンは電子移動度が高い特徴がありますが、電気が流れていない状態を作るためのバンドギャップが存在しません。そのため、バンドギャップを生成させる研究が行われています。グラフェンは、一般的にエチレンガスなどを1,000度近くの金属基板に吹き付けて生成されます。その薄膜をリボン状に切り出すことによりバンドギャップを生成したという報告があります。しかし、この生成手法では構造を精度よく制御することは困難です。一方、前駆体分子を金属表面で反応させることにより原子レベルで構造を制御したGNRの生成報告があります。これにより、金属表面上ではバンドギャップが2.3eVになります。さらに、このバンドギャップを制御するために、リボンの幅を制御する研究や、シリコン(Si)半導体のように他の原子をドーピングする報告が近年あります。この前駆体を用いたドープGNRは、CVD(化学蒸着法)注7)イオン注入法注8)と異なりドープ原子の位置やその率を高度に制御できます。実際に、窒素をリボンのエッジにドープした報告があります。

しかし、ホウ素をドープした例はありません。ホウ素は酸素や水分に対して非常に反応性が高く、前駆体分子の単離が難しいことが理由でした。この特性により、ホウ素を含有したナノリボンの生成はこれまで成功しておらず、またCVDやイオン注入法で生成したB−GNRでは欠陥が多く、詳細な電気特性や化学特性はよく分かっていませんでした。

<研究の内容>

本研究グループは、B−GNRを、新たに設計し合成した前駆体分子を用いて、金の表面基板上で多段階の化学反応を起こすことにより、世界で初めて生成しました。さらに、極低温超高真空中で動作する走査型トンネル顕微鏡・原子間力顕微鏡システムを用いて、B−GNRの構造や電気特性、化学特性の測定を実現しました。

今回新たに合成した前駆体分子は、3つのアントラセンユニット(3個のベンゼンが結合した有機化合物)からなり、それぞれ単結合でつながっています。真ん中のアントラセンユニットに2個のホウ素原子を対称に含有させることにより、水や酸素への耐性を持たせました。さらに金属表面上での反応で、高分子化させるために前駆体分子の両端に臭素(Br)を付加しました図1a)。この分子を金基板上に蒸着し、180度程度で加熱することにより脱臭素化を伴い、アントラセン単結合の高分子鎖を生成しました(図1b)。さらに高温の400度で加熱し脱水素させることによりGNRを生成させました(図1c)。ホウ素の位置は、元の前駆体分子の構造で制御でき、リボンの幅方向に炭素原子が7つあるN=7のGNRの真ん中に、長手方向の2つおきのアントランユニットごとにホウ素を2個ドープできます。よって、ドープ率は精確に4.8%になります。さらに高温で加熱することにより、この一本のB−GNRを融合し、幅の広いものを生成することも可能です(図1d)。

今回、実際にこの前駆体分子を用いてB−GNRを金基板上で生成し、熱運動がほぼ収まる極低温(マイナス268度)下で最先端の原子間力顕微鏡で分子構造を直接観察することにより、その構造を解明し、設計した表面化学反応の有効性を検証しました(図2)。蜂の巣状の構造に炭素が規則的に並んでおり、周期的に暗い部分が観察されています。この部分は空孔ではなく、ホウ素に対応します。ホウ素原子は炭素原子と比較して基板に30ピコメートルほど引き寄せられています。その結果、原子間力顕微鏡の探針と試料間の距離が大きくなりホウ素原子−炭素原子の結合は弱く観察されますが、ラプラシアンフィルタ注9)というデータ処理を施すことによりホウ素の存在を確認しました。このホウ素原子は、500度以上の加熱でも面内を拡散せずに、安定して位置することが分かりました。ホウ素ドープによる影響は走査型トンネル顕微鏡を用いた観察でも確認され、バンドギャップが2.4eVあることが分かりました(図3)。

さらに、ルイス酸として働くホウ素の化学特性を、一酸化窒素を吸着することにより実験的に確かめました。超高真空でマイナス268度の顕微鏡内にある金基板上のB−GNRに少量の一酸化窒素ガスを導入し、どのサイトに一酸化窒素分子が吸着するかを観察しました。その結果、一酸化窒素分子は金基板上のエルボーと呼ばれる特定サイトやGNRのエッジ部分にも吸着しましたが、より選択的にホウ素サイトへ吸着することが分かりました(図4)。さらに走査型トンネル顕微鏡の探針で一酸化窒素分子が操作され、容易にホウ素サイト間を移動してしまうことが分かりました。これは、ホウ素原子サイトへの一酸化窒素の吸着エネルギーが比較的小さいことを示唆しており、理論計算からも1.5eV程度であることが分かりました。この吸着エネルギーは、B−GNRをガスセンサーの素子に応用した場合、若干の加熱により吸着した一酸化窒素をリフレッシュできる、いわゆる初期化が可能であることを示しています。また、理論計算より、吸着したときの電子状態が変化することが分かり、将来電気的な読み出しによるガスセンサーの実現の可能性が見込まれます。

このように、B−GNR超精密合成とその特性評価に、世界で初めて成功しました。

<今後の展開>

B−GNRの生成が実現したことで、これまで行われていた炭素薄膜のバンドギャップエンジニアリングの高度化が行えるようになりました。

また、ルイス酸として働くホウ素の化学特性を利用したガスセンサーの実現性が見えてきました。一次元構造であるリボン状のB−GNRの両端に電極を付けることにより、有毒ガスである一酸化窒素の超高感度化学センサーのキーデバイスになる可能性があります。

<参考図>

図1 新合成した前駆体分子と表面化学反応メカニズム

前駆体分子は3つのアントラセン部位で構成されています(a)。真ん中のアントラセン部位に2つのホウ素原子が対称にドープされています。また、両端には臭素原子が付加されています。この分子を真空中にある基板表面に蒸着し、180度で加熱することにより単結合のアントラセンポリマーが生成されます(b)。さらに400度で加熱することにより脱水素し、GNRを生成します(c)。このナノリボンをさらに高温(510度)で加熱することにより幅の広いGNRを生成できます(d)。

図2 原子間力顕微鏡を用いたホウ素ドープグラフェンナノリボン(B−GNR)の 分子構造像(実測)

原子間力顕微鏡の探針を一酸化炭素で化学修飾することにより、分子構造を観察できます。左上は、リボンの幅方向に炭素が7つあるN=7 B−GNRの観察結果です。左下は、さらに加熱することにより融合したN=14 B−GNRの観察結果で、右の図はN=21 B−GNRの観察結果です。暗い部分のところにホウ素が2つ存在しています。

図3 走査型トンネル顕微鏡を用いたホウ素ドープグラフェンナノリボンの dI/dV測定

バンドギャップが2.4eVあることが実測より分かりました。下の図:VBE付近の変化を見るために、上の図を縦軸方向に拡大したもの。SS:表面準位(surface state)、VBE:価電子帯端(valence band edge)、CBE:伝導帯端(conduction band edge)

図4 一酸化窒素分子の吸着

(a)一酸化窒素を金基板上にあるB−GNRに吸着させたSTM(走査型トンネル顕微鏡)トポグラフィー像。黄色の矢印:ホウ素サイトに吸着した一酸化窒素。赤色の矢印:B−GNRのエッジに吸着した一酸化窒素。青色の矢印:金のエルボーサイトに吸着した一酸化窒素。(b―d)STMの探針による一酸化窒素分子の操作。一酸化窒素がホウ素サイト間を移動しています。(e)シミュレーションにより得たSTMトポグラフィー像。(f,g)DFT(密度汎関数)計算によりもとめた一酸化窒素の吸着状態。金色:基板の金原子。水色:B−GNR内の炭素原子。白:水素原子。緑:ホウ素原子。青:窒素原子。赤:酸素原子。

<用語解説>

注1) グラフェン
原子一層からなる炭素シート。電子移動度が非常に高く、電子デバイスの性能を大幅に向上できると期待されている材料。
注2) バンドギャップ
価電子帯から伝導帯までの間のエネルギー準位で、電子が存在できない領域。電子デバイスにおいては、このバンドギャップを利用することにより機能を持たせている。
注3) 原子間力顕微鏡
走査型プローブ顕微鏡の一種であり、非常に先鋭な探針と試料表面間に働く原子間力を用いて、試料表面の凹凸像を得る装置。
注4) 走査型トンネル顕微鏡
走査型プローブ顕微鏡の一種であり、非常に先鋭な探針と試料表面間に電圧を印加してその間に流れるトンネル電流を用いて、試料表面の凹凸像を得る装置。
注5) ルイス酸特性
電子対を受け取る化学物質であり、電子対を供与する塩基の反対の特性を持つ。
注6) 一酸化窒素
自動車の排気ガスなどに含まれて、大気汚染の原因となるNOxの1つ。有害で、酸性雨や光化学スモッグの原因になるガス。
注7) CVD(化学蒸着法)
色々な物質の薄膜を生成する蒸着手法。薄膜の基となるガスを供給し、基板表面などで化学反応により薄膜を生成する。
注8) イオン注入法
シリコン半導体においてキャリアを生成するためにホウ素やケイ素を注入するための手法。高いエネルギーでイオン注入することで格子欠陥が発生するため、加熱処理により修復が必要となる。
注9) ラプラシアンフィルタ
画像処理において、輪郭を検出するためのフィルタであり、二次元微分フィルタの一種。

<論文タイトル>

Atomically controlled substitutional boron-doping of graphene nanoribbons
(原子レベルで制御したホウ素ドープグラフェンナノリボン)
doi :10.1038/ncomms9098

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

川井 茂樹(カワイ シゲキ)
バーゼル大学 物理学科 シニアサイエンティスト
Department of Physics, University of Basel, Klingelbergstrasse 82 CH-4056 Basel, Switzerland
Tel:+41 61 267 30 17 Fax:+41 61 267 30 13
E-mail:

<JST事業に関すること>

古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2063
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

(英文)“Atomically-controlled doping site of boron in graphene nanoribbons