科学技術振興機構報 第112号
平成16年9月21日
東京都千代田区四番町5-3
独立行政法人科学技術振興機構
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量子テレポーテーションネットワークの実現

 独立行政法人 科学技術振興機構(理事長 沖村憲樹)の研究チームは、次世代の情報通信・処理技術である量子情報通信・処理技術の中核となる量子テレポーテーションネットワーク(用語1、2)実験に成功した。今までの量子情報処理実験が主に2者間の量子エンタングルメント(用語3)(もつれ)の制御を主眼にしていたのに対し、今回の実験では3者間の量子エンタングルメント制御に世界で初めて成功した。このことは量子情報通信・処理の本質である多者間の量子エンタングルメント制御へ向けた大きな前進である。
 本成果は、戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CRESTタイプ)での研究テーマ「量子ネットワークへ向けた量子エンタングルメント制御」(研究代表者:古澤明 東京大学大学院工学系研究科 助教授)のチームメンバーである東京大学博士課程の米澤英宏氏と古澤助教授らによるもので、平成16年9月23日発行の英国科学雑誌「ネイチャー」に掲載される。
<研究の背景および概要>
 ナノテクノロジーの進歩に伴い、我々の制御し得る物理的対象は極めて小さくなった。それに伴い、このような微小の「デバイス」を制御する原理は古典力学からミクロな世界を記述する量子力学に移りつつある。また、量子力学的効果を積極的に用いることにより、古典力学的には不可能であった「動作」が可能となりつつある。その究極とも言える量子コンピューターにおいて使われる中心的な量子力学的効果は、量子エンタングルメント(もつれ)と呼ばれる量子力学特有の相関である。さらに突き詰めると、量子コンピューティングとは多者間での量子エンタングルメント制御であるとも言うことができる。
 古澤明研究代表者らは、1998年カリフォルニア工科大学において、最も基本的な量子エンタングルメント制御プロトコルである決定論的量子テレポーテーション実験に世界で始めて成功した。(この量子テレポーテーション実験結果は1998年にScience誌の10大成果に選出された。)この実験では量子光学的に生成した2者間での量子エンタングルメント(アインシュタイン・ポドルスキー・ローゼン相関とも呼ばれる)を制御しており、最も基本的な量子コンピューティングとなっている。逆に、光を用いて量子テレポーテーション実験に成功したということは、光を用いて量子コンピューターを構成できることを示しているとも言える。最近、イオントラップにおける量子テレポーテーション実験成功の報告が大々的に取り上げられているが、これは実験の成功によりイオントラップにおいて量子コンピューターの構成が可能なことを示しているからである。
 その後、古澤明研究代表者チームの東京大学グループでは、同分野の研究を継続して行っている。東京大学での最も大きな成果は、今まで行われてきた量子エンタングルメント制御が主に2者間であったのに対し、3者間に拡張したことである。同グループは、量子光学的手法を用い、3者間の量子エンタングルメント(グリーンバーガー・ホーン・ザイリンガー相関とも呼ばれる)の生成に成功している。さらに今回、この3者間量子エンタングルメントを用い量子テレポーテーションネットワーク実験に成功した。量子テレポーテーションネットワークは最も基本的な3者間量子エンタングルメント制御と考えられ、多者間量子エンタングルメント制御であるユニバーサル量子コンピューター実現へ向けた大きな前進と言える。

<実験の詳細>
 図1に今回成功した量子テレポーテーションネットワークの概念図、図2にアリスを送信者、ボブを受信者、クレアを制御者とした場合の実験配置図を示す。(もちろん、実験はそれぞれの役割を替えても行われている。)
 手順は次の通りである。まず、アリス、ボブ、クレアの3人に3者間量子エンタングルした光ビームを送る。これで3人は3者間量子エンタングルメントを共有したことになる。ネットワークにおいて3人は対等であり、量子情報の送信者にも受信者にもなれるが、1回の送受信においては、3人のうちそれぞれ1人が送信者、受信者、制御者のいずれかとなる。送信者は自分に来ている3者間量子エンタングルした光ビームと送りたい量子情報を含む光ビームを合わせて測定する。このとき、3者間量子エンタングルした光ビームは非常に大きな雑音と考えて良く、送信者は入力情報について何も得るものはないが、測定結果を受信者に送る。また、制御者も自分のところに来ている3者間量子エンタングルした光ビームに関して測定を行い、測定結果を受信者に送る。受信者は送信者と制御者からの情報から、自分の場所に来ている3者間量子エンタングルした光ビームを用いて雑音を消去し、送信者が入力した量子情報を受信者側で再現する。送信者側以外に制御者からの測定結果が必要なのは、3者間量子エンタングルした光ビームを用いているため、制御者も一種の情報(雑音の情報)を持っているからである。したがって、3人の情報が揃って初めて量子テレポーテーションが可能になるわけで、制御者が量子テレポーテーションの成否をコントロールしているともいえる。また、前述したように、アリス、ボブ、クレアのいずれも、送信者、受信者、制御者となることができ、量子テレポーテーションのネットワークを形成できる。
 図3に、実験系の写真を示す。図4に、アリスを送信者、ボブを受信者、クレアを制御者とした場合の量子テレポーテーションを量子回路として表現したものを示す。この量子回路の中には、ユニバーサルな量子コンピューター実現に必要な基本的量子ゲートが含まれている。

<論文名>
 Demonstration of a quantum teleportation network for continuous variables
(連続変数量子テレポーテーションネットワークの実現)
 doi :10.1038/nature02858

 この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域:量子情報処理システムの実現を目指した新技術の創出
研究総括:山本 喜久、情報システム研究機構 国立情報学研究所 教授/スタンフォード大学 教授 )
研究期間:平成15年度~平成20年度

(補足説明)
図1:量子テレポーテーションネットワーク概念図
図2:アリスを送信者、ボブを受信者、クレアを制御者とした場合の実験配置図
図3:実験系の写真
図4:アリスを送信者、ボブを受信者、クレアを制御者とした場合の量子テレポーテーションネットワークの量子回路
用語

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<本件問い合わせ先>
古澤 明(ふるさわ あきら)
東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻
〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1
Tel: 03-5841-6823
Fax: 03-5841-6857

島田 昌(しまだ まさし)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
Tel: 048-226-5635
Fax:048-226-1164
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