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科学技術振興機構報 第1046号

平成26年9月12日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)

ヒト多能性幹細胞を初期胚に近い状態にリセットすることに成功

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、ケンブリッジ大学の高島 康弘 研究員とケンブリッジ大学のオースチン・スミス 教授らは、既存のヒト多能性幹細胞注1)に2つの遺伝子を一時的に発現させることで、より発生初期のナイーブ型ヒト多能性幹細胞の作製に成功しました。多能性幹細胞は私たちの体を構成するあらゆる細胞や組織になる能力を持つと考えられています。多能性幹細胞は「ナイーブ型」と「プライム型」に分類されており、「ナイーブ型」の方がより未分化な状態であることが知られています。また、「ナイーブ型」のマウス多能性幹細胞を特殊な条件下で培養することで、基底状態注2)と呼ばれる未分化で安定した状態で維持することができます。ヒトから作製した場合は「プライム型」になることが分かっており、ヒト多能性幹細胞を基底状態で安定して維持することはできませんでした。

高島研究員らは、ヒト多能性幹細胞にNANOGとKLF2という遺伝子を一時的に発現させることで、マウスの基底状態の細胞とよく似た特徴を持つ細胞の作製に成功し、この細胞を“リセット細胞”と表現しました。

本研究で作製されたリセット細胞は、ヒトはどのように正常に発生していくのか、といったヒトの生命のごく始まりを知る手がかりになることや、再生医療研究の有用なツールとなることが期待されます。

本研究は、欧州 バイオインフォマティクス研究所のポール・ベルトーネ 博士、ベイブラハム研究所のウルフ・レイク 教授と共同で行ったものです。

本研究成果は、2014年9月11日(米国東部時間)発行の米国科学誌「Cell」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業

研究領域 「iPS細胞と生命機能」
研究総括 西川 伸一 JT生命誌研究館 顧問/NPO オール・アバウト・サイエンスジャパン(AASJ) 代表理事
研究課題名 「純然たるヒトiPS/ES細胞の樹立、維持および増殖機構の解析」
研究者 高島 康弘(ケンブリッジ大学 研究員)
研究実施場所 ケンブリッジ大学
研究期間 平成22年10月〜平成26年3月

<研究の背景と経緯>

多能性幹細胞は、私たちの体を構成するあらゆる細胞や組織になる能力を持つと考えられ、「万能細胞」とも呼ばれています。多能性幹細胞としては、初期胚から作製される胚性幹細胞(ES細胞)、あるいは皮膚などの体細胞を初期化することで作製される人工多能性幹細胞(iPS細胞)が知られています。

多能性幹細胞は「ナイーブ型」と「プライム型」に分類されます(図1)。マウスES細胞は着床前の初期胚(着床前エピブラスト)から作製され、試験管内でより初期胚に近い状態を維持することができるナイーブ型です。また、着床後の胚(着床後エピブラスト)からは、マウスエピブラスト幹細胞が作製されます。マウスエピブラスト幹細胞は、着床前のマウスES細胞に比べ発生が進んでいると考えられており、プライム型と呼ばれています。一方、ヒトES細胞は着床前の初期胚から作製されるにもかかわらず、ナイーブ型ではなく、マウスエピブラスト幹細胞に近いプライム型であることが知られていました。

ES細胞は、受精卵が分裂し、異なる細胞や組織へと分かれていく直前の「生命の萌芽」の時点で細胞を試験管内に取り出したようなものであり、発生の時計を止めて、培養していると表現できます。これまでの研究で、マウスの多能性幹細胞では、LIFと呼ばれるたんぱく質を用いて確実に発生の時計を止めることに成功しています。しかし、既存のヒト多能性幹細胞はLIFに反応しないこともあり、発生の時計を完全に止めることができず、時計の針はバラバラに進んでいました。このため、既存のヒト多能性幹細胞はマウス多能性幹細胞ほど発生初期の状態で、かつ均一に維持することができないと考えられています。このことからマウスの基底状態にある細胞と同じ状態までヒト細胞をリプログラミングし、安定で均一に培養する方法が求められていました。

<研究の内容>

高島研究員らは、既存のヒト多能性幹細胞にNANOGとKLF2の2つの遺伝子を発現させ、細胞を制御する遺伝子ネットワークを変化させることによって、基底状態にあるヒト多能性幹細胞である“リセット細胞”を作製しました(図2)。一時的にNANOGとKLF2という遺伝子を発現させるのみで、リセット細胞として維持することができるようになります。また、ほかの多能性幹細胞と同様にリセット細胞は、安定に自己複製すると同時に、神経細胞や心筋細胞といったほかの細胞へと分化することも確認できました。

リセット細胞のキメラ注3)形成能を確認するために、蛍光たんぱく質で標識したリセット細胞を、マウス初期胚と共培養もしくはマウス初期胚に移植しました。マウスにおいてキメラ形成能は、ナイーブ型多能性幹細胞のみで認められる特徴的な性質であり、プライム型多能性幹細胞では認められません。既存のヒト多能性幹細胞では、キメラ形成はほぼないとされています。共培養すると、蛍光たんぱく質で標識したリセット細胞が、内部細胞塊に存在するようになり、リセット細胞が初期エピブラストとキメラ細胞を形成していることが分かります(図3、左)。同様に、蛍光たんぱく質で標識したリセット細胞をマウス初期胚に移植したところ、リセット細胞が内部細胞塊に取り込まれており、やはりキメラ細胞を形成していることが確認できます(図3、右)。

マウス多能性幹細胞で基底状態を維持するためには、TFCP2L1やKLF4などの遺伝子が重要であることが分かっています。そこで、リセット細胞でこれらの遺伝子の機能を抑制した場合、リセット細胞にどのような影響がでるかをRNA干渉注4)という手法を用いて確認しました。今回は、KLF4の結果を図に示しています。通常のリセット細胞では多数のコロニー(細胞塊)を形成している(図4、左)のに対し、KLF4の遺伝子発現を抑制したところ、コロニーを形成することができなくなりました(図4、中央)。一方、KLF4の遺伝子発現を回復させると、再びコロニーを形成しました(図4、右)。このように、TFCP2L1やKLF4などの遺伝子を抑制するとマウス多能性幹細胞で基底状態が維持できなくなるのと同様に、リセット細胞もその性質を維持できなくなります(図5)。一方、既存のヒト多能性幹細胞ではこれらの遺伝子の機能を抑制しても、このような変化は起こりませんでした。これらのことから、本研究で作製したリセット細胞は、ヒトの多能性幹細胞でありながら基底状態を維持し、ナイーブ型であるマウス多能性幹細胞とよく似た特徴を持つことが明らかになりました。

<今後の展開>

本研究成果から、マウスの多能性幹細胞が基底状態を保つことができるように、ヒト多能性幹細胞も基底状態として維持することが可能であることが明らかになりました。リセット細胞は、ヒトの初期発生の生命科学を解く手がかりになるかもしれません。また、より発生初期に近いヒト多能性幹細胞という特徴から、いまだ作製することができていない霊長類キメラ動物作製や、これまでの技術では困難であった細胞へ効率よく分化させる技術の開発など、再生医療研究への応用が期待されます。

<参考図>

図1 マウスとヒトでは多能性幹細胞の発生段階が異なっている

着床前の初期胚(着床前エピブラスト)からマウスES細胞とヒトES細胞は作製される。着床前エピブラストから作製したマウスES細胞は、試験管内でエピブラストの性質を維持することができ、ナイーブ型と呼ばれている。一方、マウスの着床後エピブラストからは、マウスエピブラスト幹細胞が作製できる。マウスエピブラスト幹細胞は、着床前のマウスES細胞に比べ発生が進んでおり、プライム型と呼ばれる。

ヒトES細胞は着床前エピブラストから作製されるが、マウスエピブラスト幹細胞に近いプライム型の性質を持つ。本研究では、プライム型であるヒトES細胞をナイーブ型へ初期化する試みを行った。

図2 リセット細胞の作製

既存のヒトES細胞(左)に、NANOGとKLF2の2つの遺伝子を一時的に発現させることで、リセット細胞(右)を作製することができる。既存のヒトES細胞が平たい形状をしているのに対し、リセット細胞はマウスES細胞に近いドーム型の形状をしている。

図3 リセット細胞のキメラ形成能

  • (左)リセット細胞とマウス初期胚を共培養し、胚盤胞に発生させた。赤色蛍光たんぱく質Cherryで標識されたリセット細胞が、内部細胞塊に存在することが分かる。
  • (右)リセット細胞をマウス胚盤胞に移植し、72時間試験管内で培養した。緑色蛍光たんぱく質GFPに標識されたリセット細胞が、内部細胞塊に取り込まれて、キメラを形成していることが分かる。既存のヒト幹細胞ではこのような取り込みは見られない。

図4 リセット細胞の未分化能は、KLF4を抑制することで破綻する

マウス多能性幹細胞の基底状態維持に重要であるKLF4遺伝子の発現を、リセット細胞においてRNA干渉法を用いて抑制した。その後、増殖したリセット細胞に対しアルカリフォスファターゼで染色を行い可視化した。

  • (左)通常の条件で培養したリセット細胞。
  • (中央)KLF4を抑制した結果、リセット細胞は自己複製することができず、コロニーを形成することができなかった。
  • (右)KLF4の発現を回復させると、コロニーが形成される。つまり、マウス多能性幹細胞の基底状態維持に重要であるKLF4遺伝子はリセット細胞でも重要であることを示している。

図5 リセット細胞における転写因子ネットワーク

NANOGとKLF2を一過性に発現させることで、リセット細胞は誘導される。リセット細胞は、ESRRBを除き基底状態のマウス多能性幹細胞と同じ転写因子を発現している。

未分化維持の鍵となる転写因子KLF4やTFCP2L1の機能を抑制すると、リセット細胞は未分化能を維持できなくなる。

<用語解説>

注1) 多能性幹細胞
自分と同じ性質の細胞を作り出す能力を持つと同時に、3つの胚葉、例えば、神経(外胚葉)、内臓(内胚葉)、筋肉(中胚葉)へと分化することができる細胞。この性質を無限に維持できると考えられている。
由来によって、初期胚から作製される胚性幹細胞(ES細胞)、あるいは皮膚などの体細胞を初期化することで作製される人工多能性幹細胞(iPS細胞)が知られる。
注2) 基底状態
ES細胞は受精後の胚盤胞(受精後4日程度の胚)の内部細胞塊から作製される。ナイーブ型多能性幹細胞に分類されるマウスES細胞は、ERKとGSK3と呼ばれるたんぱく質の阻害剤を含むケミカル培地(2i培地と呼ばれる)で培養した場合、均一で安定した状態で維持培養することができる。この状態を、基底状態(ground state)と呼ぶ。
注3) キメラ
同一個体内に遺伝的に異なる細胞が混ざること。マウスES細胞を初期胚に移植すると、マウスES細胞が混じった個体が得られ、発生するとキメラマウスが誕生する。
注4) RNA干渉
RNAi(RNA interference)とも呼ばれる。21塩基から23塩基の小さな2本鎖RNAが特定の遺伝子の発現を抑制する現象。真核細胞、植物、動物など広く種を超えて保存されているRNAにより介在される遺伝子発現制御機構。

<論文タイトル>

“Resetting transcription factor control circuitry towards ground state pluripotency in human”
(ヒト基底状態多能性幹細胞へ向け転写因子制御ネットワークをリセットする)
doi: 10.1016/j.cell.2014.08.029

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

高島 康弘(タカシマ ヤスヒロ)
ケンブリッジ大学 ウェルカム・トラスト メディカルリサーチカウンシル幹細胞研究所 研究員
住所:Tennis Court Road Cambridge CB2 1QR UK
Tel:+44-1223-760281 Fax:+44-1223-760241
E-mail:

<JST事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)、川口 貴史(カワグチ タカフミ)、峯 裕一(ミネ ユウイチ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーション・グループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2064
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<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
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(英文)“Resetting human conventional pluripotent stem cells to the earliest human stem cells”