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科学技術振興機構報 第1018号

平成26年4月4日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)

脂質が開花ホルモンと結合して開花を促すことを発見
~開花のタイミングを調節する新技術に道~

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、台湾・アカデミアシニカ植物及微生物学研究所の中村 友輝 助研究員らは、花を咲かせるホルモン「フロリゲン注1)」がリン脂質注2)と結合して開花を促進することを発見しました。

フロリゲンは葉で合成されてから花芽に移動して作用する移動性のたんぱく質で、複数の分子と結合して開花を促進すると考えられていますが、その実態にはまだ不明な点が多く残されていました。

今回中村助研究員らは、フロリゲンの立体構造に脂質と結合すると考えられる部位があることをヒントに、リン脂質の一種ホスファチジルコリン注3)(以下PCと略記)がフロリゲンに結合することを世界で初めて明らかにしました。また、新たに開発中の代謝改変技術を用いて、PCの量を花の部分だけで増やすと花が早く咲き、減らすと逆に花は遅く咲くことを示しました。さらに、PC分子の種類が昼夜で変動していることを見いだし、夜の分子はフロリゲンと結合しにくいことを突き止めました。実際、代謝改変技術により夜の分子を日中に増産すると花は遅く咲くようになりました。以上のことから、フロリゲンは昼夜で変動するリン脂質と結合して花を咲かせるタイミングを決めているという全く新しいモデルを世界で初めて提唱しました。

開花のタイミングを調節する技術は、鑑賞用の花を一年中安定して供給することや果実の収穫高を上げるために極めて重要です。また、今回新たに開発した代謝改変技術とあわせてバイオ燃料や有用物質の大量生産にもつながることが期待されます。

本研究は、ドイツ・マックスプランク植物育種学研究所のジョージ・クープランド 教授およびボン大学のピーター・ドーマン 教授と共同で行ったものです。

本研究成果は、平成26年4月4日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」
(研究総括:松永 是 東京農工大学 学長)
研究課題名 「真核藻類のトリグリセリド代謝工学に関する基盤技術の開発」
研究者 中村 友輝(台湾・アカデミアシニカ植物及微生物学研究所 助研究員)
研究期間 平成22年10月~平成26年3月

<研究の背景と経緯>

植物は季節の移り変わりを昼夜の長さの変化で感知し、花を咲かせるタイミングを決めています。開花を誘導するホルモン「フロリゲン」は約80年前に提唱され、葉で合成されて花に移動して開花を促進すると考えられてきました。近年、複数の日本人研究グループの先駆的な成果によって、フロリゲンの実体が移動性の低分子たんぱく質であることや、フロリゲンがほかの分子と複合体を構成して作用することなどが明らかにされてきました。さらには、秋に咲く菊には開花を抑制する「アンチフロリゲン」というたんぱく質があることも分かってきました。しかし、フロリゲンがどのような分子と相互作用して開花を促進するかについては、まだ不明な点が多く残されていました。

<研究の内容>

フロリゲンが結合する分子の探索は、これまで世界中で熾烈な競争が繰り広げられてきましたが、分子の対象は主にたんぱく質やDNAなどの核酸でした。一方、中村助研究員らは、これまでに分かっているフロリゲンの立体構造の特徴から、フロリゲンが脂質と結合するのではないかという仮説を立てました。そこで、植物に存在するさまざまな脂質分子がフロリゲンに結合するかを調べた結果、細胞膜などを構成するリン脂質の一種であるホスファチジルコリン(以下PCと略記)が特異的に結合することを初めて見いだしました。

次に、植物の特定の部位で脂質代謝を改変する遺伝子操作技術を用いて、花芽の中でフロリゲンが作用する部位でのみPCの量を変化させました。その結果、PCの量が増加すると花は早く咲き、減少すると遅く咲くことが分かりました。こうした効果は遺伝子破壊法によりフロリゲンが合成されないようにすると見られなくなりました。花芽の特定の部位でのみPCの量を変化させるという、中村助研究員らが開発している先駆的な代謝改変技術を用いて、よりダイレクトな影響が観察できたことが今回の発見につながったといえます。

さらに、PCの分子種が昼夜で変動していることを突き止めました。PCは水になじみやすい頭部と水になじみにくい脂肪酸の尾部からなりますが、尾部の脂肪酸分子の組み合わせの違いにより、多くの分子種が存在します。脂肪酸分子の種類が変動することにより、PC分子の性質は昼夜で異なると考えられます。これらの分子種とフロリゲンの結合を調べると、夜に豊富なPC分子種(リノレン酸を持つ分子種)はフロリゲンと結合しにくいことが分かりました。そこで、代謝改変技術を用いて夜のPC分子種を日中に増加させると、フロリゲンは合成されているのに開花は遅くなることが分かりました。これは、フロリゲンが結合できるPC分子種が減ったためにフロリゲンが活性化できずに起こったと考えられます。

以上の結果から、フロリゲンは昼夜で変動するリン脂質と結合して花を咲かせるタイミングを決めているという全く新しいモデルを世界で初めて提唱しました。

<今後の展開>

今回の発見により、植物が花を咲かせるタイミングを決めるメカニズムの解明が大きく前進し、将来的には花の脂質代謝をコントロールすることで、開花のタイミングを調節するという新しい技術に結びつくことも期待されます。また、特定の部位で働く脂質代謝改変技術を、藻類など脂質を貯めやすい生物に適用することで、バイオ燃料などの有用物質を高生産する新しい技術の開発に貢献することも期待されます。

<参考図>

図1

図1 PC量の増加による早咲きの効果

代謝改変技術により、フロリゲンが作用する花芽の部分だけでPC量を増加させた形質転換シロイヌナズナ(右)は、野生株(左)に比べて早咲きになった。これは、より多くのフロリゲンがPCと結合し、活性化した結果と考えられる。

図2

図2 フロリゲンとPCの結合による開花制御の新しいモデル

PC分子種は昼夜で変動しており、昼のPC分子種はフロリゲンと結合するが夜のPC分子種は結合しにくい。これによりPCと結合して活性化しているフロリゲンの量が昼夜で変動し、開花のタイミングが決定されると考えられる。

<用語解説>

注1) フロリゲン
開花を促進するホルモンとして約80年前に提唱された物質。明暗の周期を感知して葉で合成され、花芽に移動して作用する移動性のたんぱく質。
近年、シロイヌナズナではFT、イネではHd3aと呼ばれるたんぱく質であることが明らかになった。
注2) リン脂質
ヒトを含め、さまざまな生物の細胞膜を構成する主要な成分で、リンを含む親水性の頭部と脂肪酸2分子を含む疎水性の尾部からなる。
注3) ホスファチジルコリン(PC)
リン脂質のうち、親水性の頭部にコリンリン酸を持つ分子の総称。疎水性部分の脂肪酸分子の組み合わせの違いにより、多数の分子種が存在する。

<論文タイトル>

“Arabidopsis florigen FT binds to diurnally oscillating phospholipids that accelerate flowering”
(シロイヌナズナのフロリゲンであるFTたんぱく質は日周変動するリン脂質分子と結合して開花を促進する)
doi: 10.1038/ncomms4553

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

中村 友輝(ナカムラ ユウキ)
台湾・アカデミアシニカ植物及微生物学研究所 助研究員
〒11529 台湾台北市南港区研究院路二段128号
Tel:+886-2-27871130 Fax:+886-2-2782-7954
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)、古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーション・グループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2063
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432

(英文)Lipids bind to florigen and control flowering time