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科学技術振興機構報 第1010号

平成26年3月3日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)

電流で電子スピンを制御する新しいメカニズムの発見
〜量子位相を利用した磁化制御〜

<ポイント>

JST 課題達成型基礎研究の一環としてケンブリッジ大学(当時所属、現 ユニバーシティカレッジロンドン 講師)の紅林 秀和 研究者らは、固体内に電流を流すことで電子スピンを制御できる「スピン軌道相互作用注1)」で、新しい磁化制御メカニズムを発見しました。

電子デバイスの低消費電力化と小型化のために、電子スピンを電流などで制御して磁石(磁化)の向きを変える新しいメカニズムの研究が世界中で盛んに行われています。その中で、スピン軌道相互作用を使った磁化制御のメカニズムが5年前に発見されましたが、どのようなプロセスで発現しているのか、詳細は解明されていませんでした。

今回、紅林研究者らを中心とした国際的共同研究チームは、希薄磁性半導体ガリウムマンガンヒ素注2)(GaMnAs)に着目し詳細実験を行った結果、スピン軌道相互作用を使った磁化制御メカニズムに、これまであまり重要視されてこなかった電界による波動関数の変化、具体的には量子力学的位相に基づく効果が存在することを初めて見いだしました。これにより、量子力学的位相がスピンメモリーなどを支える磁化制御に利用可能であることが実証されました。

この新しい磁化制御メカニズムは、他の材料系にも応用できると期待されます。それにより、今まであまり注目されていなかった量子位相に着目した材料探索そして材料物性評価という方向性が生まれます。量子力学的位相を利用して低電力で磁化を制御できる夢の材料が発見されれば、エレクトロニクスに革新をもたらすスピンメモリーなどへの応用が期待できます。

本研究は、チェコアカデミーサイエンスのユングワース教授、テキサスA&M大学(現 マインツ大学、ドイツ)シノヴァ教授、ケンブリッジ大学のファーガソン博士と共同で行ったものです。

本研究成果は、2014年3月2日(英国時間)に英国科学誌「Nature Nanotechnology」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 さきがけ(個人型研究)

研究領域 「新物質科学と元素戦略」
(研究総括:細野 秀雄 東京工業大学 フロンティア研究センター・応用セラミックス研究所 教授)
研究課題名 「界面電子軌道混成を利用した新物質創生と超省電力磁化反転技術の開発」
研究者 紅林 秀和(ユニバーシティカレッジロンドン 電子工学科 講師)
研究期間 平成24年10月〜平成28年3月

この研究領域は、クラーク数上位の元素を駆使して、ナノ構造や界面・表面、欠陥などの制御と活用による革新的な機能物質や材料の創成と計算科学や先端計測に立脚した新しい物質・材料科学の確立を目指します。

<研究の背景と経緯>

電子は微小な磁石として振舞うことが古くから知られています。20世紀を席巻した半導体工学は、基本的にこの電子スピンと呼ばれる磁石の特性を活用せず構築され、現代の情報化社会の礎を築きました。しかし、その発展にも限界が見え始めてきた20世紀末から革新的な電子情報デバイスを創製するために、この電子スピンを積極的に取り入れる動き(スピントロニクス)が活発化し、現在スピンが絡んださまざまな固体物理現象が見つかり、そしてその応用技術構築が盛んに研究されています。

スピントロニクスデバイスを実現するためには、いくつかの解決しなくてはならない問題があります。特に、電子スピンを正確に制御する技術を確立する必要があります。電子スピンは、磁気的な物理量であるためその制御には磁場が必要です。しかし、デバイス応用を考えると、外部磁場を用いて電子スピンを制御することは難しく、現在電流(または電圧)を流すことで有効磁場を作り磁化を制御するさまざまな方法が研究されています。

その1つの候補として、電子スピンと電子の運動との間の相互作用(スピン軌道相互作用)に起因した機構が近年発見されました。これは固体中に(結晶もしくは構造の)空間反転対称性の破れ注3)が存在した際に、電流を流すだけでスピン軌道相互作用により伝導電子中にスピンが生成され(図1)、それを有効磁場として使い磁化方向を制御するものです。スピン軌道相互作用は結晶構造や試料構造に非常に敏感であり、現代の材料創製技術やナノテクノロジーを駆使できる絶好の舞台を提供することから、磁化制御方法としても大きな可能性を秘めています。

しかし、2009年に発見されたこのスピン軌道相互作用を用いた磁化制御現象は、依然未解明な部分が多く存在します。今まで電流によりスピンが作れることは事実として知られていましたが、その詳細なプロセスを明確にした報告はありませんでした。よって、得られた実験結果を現象論を使ったモデルに頼って理解せざるを得ず、詳細なデータ解析や材料設計の指針を可能にするためには、より具体的な電子状態レベルの情報を含めた機構解明が急務でした。

今回の研究では、スピン軌道相互作用が固体中で生成する有効磁場を精密に測定できる実験方法と、固体の電子状態からスタートしてその有効磁場を計算する理論を組み合わせることでその発現機構の詳細に迫りました。使用した材料は希薄磁性半導体ガリウムマンガンヒ素(GaMnAs)です。本材料を選択した主な理由は、(1)金属などに比べ電気伝導に寄与する電子状態が比較的単純で理論計算で取り扱いやすい、(2)その結晶構造自体が反転対称性を破るため、界面などを必要としないバルク効果として実験結果が取り扱いやすく、結晶方位依存性などの実験の自由度があるためです。これらを最大限利用して有効磁場の結晶方位依存性の対称性を使うことで、結晶構造のみに依存する成分を議論することが可能となり、非常にクリーンな実験状況が整います。よって、スピン軌道相互作用を用いた磁化制御の発現機構解明を達成するために最適な材料といえます。

<研究の内容>

本研究ではGaMnAsが磁性を示す低温まで冷却し、GaMnAs試料にマイクロ波電流を流すことで磁気共鳴注4)状態を起こしました。磁気共鳴状態が起きるとGaMnAs試料内に電圧が発生すること(図2)が知られており、この電圧の結晶方位依存性を中心に調べることで上述の有効磁場の大きさと方向が同定できます。平行して、共同研究者であるユングワース教授とシノヴァ教授のグループは、GaMnAs内で生まれる有効磁場の理論計算を行いました。実験データと数値計算結果を比べた結果、実験で得られたGaMnAs内で発生する有効磁場中に今まで注目されていなかった内因性発現機構から生まれる成分があることを発見しました。この機構は、固体中を電子が運動する際に必ず起こる不純物などによる電子散乱による(外因性発現)機構とは異なり、それぞれの「散乱の間」に起こる電子スピン状態の変化に起因するものです(図3)。今回の実験では、そのようなスピン状態は試料膜に対して面直方向(z方向)に生まれるように測定環境を設計しました。

電流誘起磁化制御においてこの内因性モデルが実証されたことは初めてで、学術的にも非常に大切なことです。また、この内因性モデルはスピン軌道相互作用により電子の波数空間中に生まれるスピン構造に起因する量子力学的位相(ベリー位相注5))として理解できます。GaMnAs中のベリー位相の存在は異常ホール効果の研究からも知られていましたが、そのベリー位相が電気伝導のみならず磁化制御にも大きく寄与することは今回初めて分かったことです。21世紀初頭から固体中の実空間や波数空間のスピン構造から発現するベリー位相が注目され始めており、本研究結果もその一例として加えることができます。

<今後の展開>

今回得られた結果により、スピン軌道相互作用を用いた磁化制御メカニズムの微視的理解が達成されました。この理解がGaMnAs以外の材料系にも適応可能であるかを検証することが次の課題です。またその検証と同時に、高性能次世代スピンメモリーを実現するための材料発見が大きな課題です。その材料探索研究において、今回得られた結果は非常に大きな助けになると期待できます。本機構を極限化させた夢の材料が見つかれば、コンピューター内で使用されるエネルギー量を軽減するスピンメモリーが誕生する可能性があります。

<参考図>

図1

図1 スピン軌道相互作用による電子スピン生成

空間反転対称性の破れがある材料中(図は非磁性体を仮定)に電流を流すと、スピン軌道相互作用によりもともとそろっていなかった伝導キャリア(電子やホール)のスピンがそろい始めます。この現象はもともと電子のスピンがある程度そろっている磁石の中でも起こり、この電流により生成された電子スピンを使って磁石(磁化)の向きを制御することができます。

図2

図2 磁気共鳴が起こすGaMnAs中の電圧測定

ギガヘルツ(GHz)帯の交流電流をGaMnAs中に直接流すと、スピン軌道相互作用により同じ周波数帯の有効磁場が発生します。その際に特定の直流磁場を与えると磁気共鳴という磁化の歳差運動が起こります。この歳差運動と磁気抵抗効果により、抵抗も時間の関数として振動することとなり、電流との積により直流電圧が発生します。それが図中にドットで示したものです。こちらを対称型(図中青線)と反対称型(赤線)のローレンツ関数でフィッティングすることで実験データを数値化します。

図3

図3 波数空間におけるフェルミ準位の電子スピンの方向とその電界依存性

電界Eを加える前のフェルミ面のスピン状態を原点を中心とした円上に示します。円上の電子スピンの方向は強い交換相互作用により磁化方向 と半平行方向を向いています。電界を加えると、電子群は散乱を受ける前まで加速状態になり、その間にスピン軌道相互作用から生まれる有効磁場Δeffが生まれ、この磁場によりスピンが歳差運動を開始します。その結果として円平面に対して面直成分のスピン偏極状態が形成されます(右側にシフトした円上の矢印)。このキャリアスピン成分が磁化と交換結合することにより面直方向の有効磁場が発生します。

図4

図4 スピン軌道相互作用が生む有効磁場の試料方向と角度依存性

黒点で示したものが有効磁場の面直成分の面内角度(θM−E)依存性です。図3で示した描像の電界によるスピン生成過程を基としたモデルにより得られた結果を2つの青線として示します。点線がGaMnAsの結晶が生む対称成分のスピン軌道相互作用を入れていないモデルでの計算結果になり、実線が入れたモデルの計算結果になります。絶対値の大きさそして角度依存性どちらも実線の方がより実験結果に整合することが分かり、この結果から内因的発現機構が起きていることが示唆されます。

<用語解説>

注1)スピン軌道相互作用
電子が内在的に持つスピン角運動量と軌道角運動量との相互作用。この相互作用により固体中の電子輸送がスピン状態に依存し、そこからスピン自由度を利用したさまざまな現象が生まれる。
注2)ガリウムマンガンヒ素(Ga1−xMnxAs)
既存のエレクトロニクス材料であるIII−V族化合物半導体GaAs(ガリウムヒ素)を母体とし、Ga原子を磁性原子のMn原子で置換することで磁石の特性を誘起させた材料。
注3)空間反転対称性の破れ
座標(x,y,z)にある点を座標(−x,−y,−z)に移す操作を行ったときに操作前の結晶と一致しないこと。
注4)磁気共鳴
外部静磁場に置かれた磁気モーメントが固有の周波数の電磁波と相互作用する共鳴現象。
注5)ベリー位相
パラメータ空間上の物理量の幾何学的構造から生まれる量子力学的位相。

<論文名>

“An antidamping spin-orbit torque originating from the Berry curvature”
(ベリー曲率が生むアンチダンピング型スピン軌道トルク)
doi: 10.1038/nnano.2014.15

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

紅林 秀和(クレバヤシ ヒデカズ)
ユニバーシティカレッジロンドン 電子工学科 講師
University College London
London Centre for Nanotechnology
17-19 Gordon Street
WC1H 0AH
UK
Tel:+44-(0)20-7679-3404
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)、古川 雅士(フルカワ マサシ)、大阿久 裕美(オオアク ヒロミ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーション・グループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
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(英文)An anti-damping spin-orbit torque originating from the Berry curvature