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科学技術振興機構報 第1001号

平成25年12月18日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)
URL http://www.jst.go.jp

白金触媒近くの水分子が燃料電池性能向上の鍵に

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、スタンフォード大学 SLAC国立加速器研究所の小笠原 寛人 スタッフサイエンティストらは、燃料電池の性能向上には、触媒として使用している白金近くの水分子が重要であることを明らかにしました。

自動車、携帯機器の駆動電源として期待されている固体高分子型燃料電池では、化学反応を促す触媒として白金が使用されています。特に、正極で起こる酸素還元反応注1)では触媒活性が低く大量の白金が不可欠であるため、燃料電池の起電力の向上と白金使用量低減の妨げとなっていました。しかし、正極での酸化還元反応の詳細な分子機構は不明な点が多く、改良の方法はよく分かっていませんでした。

本研究グループは、軽い元素の解析に適した軟エックス線高輝度放射光を用いた光電子分光実験装置によって、酸化還元反応中の正極をその場で観測し、反応中間体の挙動を調べました。その結果、酸素還元反応中の正極には水分子と結合した水酸基(水和水酸基)と水分子と結合していない水酸基(非水和水酸基)が共存していることを明らかにしました。また、電子状態の計算により、非水和水酸基経由の高活性な酸素還元反応経路と水和水酸基経由の低活性な酸素還元反応経路の2つの反応があることを発見しました。

今後、この知見をもとに白金触媒近くの水分量による酸素還元反応経路を分子レベルで最適化することで、燃料電池の性能向上が見込まれ、貴金属である白金の使用量低減、固体高分子形燃料電池の低コスト化が期待されます。

本研究は、SLAC国立加速器研究所、スタンフォード大学のイエンス・ネルスコフ 教授、アンダース・ニルソン 教授のグループと共同で行ったものです。

本研究成果は、2013年12月18日(英国時間)発行の英国のオンライン科学誌「Nature Communications」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「界面の構造と制御」
(研究総括:川合 眞紀 (独)理化学研究所 理事/東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授)
研究課題名 「三相界面の化学組成と電子状態の解明」
研究者 小笠原 寛人(スタンフォード大学 SLAC国立加速器研究所 スタッフサイエンティスト)
研究実施場所 スタンフォード大学 SLAC国立加速器研究所
研究期間 平成19年10月〜平成23年3月

JSTはこの領域で、異種材料・異種物質状態間の接合界面に着目し、新たなナノ界面機能および制御技術の創出およびその応用を目指す研究を推進していました。

<研究の背景と経緯>

燃料電池は、空気と燃料(水素やメタノールなど)を利用して、化学反応から電力を取り出す装置です。特に、室温付近でも動作する高分子電解質型燃料電池は小型化、軽量化が容易なため、自動車や携帯機器の駆動電源として期待されています。

高分子電解質型燃料電池では燃料と空気を、高分子電解質で隔てられた電極(負極と正極)に供給します(図1)。現在、燃料電池の反応を促す触媒として高価な白金が使われ、特に正極で起こる酸素還元反応では大量に必要です。そのため、この反応の活性化が電池性能の向上の鍵を握っていると言われています。

しかし、正極での酸化還元反応は、白金に結合した水酸基を中間体として進行すると考えられていますが、詳細な分子機構は不明な点が多くその解明が期待されています。

<研究の内容>

今回研究グループは、放射光施設注2)で軽元素の分析に適した軟エックス線を用いて、酸素還元反応中に正極の白金触媒に結合した酸素種(酸素原子、水酸基、水分子)の挙動を調べました。研究グループが開発した世界最高感度の環境制御型光電子分光装置注3)を用い、軟エックス線を動作中の燃料電池の正極に照射して放出される光電子を分析することによって、正極での触媒反応をその場で観測することができました(図2)。

観測した結果から、白金触媒の表面原子に結合した酸素種を識別したところ、酸素還元反応の中間体は従来考えられていた通り、水酸基であることを世界で初めて確かめました。さらに、白金表面原子のみに結合した非水和水酸基と、白金表面原子と水分子の両方に結合した水和水酸基の2種類が酸素還元反応中に共存しており、特に白金に結合した水分子の量が少ないと高起電力、出力動作が得られ、また、より多くの非水和水酸基が白金に結合していること分かりました(図3)。

電子状態の計算により、高活性な非水和水酸基経由の酸素還元反応経路と低活性な水和水酸基経由の経路の2つの経路があることを発見しました。つまり、非水和水酸基経由の酸素還元反応経路が起電力、出力の向上の鍵となっていることを世界で初めて明らかにしたのです。このことから、正極での酸化還元反応を効率よく進めるためには、白金触媒近くの水分子の量を制御することが重要であると考えられます。

<今後の展開>

今回、酸素還元反応の中間体の触媒表面での水和が、酸素還元反応経路と反応の効率を分子レベルで決定する因子となっていることを明らかにしました。今後、触媒近くの水分量を分子レベルで適切に制御し、酸素還元反応経路の最適化、燃料電池の性能向上を目指すアプローチが考えられ、貴金属である白金の使用量低減、固体高分子形燃料電池の低コスト化が期待されます。

<参考図>

図1

図1 燃料電池の模式図

負極は燃料(水素)を電子と水素イオンに分け、水素イオンは高分子電解質へ 、電子は負荷へと流れます。正極で酸素は電子と結びついて水に変わり発電します。

図2

図2 反応中の正極の光電子分光観測の模式図

酸素還元反応中の白金触媒に軟エックス線を照射します。光電効果により酸素種の1s軌道から飛び出してきた電子(酸素1s光電子)のエネルギーを調べることで、酸素種の種類、化学結合状態を識別できます。

図3

図3 反応中の正極に結合した酸素種の模式図と光電子スペクトル

酸素1s光電子のエネルギースペクトル(黒線)には白金原子のみに結合した非水和水酸基(水色)と白金原子と水分子の両方に結合した水和水酸基(紺色)に対応するピークが観測されており、これらが白金表面に共存していることが分かります。密度汎関数法による電子状態計算により、非水和水酸基と水和水酸基が不均一な島状で白金触媒に結合していることが分かりました。

<用語解説>

注1)正極で起こる酸素還元反応
高分子電解質型燃料電池では負極に水素などの燃料、正極または酸素極とよばれる正極に空気中の酸素を供給することにより発電する。正極では触媒が酸素分子に4つの電子と水素イオンを付与して解離、水素化を行い水分子に変換される。
注2)放射光施設
光速に近い速度で運動している電子が曲がるときに放出する強力な光を、赤外線から硬エックス線にいたる光源として利用できる。世界に30余りの実験施設が稼働している。今回の実験は米国SLAC国立加速器研究所の周長234mのスタンフォード放射光施設を利用し、光源として、炭素、窒素、酸素などの軽元素の1s電子の振る舞いを観測するのに有効なエネルギー領域である軟エックス線を用いた。
注3)環境制御型光電子分光装置
試料周囲に気体を導入して、通常の真空分析室よりも高い圧力環境下で測定ができる光電子分光装置。導入された気体が電子分器置各部に拡散して電子分光器真空が悪化するのを防ぐために、試料から放出される光電子を取り込む電子レンズの軸に絞りを組み込み、それぞれの絞りで仕切られた空間を別々の圧力差を保ちつつ排気している。反応中の化学組成、電子状態のその場観測に利用される。

<論文タイトル>

“Direct observation of the oxygenated species during oxygen reduction on a platinum fuel cell cathode”
(燃料電池正極の白金上における酸素種の酸素還元反応中の直接観測)
doi: 10.1038/ncomms3817

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

小笠原 寛人(オガサワラ ヒロヒト)
スタンフォード大学 SLAC国立加速器研究所 スタッフサイエンティスト
Tel:+1-650-966-3613
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)、古川 雅士(フルカワ マサシ)、平澤 和夫(ヒラサワ カズオ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
E-mail:

(英文)Hydration of Oxygenated Species on Platinum Fuel Cell Cathode