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CREST「代謝調節機構解析に基づく細胞機能制御基盤技術」
研究領域事後評価報告書

総合所見

 ポストゲノム時代に入り、ゲノミクス、プロテオミクスなどの網羅的解析が盛んに行われる現状において、生命現象を統合的に理解するために、細胞の機能の時々刻々の変化を捉えることは極めて重要であり、メタボローム研究をゲノム研究の次なるステップとして捉えた本研究領域が2005年に発足したことは当を得たものである。
 本研究領域では、発足当時、メタボローム解析技術が充分には普及しておらず、解析しにくく漠然と捉えられていた代謝領域において、質量分析計による解析を中心に据え、タンパク質代謝のみならず、種々の代謝産物の定量的解析を行い、疾患や薬剤等の処理における細胞内動態を網羅的に解析した。当初、質量分析技術の専門家は少数グループに限られていたが、多彩な研究チームへの技術の浸透展開を研究総括が積極的に促したことにより、メタボローム的アプローチが生命科学の広い分野で、基盤的、一般的な潮流となったことは、大きな社会的貢献といえる。
 研究の進展に伴い、メタボローム解析に必要なハード面とソフト面の開発も進み、数理モデリングを取り入れた研究への展開など、今後の科学技術の進歩に資する研究成果が期待通り得られてきていると判断できる。また、疾患治療や創薬、診断薬開発への道筋を付ける成果を生み出したという点でも評価できる。
 ただし、本研究領域の戦略目標「代謝調節機構解析に基づく細胞機能制御に関する基盤技術の創出」の具体的な達成目標は、細胞の恒常性維持メカニズムを明らかにすることにより、細胞機能の向上や恒常性変調を改善する細胞制御の基盤技術を創出し、それらが医療・創薬、農畜産物生産等へ応用され、社会経済上大きな波及効果をもたらすことを期待するものである。この観点ではやや力不足を感じざるを得ないが、むしろ、今回の研究成果を基に、具体的出口に向けたさらなる研究を進展させ、科学的イノベーションを獲得するところまで推進することが重要と考える。イノベーションに向けた今後の研究の進展に期待したい。
 また、戦略目標の設定の背景及び社会経済上の要請から応用的分野として医療・創薬、農畜産物生産等と幅広い出口が例示されたこともあってか、本研究領域がカバーする分野があまりにも幅広くなった。そのために、グループ間の連携が生まれにくい状況になってしまった可能性がある。領域内でのメタボローム技術の普及を進める事に加えて、共同研究をさらに積極的に進める仕組みができればより良かったのではないかと感じる。
 本研究領域は生命科学、医学を牽引する可能性が高い学問領域としてメタボローム研究を捉え、代謝産物を網羅的かつ定量的に解析する手段を導入することにより、メタボローム領域を大きく発展させ、当該領域に関する日本の科学的、技術的優位性もあり、有意義な成果も期待できる領域設定と言える。2005年というに早期に、本研究領域が設定され、世界をリードする形で新しい領域の発展に貢献した意義は高く評価できる。今後の発展性が大いに期待できる研究領域でもあるため、本領域の研究成果を土台として、さらに多くの研究者がメタボローム解析の研究分野に参入してくる環境を整備し続けることが重要であろう。
 研究領域の進行中に研究総括が途中交代するという緊急事態に遭遇し、後任の西島正弘研究総括は大変ご苦労されたと思われるが、極めて適切に運営され十分な成果が得られたことを評価したい。

1.研究領域のマネジメントについて

(1) 研究総括のねらいと研究課題の選考
 ゲノミクス、プロテオミクスなどの網羅的解析が盛んに行われる現状において、生命現象を統合的に理解するために、細胞の機能の時々刻々の変化を捉えることは極めて重要であり、メタボローム解析はその目的に合致する。メタボローム研究をゲノム研究の次なるステップとして捉えた本研究領域のねらいは当を得たものである。当該領域に関する日本の科学的、技術的優位性もあり、有意義な成果も期待できる領域設定と言える。
 解析しにくく漠然と捉えられていた代謝領域において、代謝産物を網羅的かつ定量的に解析する手段として質量分析計による解析を中心に据え、目的を明確にし、大きく発展させた研究総括の着眼性と実行力は高く評価できる。
 研究課題の選考は戦略目標を反映し、動物細胞から植物細胞、1個の細胞から個体レベルの研究者まで、幅広く網羅されており、研究総括の意思が反映された選考になっている。研究対象は、一次代謝のうちでも糖や脂質に比較的重点が置かれ、植物分野以外では、アミノ酸、核酸、ビタミンは相対的に話題が多くなかったこと、また応用的価値の高い微生物や植物の二次代謝があまり取り上げられなかったことは特徴的であるが、応募状況を反映していた可能性がある。
 採択された課題は、メタボローム解析技術の基盤を支える研究グループだけではなく、細胞機能の制御にまで踏み込むことができる研究グループが選ばれている。採択当時メタボロームを専門にする研究者が少なかったこともあり、必ずしも代謝と強く関連しているとは感じられない課題も含まれている。また、研究領域として、あまりにも幅広いために、グループ間の連携が生まれにくい状況になってしまった可能性がある。
 領域アドバイザーは、幅広い分野から、適切な人材が選ばれており、良い構成である。

(2) 研究領域の運営
 メタボローム解析に経験のあるグループが、技術の導入されていないグループを積極的に支援して、多くのグループが、メタボローム解析ができるレベルに持ち上げて行った点は高く評価できる。また、単なる代謝研究ではないことを研究代表者に常に意識させつつ領域を運営してきたことも評価すべき点である。特に質量分析計により、タンパク質代謝のみならず、種々の代謝産物の定量的解析を行い、疾患や薬剤等の処理における細胞内動態を網羅的に解析して行った功績は大きい。総括裁量経費が、初期段階で投資されたのは妥当であった。技術的困難さから、分子生物学をベースとするトランスクリプトーム、プロテオームに比べて、メタボロミクスの方は後発であったが、その萌芽、勃興期を適切に捉えて、組織的、重点的に代謝の研究開発を進め、曖昧さのあった概念をここまで具体的に展開した本領域の功績は大きい。ただ、メタボローム解析が専門ではなかった研究グループから、メタボローム解析が得意な研究グループへのフィードバックがどのようになされたのかが不明である。

2.研究成果について

(1) 研究総括のねらいに対する成果の達成度
 多くの課題において、研究総括の「代謝」のねらいに応えた質の高い成果が達成されている。ただし、レベルは高くても、研究総括の広範な「代謝」への期待に対して、個別の代謝過程に研究が終始し、本研究領域を分担する必然性のそれほど高くなかったように思われる課題も一部見られた。メタボローム解析ができなかった研究グループの多くが、実際に解析可能な状況になったことは、研究総括のねらいに沿った成果として評価できる。しかし、メタボローム領域を他の領域の生命科学の研究者に認知させ、研究者を増加させる様な面白さを発信できたかという視点では物足りなさも感じる。今後も継続的にメタボローム領域の重要性を発信して行く必要性があると考える。
 メタボローム解析は手法の性格から通常の対象は低分子であるが、タンパク質の分子間相互作用の相手は低分子、高分子を問わない。タンパク質間相互作用はプロテオーム解析の領分になるが、両オームの関係性や重なり、あるいは両者の体系化も今後、重要になっていく。
 本領域では個々の研究課題は、個別に細胞あるいは個体を対象としており、当初、細胞の代謝・恒常性維持と、個体生命の代謝・恒常性維持との関係が必ずしも明示的に区別されていなかった。しかし、細胞機能のモデル化とその計画的代謝制御を通じ、最終的には、疾病の原因解明、治療技術の開発、農作物の生産性向上を目指すという、個体レベルのゴールから見れば、細胞の代謝・恒常性と個体の代謝・恒常性は明らかに異なるはずであり、本領域の成果を踏まえて今後、細胞と個体という2つのレベルの代謝が整理、体系化されていくことが望まれる。

(2) 科学技術の進歩に資する研究成果
 メタボローム解析に必要なハード面とソフト面の開発が進むとともに、数理モデリングを取り入れた研究が進むなど、今後の科学技術の進歩に資する研究成果が挙がっている。特に、質量分析データのユニバーサル解析ソフトウェアMass++、脂質解析ソフトウェアLipid search、RNAショットガン解析ソフトウェアAriadneなどの多くのソフトウェアが開発されたことは、本研究領域の独自性の高さを物語っており、これらが広く活用されるようになった点は高く評価できる。メタボローム解析では、水溶性代謝産物と脂溶性代謝産物で解析する手段が異なる。本領域では、とくに後者に於ける日本の優位性を利し、特有の技術的困難を克服して、生体膜を含む多くの生命反応の解析にメタボロミクスを浸透させるに功があった。また、糖尿病、アルツハイマー病、パーキンソン病、ガン治療、炎症性疾患、再生医療などに関する基礎的研究成果、農作物の改良に繋がる可能性がある成果も得られている。これらは学術論文として積極的に公表されており、数多くのインパクトの高い論文も発表された。多くのメンバーが数々の賞を受賞したことも研究成果のレベルの高さとインパクトの大きさを示している。以上より、科学技術の進歩に十分に貢献したと言える。

(3) 科学技術イノベーション創出に資する研究成果
 アルツハイマー病の診断につながる代謝産物の同定や、ヒト糖尿病の超早期診断マーカーの探索、慢性疲労症候群の診断に向けた解析が進むなど、将来のイノベーション創出に資する研究成果が挙がっている。ただし、明確なイノベーションと言える段階にまで来ていないのが実情と思われ、イノベーションに結びつくかどうかは今後の研究進展にかかっている。ここでの研究成果を具体的出口に繋げるべく、研究内容の絞込みと研究体制の再編を伴う新たな研究課題の設定に結びつけることが必要であると考える。

3.評価

(1) 研究領域としての研究マネジメントの状況
十分なマネジメントが行われた。

(2) 研究領域としての戦略目標の達成に資する成果

(2-1) 研究総括のねらいに対する成果の達成度
十分な成果が得られた。

(2-2) 科学技術の進歩に資する研究成果
期待どおりの成果が得られた。

(2-3) 科学技術イノベーションの創出に資する研究成果
期待どおりの成果が得られた。

(3) 総合評価
十分な成果が得られた。

4.その他

 本研究領域においては、科学技術やイノベーションに資することが目標とされ研究が推進されてきた結果、広範に展開可能な新解析技術の開発や創薬ターゲットにもなり得る生体機能の解明といった基礎的研究成果が生み出された。国の研究投資は日本の産業の強化や国民の生活・健康福祉の向上に資するものであるべきで、そのためには、こうした基礎研究の成果を応用研究にシームレスに結び付ける仕組みを構築する必要があるのではないか。アカデミアの研究と産業界の研究が相互理解し連携しあえる環境整備が必要であり、JSTにはその役割を果たしうる機関として先導を果たしていただきたい。
 戦略目標として本研究領域が目指す具体的達成目標が設定されているが、かなり幅広い表現となっており、わかりにくかったのではないか。研究領域設定の背景や社会経済上の要請内容を踏まえ、応募課題におけるメタボロームの位置づけと出口戦略を明確にするよう募集要項に盛り込む必要があったと考える。実際に中間評価においてメタボローム解析の実施や出口戦略を指摘された研究課題も散見されている。この点に関しては、研究開始後において研究総括から研究指導なども実施されており、研究領域の運営の中で軌道修正の努力がなされたものと思われる。また、全体的印象として、具体的な出口戦略を持つ研究課題の方が、より多くの研究の進展や成果獲得が達成されているように感じる。この実績からも、当初より出口戦略を明確化しておくことは重要である。
 本研究領域の推進体制、評価体制等については、総合的には適切に進められてきたと評価できるが、研究実施側も、それを評価する側もほとんど大学関係者で占められており、研究方針・評価が基礎科学的な観点に偏り勝ちと感じる。基礎研究と言えども社会に還元するとの視点は常に必要であり、課題の採択段階から最終評価に至るまで、産業界関係者なども積極的に活用すべきである。

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