戦略的創造研究推進事業HOME評価戦略的創造研究推進事業における平成23年度研究領域評価結果について > CREST「生命現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」研究領域事後評価報告書

CREST「生命現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」
研究領域事後評価報告書

1.総合所見

 本研究領域は全く新しい発想に基づく技術開発、新原理の探索を通した新たな手法の開発等を通して未解明の生命現象の解析に資することを目標として設定された。これは生命科学の飛躍のためには時宜を得た研究領域である。特に、分子からヒト個体までを視野に入れた解析技術の基盤研究を推進したことの意義は大きい。研究課題としては、計測・分析基盤技術の開発を目指すのに相応しく、基礎から企業の実用化研究までを含んでいる。このような基盤技術は独創的であればあるほど基礎研究からその実用化までには長い時間を要し、成功の確率も必ずしも高くない。このような観点に立つと、本研究領域は全体として重要な成果を上げたと言える。
 生命現象の解明に関連して最も分かりやすく画期的な成果として、ナノスケールのレベルで機能している1分子の動きを高速イメージングできるAFMと生細胞中での1分子NMRの開発が特筆できる。前者は、すでにモータ分子の動きやセンサー分子の動きで貴重な新知見を提供し注目されている。これに対して、後者の評価が確立するのは今少し時間が必要だが、生命の謎が凝縮されている生きた細胞中での鍵蛋白質の動態を原子レベルから測定できるという技術は、極めて画期的である。これらは計測技術分野にとどまらず、生命科学の発展にも重要な貢献となるものである。
 一方、成果の応用と社会的波及効果で目立つものとしては、RNAアプタマー、蛍光プローブと脳温度計測法の開発があげられる。前者は基礎科学としても重要な成果であるが、すでに抗体に代わる製品として上市されており、今後の発展が最も期待できる。開発された蛍光プローブは市販により計測に広く使われるであろう。脳内温度計測はユニークで侵襲性の少ない病症解析法としての発展を期待したい。
 計測技術は最終的に種々の分野のユーザーに使用されて初めて本物となる。そのための取り組みが今後は必要である。個々には問題を抱えているチームもあるが、全体としては独創的な技術開発によって生命科学の進展に寄与し、学問的なインパクトをとおして実用化という波及効果を生み出したことは評価できる。
 これらの成果は個々には優れた研究者がCRESTの研究領域に加わることにより、研究総括、他のグループやアドバイザーとの討論をとおして刺激を受け、発想を展開するとともに、研究を加速させた結果であり、本研究領域が果たした役割も大きいと考えられる。さらに、個々の優れた成果をとおして、計測技術の革新が生命科学の発展にとって如何に重要であるかを生命科学分野の研究者にアピールすることができたことも本研究領域としての成果であろう。

2.研究領域のねらいと研究課題の選考について

 本研究領域のねらいは新たな計測・分析手法の開発等を通して未解明の生命現象の解析に資することである。計測、分析は地味ではあるが、実験科学のエンジンであり、その発展は生命科学の将来を左右する。科研費等による支援が弱まる中で計測・分析基盤技術の開発を主要課題に掲げる本研究領域が設定されたことは高く評価できる。上記のねらいも生命科学の課題を反映した適切なものである。
 課題の選考は専門領域の近いアドバイザーによる書類選考とヒアリングを踏まえた全体の合議で決定されており、これ自身は妥当な選考方法である。このような課題の選考方式では、むしろアドバイザーの選考が重要である。選ばれたアドバイザーは生物物理、化学、物理、生物、医学、薬学、工学等を背景としたそれぞれの専門分野を代表する研究者であり、その充実ぶりは特筆に値する。
 多数の応募の中から選ばれた課題と代表者は計測・分析基盤技術分野の最先端の研究、および最も活躍している研究者であり、適切な選考がされている。課題の内容も計測機器の開発、プローブの開発、システム(対象となる生命システム)の3要素、さらに分子から個体までの対象についてバランスよく採択されている。ただ、課題間に有機的な関係が必ずしも見出されない恨みはある。また、方法論としては1分子レベルでの実験的アプローチが多くを占めているが、マクロな視点、理論的視点からの課題があっても良かったのではないかとの意見もあった。

3.研究領域のマネジメントについて

 領域アドバイザー・研究者の個性・自主性を尊重するという研究総括の研究領域運営方針は本領域のねらいに相応しいものであり、実際の運営も適切に行われた。研究グループ間の相互乗り入れ・協同研究で新しいものが生まれるよう環境を整える努力がされたことは評価される。領域研究の推進には充実したアドバイザー陣を研究者とのディスカッションに加えることにより有効に活用した。
 また、同じ戦略目標のもとで、同時期に実施されたさきがけ研究領域「生命現象と計測分析」の研究総括をアドバイザーに加えて、さきがけ研究との連携を進めたことも研究の環境づくり、および若手の人材育成に貢献している。研究費も総括裁量経費を必要な課題に配分することで、プロジェクトの加速がなされた。
 運営全体がスムーズに行われたのは研究総括が明確な問題意識を持って領域を牽引し、各チームの代表者の信頼を集めていたことによると思われる。領域参事が、きめ細かい研究進捗状況の把握に基づいて研究総括を補佐したことも信頼の醸成と問題への的確な対応に寄与していると考えられる。平成20年度に実施された領域中間評価の指摘を踏まえて、研究総括はかなり具体的な問題提起をしていたようであるが、この信頼関係がそれを可能にしたものと思われる。

4.研究成果について

(1)研究領域のねらいに対する成果の達成度
 本研究領域は新しい発想、新原理の探索に基づく新たな手法の開発等を通して未解明の生命現象の解析に資することを目標に基盤技術の開発に取り組んだ。本領域が目指す新奇な計測技術が実用になるまでは10年近い歳月が必要なことが多い。これは14課題のうち一つでも当たればよいとの研究総括の言葉に表れている。これを踏まえて本領域の成果を見ると、生命現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術を開発するというねらいは十分達成されている。すなわち、基盤技術として将来性のある、生命現象のスケールから見て多様な計測・分析法が開発され、その中から下に示すような顕著な成果が生まれた。一方、一部を除き、開発された要素技術が他のチームとのネットワークを使って広がっていく段階まで進むことはできなかった。これは他分野での利用推進を含めて今後の課題であろう。

(2)科学技術の進歩に資する成果
 生細胞中での蛋白質構造変化(NMR)、メソスコピックレベルでの1蛋白質構造変化(AFM、X線追跡法、蛍光分光法)、RNAアプタマー創出技術の開発とそれによる計測用デバイス開発、創薬への応用など注目すべき基礎的計測技術の開発や進展があった。これらの成果はNature,Science等の世界のトップジャーナルに論文発表され、多くの研究者に注目された。光駆動ナノマシーンやカーボンナノチューブ利用技術など要素技術の開発は本研究領域の独自の切り口であり、研究領域の目標達成に貢献している。また、電子顕微鏡などオーソドックスな装置についても新しい展開がみられ、全体として科学技術の現在の限界に挑み、進歩に貢献した。ただし、一部を除き、これらの手法から得られるデータの解析法の開発や理論的研究が少ない点が今後の課題であろう。

(3)社会的及び経済的な効果・効用に資する成果
 本研究領域の学問的成果は生命科学のみならず、物理・化学・工学・薬学分野への波及効果が期待されるものである。現時点における社会的及び経済的な効果・効用に資する成果としては、創薬連関の研究(RNAアプタマーや有機蛍光プローブなど)、汎用性のある結晶化技術、高速AFM装置の市販等があげられる。これらは本研究領域が目指した基礎研究の発展が重要な社会貢献の基礎となることを強く印象付けるものである。他にも楽しみな成果があるが、これらを本当に社会に寄与する技術として発展させるためには、むしろ研究成果の活用システムの問題を整備する必要があるのではないか。
 また、各研究グループの参加者を見ると、多くの多様な若手研究者が本研究領域に参画している。彼らの努力がなければおそらくこれだけの成果はあげられなかったであろう。若手にとってもこのような真剣勝負の舞台に上がれたことは極めて貴重な経験であったろうし、本研究領域が次世代育成という重要な社会的課題に貢献した証でもある。この点ではさきがけとの連携も的確に行われ、成果をあげている。

5.その他

(1)基盤研究からの応用展開に関してのJSTへの提言
 本研究領域では、生命現象に正面から向き合いナゾに挑む姿勢が領域全体にクリアに貫かれ、多くの成果に結びついた。しかし、その成果は生命科学をはじめとした諸分野で使われることによりその真価が定まる。特に生命、医学、薬学への展開は今後の重要な課題である。中間評価において、本領域で開発されている先端技術が周りの関連分野に十分知られていないので普及の必要があることが指摘されているが、これは引き続き課題として残されている。今回の成果をより多くの研究者に利用してもらう何らかの仕掛け、また診断・治療などに応用可能な成果を実際に医療分野で使える様な取り組みの支援についての検討が望まれる。

(2)基礎研究の意義
 本研究領域のRNAアプタマー研究では、RNAによる分子認識の基礎的研究が抗体医薬に匹敵するような新たな創薬分野、およびさまざまな生体分子デバイス分野を切り開きつつある。この事実は優れた基礎的研究には大きな社会的インパクトを生み出す力があること如実に示した。これは今後の科学技術振興における基礎研究の位置づけを考える上で重要な示唆を与えるものである。

(3)本研究領域の成果を踏まえた今後の展開への示唆
 ① 本領域研究で開発されたような分子から個体までを対象とする解析法を有機的に結びつけることにより、原子の分解能で細胞、組織、個体の機能解析を行えるような方法論の開発が期待される。
 ② 今回は1分子計測に集中したミクロな計測解析技術の開発が中心であったが、今後は超分子集合体や細胞のようなメソスコピック、セミマクロなレベルでの計測解析技術の開発が必要であろう。また、ある程度特定された重要で興味深い生物学的、医学的課題を解決するための計測解析技術の開発という視点からの領域設定も必要であろう。
 ③ 今回は実験的アプローチが主であったが、ミクロ、メソスコピックレベルからのデータ解析、理論的(統計力学、情報論的)研究の強化が望まれる。また、現在、ゲノム、プロテオーム、メタボロームなど、計測・分析をとおして多くのデータが創出されている。これらを活用しつつ生命の本質に迫るには、新しい切り口のデータを取得する計測・分析技術の開発とともに情報処理をも含めた計測統合技術の開発が必要であろう。

6.評価

(1) 研究領域としての戦略目標の達成に資する成果

(1-1) 研究領域としてのねらいに対する成果の達成度
十分な成果が得られた

(1-2) 科学技術の進歩に資する研究成果
特に優れた成果が得られた

(1-3) 社会的及び経済的な効果・効用に資する研究成果
成果が得られた

(1-4) 戦略目標の達成に資する成果
十分な成果が得られた

(2) 研究領域としての研究マネジメントの状況
十分なマネジメントが行われた

■ 戻る ■