戦略的創造研究推進事業HOME評価戦略的創造研究推進事業における平成23年度研究領域評価結果について > CREST「精神・神経疾患の分子病態理解に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」中間評価

CREST「精神・神経疾患の分子病態理解に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」
研究領域中間評価報告書

1.総合所見

 本CRESTは、精神、神経疾患の分子病態を明らかにし、未だ根本治療法がない疾患の根治に向けた基礎研究を発展させ、新たな診断、治療の新技術の開発につなげることを目指すという戦略的な目標を掲げている。5人に一人が精神、神経疾患に罹患し、300万人以上の認知症患者が出現する高齢化社会を迎えるにあたって、本戦略目標は極めて重要な課題であり、科学技術の進歩という側面だけではなく、社会的にも大きな成果が期待される。厚生労働省の病態基盤研究にかかる研究費が大幅に削減される中、本CRESTは当該領域に貴重な財源を提供するものでもある。このように本CRESTが悲願とする精神・神経疾患の克服は医療福祉の観点から、最も重要な政策課題である。
 採択された14課題それぞれの研究課題は、達成度に違いはあるものの、研究総括によるアドバイスや専門性に富む領域アドバイザーとの意見交換、フィードバックなどもあり、全体としておおむね期待通りの成果をあげつつある。この中間時、本研究領域全体についての総合的な目標達成度に特段の問題は見当らず、「順調」と判断される。
 現況において精神疾患・神経病患共に「治療に向けた新技術」への創出への道のりは今後も遠く厳しいものが予想されるが、上記使命感に基づく努力がうかがえる。短期的な学術的インパクトのみに捕らわれることなく、今後も本領域は長期的な観点に立脚して、運営されるべきと考える。研究総括におかれては、本邦の精神神経医療福祉につながる基盤創出という本CRESTの使命をこの機会に再確認いただいて、各グループを叱咤激励し、将来につながる本質的な研究成果を導いていただきたい。
 なお、研究者人口も多く、これまでに病態研究の大きな蓄積がある神経疾患研究と、まだ確実な手がかりが少なく、研究アプローチの困難な精神疾患では、その評価にも自ずと違いがあってしかるべきである。このような点も見据えつつ、戦略目標にむけたさらなる研究推進をお願いしたい。

2.研究領域のねらいと研究課題の選考について

【ねらい】上述のように社会状況・世論・学術背景に極めて良くマッチしている。

【選考方針】広く臨床、基礎の両面から選考しながらも、代表者が基礎研究者の場合は臨床研究を行うグループが加わる形として採用している。精神疾患、神経疾患からそれぞれほぼ同数の課題を選択し、内容的には遺伝子、分子病態、モデル動物を用いた成果をもとに診断治療の新技術開発を行うものとなっている。精神科領域の研究は未だ多くが未解決であり、論文実績の重視なのか、将来の社会還元を重視されたのか、選考の苦労がうかがえる。ただ、神経内科領域は当該領域の重鎮ばかりが占め、若手を育成する観点にもう少し配慮いただきたかった。

【領域アドバイザー】領域アドバイザーは、病院、大学、研究所、企業など様々な立場から、神経科学、精神医学、神経内科、脳画像など、基礎と臨床の広い分野の専門家で構成されており、この研究領域のアドバイザーとして概ねふさわしいと思われる。
途中での社会発信・医学倫理を考慮された領域アドバイザーの追加も評価できる。

【採択課題】現在の学術領域は深く専門化しているので、精神科領域の評価委員と神経内科領域の評価委員が相互に専門領域まで踏み込んで本質的な評価をするのは難しいことに留意すべきである。

3.研究領域のマネジメントについて

【領域運営】 研究総括は、採用1年目に施設や研究体制を把握し、2年目以降は進捗状況などについての意見交換、さらにはサイトビジットを行うことで、状況把握をすると共に、領域の運営方針を研究代表者に周知させる努力を行っている。また毎年一回、アドバイザーと共に研究報告会を実施し、そこで議論された内容等を研究者へフィードバックすることで研究の一層の推進や修正をはかっている。毎年1回、市民公開シンポジウムを企画していることも、研究成果の社会還元の一環として評価できる。

【配分】特に進展している課題や顕著な成果がある課題については追加補充して、一層の研究推進をはかっており、さらなる研究の発展が期待される。しかし、文部科学省による脳科学研究戦略推進プログラムや科研費の新学術領域に一部同じ計画内容を記載されているケースがあり、「過度の重複」が問題視されている折から本CRESTと他の研究プロジェクトとの違いを明確にするように運営を行う必要がある。

【課題間連携】必要に応じて、秀でた技術基盤や解析手段については、課題間での連携・交流を模索していただきたい。

【今後の取り組み】 本領域では、社会還元・医療福祉の観点が強くうたわれているため、研究者にも、社会還元を急ごうとするプレッシャーが働くことが懸念されるが、重要な課題であるだけに、メディアに対する説明においては、十分な慎重さが求められる。原点に立ち戻って、本質的且つ実質的な精神・神経疾患の分子病態理解・エビデンス創出に基づきイノベーションを目指す戦略目標を再確認いただきたい。

4.研究進捗状況について

【成果の達成度】 多くの研究課題については、概ね計画通り順調に進展しており、総括の期待通り、病因・病態研究の成果をもとにしたモデル動物の開発、モデルの妥当性の検証、モデルを用いた診断技術の開発、治療につながる研究が、国際誌を中心に発表されている。また、9名の研究者が国際的な賞や国内の学会表彰を受賞している点もその成果の現れと思われる。
 中でも、井ノ口グループのマウスやラットを用いた恐怖記憶のメカニズムを解明してPTSD治療法開発への指針に関する論文(Cell 2009, Science 2009)は世界的に大きなインパクトを与える発見であり、本領域の成果の1つとして高く評価できる。一方、業績・成果が少なく研究途上のグループも見受けられるので、今後の実験計画の修正等、必要な方策を講じていただきたい。

【科学貢献・社会効果】 神経内科領域のテーマ疾患(アルツハイマー病やパーキンソン病など)はそれなりの分子理解が本CRESTを通して進展したと思われ、現在、その治療・診断に向けた方策が見え始めており、大いに評価できる。また、精神科領域は井ノ口グループを筆頭に目ざましい基盤的な成果を上げており、他の精神科領域グループもそれに追従を願いたい。ただこの精神疾患研究については、神経変性疾患とは研究のステージが大きく異なっており、CRESTの5年の研究期間で拙速に社会的・経済的な効果・効用成果まで、過度に期待するべきではないと考える。

【懸案事項】 精神疾患研究テーマにおいて特に強調されることであるが、関連遺伝子と患者の病態発症が明確になっていないため、仮説検証的なアプローチが中心であり、個々のモデル動物もひとつの仮説に基づくものである。今後、これらのアプローチが単なる「仮説的マウス病態研究」に止まることなく、ヒト病理の裏づけやその創薬シーズ研究を通して、当該仮説の是非を結論しうるものに熟成させていただきたい。また、遺伝子異常の関与が明確である神経疾患においても、当該モデル動物が実際の患者の病態を再現するものになっているかどうか疑問が残っており、こちらについても同様にヒトでの病態・生理研究との厳密な刷りあわせを模索していただきたい。

5.その他

○「研究代表者毎の主要論文」において、代表者が責任著者でない論文が多いことが、やや評価を困難にしているので、JSTから評価資料作成を依頼する際、ご留意願いたい。

○CREST研究計画の記述と同じ計画内容が、他大型研究費のパンフレット、成果報告書に見受けられるケースが存在する。このような課題は社会的に「過度の予算重複」とみなされる可能性があり、本CREST領域の価値を低下させないように、今後、各グループに注意喚起いただきたい。

6.評価

(1) 研究領域としての戦略目標の達成に向けた状況

(1-1) 研究領域のねらいに対する研究成果の達成状況
十分な成果が得られつつある。

(1-2) 科学技術の進歩に資する成果や、社会的及び経済的な効果・効用に資する研究成果、及び今後の見通し
十分な成果が得られつつある。

(2) 研究領域としての研究マネジメントの状況
特に優れたマネジメントが行われている。

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