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さきがけ「構造制御と機能」
研究領域事後評価報告書

1.総合所見

 本研究領域「構造制御と機能」では、“プログラムされたビルドアップ型ナノ構造の構築と機能の探索”を目標に、原子・分子がもつオングストロームの構造情報および属性を利用しそれを積み上げることよってナノレベルの材料や構造を作り上げる技術を開発し、ナノサイズの組織体や空間の創製、並びにナノデバイス、ナノ触媒、及びナノリアクターに向けた機能の探索が行われた。
 トップダウン型のナノテクノロジー技術では数十ナノメートルが限度と予想されることから、さらに小さなレベルのサイズを実現するには、サブナノメートル前後の大きさを持つ原子や分子の積み上げ、すなわちボトムアップ技術が必要になることは明白である。実用化という観点を加えると、原子・分子の自己組織化あるいは自己集積化による組織体形成という技術が最も有効であるが、従来のこの技術では「望みの場所に望みのものを望みの時に作る」ことは困難であり、平成17年当時それに基づく技術が産業応用へ結びつくには課題が多かった。この課題解決には、優れた研究者・技術者による研究・開発におけるブレークスルーが必須であり、目的通りに原子・分子を積み上げてナノサイズの構造体を作る、これまでにない新しい技術の出現が強く望まれていた。すなわち、プログラムされたビルドアップ型ナノ構造の構築技術が必要であり、本研究領域ではこの目的のため、既存の概念に捉われない独創的かつ革新的な研究構想に基づく挑戦的な研究を支援してきた。
 この研究領域では非常に高い競争倍率の選考を経て、幅広い分野からバランスよく女性研究者6名を含む合計37名のトップクラスの研究者の課題が採択された。採択された研究課題は広い意味での材料科学をカバーし、各研究分野のバランスにも優れている。文部科学省や学会等の種々の賞を受賞し、その後内部昇進あるいは主要な研究機関に昇進移動していることからも、このプロジェクトの人選が適切であったことを示している 。
 3年半という短期間にかかわらず、いずれも精緻で高度なナノテクノロジー技術開発にかかわる極めて高い水準の科学技術的成果が挙がっている。学際的、融合的領域を牽引し産業応用の基礎を築く、まさにさきがけ研究に相応しい成果となっている。これは研究総括と先端的研究を強力に推進している12名の領域アドバイザーの識見、判断、指導等に依るものとも言える。運営方針として各研究者の自主独立性を重んじ、「研究説明会」、「研究拠点訪問」、「領域会議」、「個別相談」、「合同領域会議」などを通じて、研究者同士の切磋琢磨、研究総括や領域アドバイザーの適切なアドバイスなどによる連携も密接かつ効果的であったことは、得られた成果が世界最高水準の論文誌に数多く掲載されたことからも容易に窺い知ることができる。提案書の研究枠にとらわれず、また失敗を恐れず独創的なテーマに積極的にチャレンジし、ビッグな成果を目指すという、領域関係者が連携しての指導は、研究者に勇気を与え、自己組織化や自己集積化を中心とする研究において、実際に世界をリードする華々しい成果が多数生まれる結果となった。人材育成という観点からも優れた成果を残している。
 本研究領域のように、我が国が世界を牽引すべき分野を、国家が戦略的・長期的に取り組む必要がある分野として取り上げ実施したことは意義深い。また、新機軸のビルドアップ型サイエンスおよびテクノロジーを開拓することは、我国が高い技術を持つトップダウン型のナノ構造の構築の限界を打破しより厳密で精緻な構造を作り上げるには、「化学的手法を基盤とするビルドアップ型による構築法の確立が不可欠かつ急務である」とする社会的な要請にも応えるもので、結果として、日本からの情報発信としては非常に意義あるものとなっている。
 これらの成果のほとんどは産業応用までには10年あるいはそれ以上の時間を要するであろうが、ボトムアップ型ナノテクノロジーの根幹を成す重要な研究成果が多く、また大きな広がりも期待できる。いわば研究・開発の芽と研究者そのものを育てたこの領域研究をステップとして、深化と発展を経て、さらに斬新で画期的なブレークスルーが生まれることを期待する。

2.研究領域としての研究マネジメントの状況

2.1. 研究領域のねらいと研究課題の選考

 本研究領域は「プログラムされたビルドアップ型ナノ構造の構築と機能の探索」を目的とし、様々な原子や分子がもつオングストロームの構造情報および属性を利用することで、ナノあるいはそれ以上のスケールの構造を自在に構築できる萌芽的新手法の創出と、これに伴う機能制御や材料の創製を目指したものである。つまり「欲しい構造を欲しいタイミングで欲しい場所に積み上げて造ることを目指す挑戦的な研究」を推進することで、まさに今の社会的ニーズに合致した、新機軸のビルドアップ型サイエンスおよびテクノロジーを開拓し、トップダウン型のナノ構造の構築の限界を打開することが目的である。
 原子・分子レベルからのプログラムされた積み上げによってナノレベルの材料や構造を作り上げる技術を開発し、ナノサイズの組織体や空間の創製、並びにナノデバイス、ナノ触媒、及びナノリアクターに向けた機能を探索するという目的の下、提案書の研究枠にとらわれず、また失敗を恐れず独創的なテーマに積極的にチャレンジし、ビッグな成果を目指すという方針に沿って採択が行われた。まず、多くの応募を得るべく様々な手段により幅広く広報活動がなされており、良質の若手人材発掘の努力が行われたと思われる。これは、研究統括の見識、努力によるところが大きいと思われるが、同時に、本さきがけ研究プロジェクトの周知がかなり広範になってきていることを意味している。選考に当たっては、ナノ構造の構築プロセスの制御が系の特性に本質的な影響を及ぼすものを対象とし、ナノから実用的なプロセスまでを含む視野の広い研究と、多様性、萌芽性も重視してリスクが高いと思われる研究も敢えて採択することで、独創的な研究の推進が可能となるよう、十分考慮され、チャレンジングな研究課題が多数採択された。まさに、若手研究者の独創的な発想が極めて重要となる「さきがけ研究」の課題といえる。
 この目的の達成には幅広い研究領域のアプローチが不可欠であるため、結果として、無機系、有機系、バイオ系、高分子系およびそれらの複合分野から気鋭の研究者が適切な分野配分で採択されている。研究の多様性や広がりを意識した研究総括や領域アドバイザーの思想が反映されているが、無機系、有機系、バイオ系、高分子系の枠に収まらない学際分野の研究も多く、研究の多様性がきちんと選考、採択に活かされていることがわかる。また、さきがけではチームとしての相乗効果も期待されるが、実際に多くの研究者がその多様な視点故に、この領域での研究交流で多くのものを得ていると思われる。
 それぞれの分野で世界をリードする研究者であることに加えて、研究の評価・指導ができること、若手研究者の育成に長けているなどの観点から、延べ13名の著名な研究者が領域アドバイザーの責にあたり、分野間並びに男女間のバランスよい課題の採択に協力し、また採択後の研究者に対する適切なアドバイスや指導においても一定の役割を果たした。選考がより幅広い観点で行われるよう、領域アドバイザーとして科学技術評論家などの参画も効果的かもしれない。

2.2. 研究領域の運営の状況

 研究者に「提案書の枠にとらわれず、また失敗を恐れず、独創的なテーマに積極的にチャレンジできるよう」のびのびと研究してもらうという方針が示された。こうしたプロジェクト研究ではしばしば成果にとらわれるあまり、小さくまとまろうとする嫌いがあるため、このような研究領域の方針は重要である。研究者の独自性、独立性を促すためにも必要である。実際に本研究領域の目標に対して、優れた成果が多数得られたことは、研究総括のマネジメントが的確かつ効果的であったことを強く示している。
 注目すべきは、これがうまく機能する仕組みがあったことである。つまり新規採択者に対する「研究説明会」に加えて、研究アドバイザーも交えた年2回の領域会議や成果報告会、さらに研究総括が研究者一人一人を丁寧にフォローしその拠点訪問による進捗確認を行うなど、きめ細やかな指導が行われた。また、研究課題と研究環境の吟味に基づいた予算配分は柔軟(年度間の移動、必要に応じた増額)かつ有効であり、過不足ない効果的な予算執行により、真に研究者の研究支援と言える運営が行われた。アドバイザーの厳しい言葉は他では得られない有益なものであったとの研究者からの指摘もあるとおり、素直に他の研究者のアドバイスに耳を傾けて参考にするという研究者に必須の特性を伸ばすこととよきライバルとして互いに切磋琢磨することに貢献している。
 チーム内の他分野の研究者との共同研究や連携などのネットワーク構築を推奨し、互いの啓発を促したことは、将来採択者が研究を推進する上での大きな財産になったものと考えられる。この領域は、「ナノシステムと機能創発」領域と合同で領域会議を実施しており、相互の交流はナノサイエンスという共通語を通して、領域の枠を超えた互いの大きな飛躍につながる可能性を生み出したと言える。実際の共同研究などの成果については触れられていないが、提案時の設定枠にとらわれない研究、発展的な研究という意味でその成果を示すことも必要である。

3.研究成果について

3.1. 領域のねらいに対する達成状況

 ビルドアップ型のナノテクノロジーの構築を目標として、挑戦的な課題を採択してきた結果、5年間の事業期間を通して、ナノサイズの材料や構造を原子・分子レベルでの制御を基礎に造り上げる科学と技術にこれまでにない新しい考え方や手法を導入し、「欲しい構造を欲しいタイミングで欲しい場所に積み上げる」ための非常に挑戦的な研究が行われてきた。この領域が目標とするビルドアップ型ナノテクノロジーは従来からある程度進められてきたことであるが、将来を見据え、実用的な観点も加え、組織化や集積化に力点を置いて進めた点がいくつかの飛躍を生んだと言える。どの研究課題においてもレベルの高い、さきがけ研究にふさわしい斬新な成果が得られ、当初の目的以上の成果が得られたと判断できる。特に、原子・分子の操作や集積化などでは将来のナノテクノロジーに必須と思われる成果が得られている。多くの課題が他の分野にも影響を及ぼす技術を開発しており、また社会的、経済的な効果が近いうちに期待されるような成果も見られる。従来の科学的な興味に基づく研究を大きく踏み出すもので、こうした技術開発は我が国科学技術と産業の発展に資するものであるとともに、更なる科学的な興味に基づく研究の促進につながる相乗的効果を持つものである。従って、学問的重要性や研究成果に対する社会的評価も高いと予想される。尚、さらに将来を見据えた場合に必要な人材育成でも、この研究領域が成果を挙げたことはいうまでもない。
 新規採択者に対する「研究説明会」に加えて、研究アドバイザーも交えた年2回の領域会議や成果報告会、さらに研究総括が研究者一人一人を丁寧にフォローしその拠点訪問による進捗確認を行うなど、きめ細やかな指導が行われた。また、研究課題と研究環境の吟味に基づいた予算配分は柔軟(年度間の移動、必要に応じた増額)かつ有効であり、過不足ない効果的な予算執行により、真に研究者の研究支援と言える運営が行われた。

3.2. 科学技術上の進歩に資する成果、社会・経済・文化的な価値創出への期待

 37名の研究者から発表された研究論文や出版物は、基礎的なものが中心であるが、応用的なものも併せて400件を超える膨大な数に上る。論文雑誌のインパクトファクターではなく、論文そのもののインパクトが重要であるが、実際の研究成果の内容はたいへん多岐にわたる一方で斬新で興味深いものが多く、我が国の若手研究者の層の厚さと高度な研究レベルがうかがわれ、その波及効果はかなり大きなものになると予想される。実際、国際会議での招待講演の数が若手研究者によるプロジェクトとしては群を抜いていることも、得られた成果がサイエンスおよびテクノロジーの発展に非常に重要であると評価された結果である。研究者個人の情熱と努力のたまものであり、また失敗を恐れずチャレンジするように指導した研究総括の存在であり、我が国のサイエンスの世界における存在を高めている。
 これまで進めてきた研究の更なる発展を目指した研究がある一方で、さきがけではじめて挑戦した研究もあり、また実用化を目指す研究もあれば、まさに萌芽研究と呼ぶにふさわしい研究もあった。いずれの研究において最も重要視され評価されたのはその「アイデア」であろう。分子設計、材料設計の世界にあってもアイデアは最も創造的なものあるいは芸術に近いものであり、斬新で高度なアイデアは大きな学術的、文化的価値を生み、やがて社会、経済に貢献するものと考えられる。実際に、本領域のいくつかの萌芽的な研究にあっては、想像を超えるアイデアのレベルに感動すら覚えるものがあった。本研究領域で採用された研究者に代表される我が国研究者が持つ非常に繊細で緻密な想像力、アイデア力が、他に類例を見ない新しい研究を生んでいくものと期待される。
 化学的手法を基盤とするビルドアップ型による構築法の確立を急務とする社会的な要請に応えることは、本研究領域の重要な目的および意義の一つである。本領域で得られた数多くの成果は独創的、萌芽的、かつ波及効果の高いものであるが、いくつかの研究においては論文の他特許も出願されている。本研究領域の成果の大部分は、社会・経済・文化的な価値創出に直ちに貢献するような直接的なものには未だなっていない。文化的な価値創出という意味では、この中のいくつの仕事が、今後根源的な発見や仕事として、世界に認められ、残っていくか、そして文化になるかが、重要なポイントであろう。この領域の研究で生み出された斬新な研究成果が、今後の科学技術の進展に大いに役立つことが充分に期待できる。多様な分野の25件の特許出願があったのは特筆すべきことで、今後の社会的・経済的な価値創出に向けても大いに期待されるところである。

4.その他

 「さきがけ研究」は特定の領域を定めて幅広い分野から優秀な若手研究者を結集させ、集中的に課題に取り組んでもらうことでこれまで大きな成果を挙げてきた。この事実はさきがけの組織運営および取り組みが効果的に機能してきたことを示している。また、研究者間のネットワークが構築された意義も大きく、「さきがけ以後」の価値を約束するもののように思われる。
 従って、一つの取り組みとして日本と外国の若手研究者どうしの国際交流プロジェクトなどは、長年継続しうる外国人研究者との厚い信頼関係を築くのに重要ではないかと考える。最近は、日本の大学でも外国人ポスドクの数が増え、また日本で開催される国際会議も以前に比べると格段に増えたが、その一方、外国にポスドクに行く日本人が減っており、外国の文化に触れながら外国の科学技術に触れる機会が減っているように思われる。科学技術も人間の知的活動の一つであるから、ものの見方など、発想の根源となる思考がどのようなものか、どのような文化的背景および社会的背景からそのような発想や活動が生まれてきたのかを理解できる人材を育てることが本当の国際的な研究者の育成につながるのではないかと考える。最近の日本人若手研究者の研究成果は素晴らしく、これがもちろん第一に重要であるが、さらに日本の若手研究者の国際競争力の厚みを増すためには上述のような何らの若手同士の交流を意図したプロジェクトがあればと考える。
 3月に起こった東北大震災の状況を考えると、その復興に当たり、科学技術の果たす役割りが非常に重要な局面を迎えている。同時に、今後の日本の取るべき進路、危機管理等を考える際、新しい科学技術の創出は、ますます重要となっている。そのためにも、「さきがけ」研究のような、将来の日本の科学技術を背負って立つ人材を育て、その研究を推進させるプロジェクトが大きな意義をもってくると期待される。
 最後に、男女を分けるべきではないが、現在のような女性研究者の支援が叫ばれている折、このさきがけで採用された女性研究者6名が果たした役割も注目すべきであろう。また、研究期間が短いため、さきがけ研究がスタートしてからの成果をそれまでの評価と比較することが難しいという問題があった。

5.評価

(1) 研究領域としての研究マネジメントの状況
特に優れたマネジメントが行われた。

(2) 研究領域としての戦略目標の達成に資する成果の状況

(2-1) 研究領域のねらいに対する達成状況
特に優れた成果が得られた

(2-2) 科学技術上の進歩に資する成果、社会・経済・文化的な価値創出への期待
特に優れた成果または萌芽が認められた

(2-3) 戦略目標の達成に資する成果の状況
特に優れた成果が得られた

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