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CREST「ナノ科学を基盤とした革新的製造技術の創成」
研究領域中間評価報告書

1.総合所見

研究領域全体としての成果及び当該分野の進展への寄与の見通し
 研究総括の明確な運営方針とそれを支えるアドバイザー組織の力量とによって、研究は全体として順調に進展していると判断する。
 CRESTの本旨である「我が国の社会的、経済的ニーズの実現に向けた戦略目標に基づいて、インパクトの大きなイノベーションシーズを創出するためのチーム型研究」に相応しい領域設定がなされている。すなわち、ナノテクノロジーの本格的実用化を目指して、「ナノスケール科学」と「ナノ製造技術」の基盤を構築する、という本領域の意義は、研究総括が、研究終了時点で実用化のシナリオが確実に描けていること、という確固たる方針を示したことにより、実用化への期待を抱かせるものになっている。
 テーマ毎のこれまでの成果はそれぞれで差が見られるが、領域全体としては、ナノ材料、ナノデバイス、ナノ加工技術、ナノプロセス技術、計測・解析技術と、広い分野にわたり具体的な成果が上がっている。既にインパクトのある成果も出始めており、最終段階に向かって際立った成果がいくつか得られれば、ナノテクノロジー・ナノ材料分野の進展に大きく寄与するものと考えられる。

本研究領域の意義
 シリコンベースのエレクトロニクスでは、20年ほど前からナノオーダーの製造技術に突入しているので、本研究領域への大きな期待は、ナノ粒子やその他のナノ材料の実用化にある。それらの製造技術の確立は、21世紀社会の発展に貢献するものであり、本研究領域の意義は大きい。
 10年来のナノテクノロジーの重点化に伴い、これまで多くの国費投入と、研究者の情熱により、ナノ構造を制御したナノ科学に関する研究では目覚ましい成果が数多く蓄積されてきた。その実績を踏まえた現時点において、これらの成果を実用化という形で実りを結ばせるべく、実用化の可能性のあるテーマに柔軟な重み付けをして研究を推進している点も評価できる。

今後の研究推進への提言、等
 一口に実用化といっても、実験室での試行段階から実用化までには大きな隔たりがある。その隔たりを研究代表者にどう理解させるかが課題であるので、研究領域の2本柱のうち、「ナノスケール科学」への逃避が過度に行われないよう注意されたい。
 採択課題は、いずれも新規ナノ製造技術として有望であるが、材料、デバイス、あるいはシステム製造レベルにおいて、既存の他の競合技術に対する優位性の評価が必要である。とりわけ、第4期科学技術基本計画では、社会的課題の解決が大きな方針に掲げられているので、産業としての実用的見地から、材料、デバイスの製造コストおよび環境負荷にも配慮する必要がある。それには、欧米はもとより、技術革新の著しい韓国、台湾、中国等、アジア諸国の研究動向の調査とその動向分析が必要であるので、科学技術振興機構「研究開発戦略センター」などの調査報告などの精査を推奨する。

2.研究領域のねらいと研究課題の選考について

研究領域のねらい
 ナノテクノロジーの重要性が認識されて以来、既に10年以上が経過し、実用化への期待が強まる中、研究終了時点で実用化のシナリオ提示を前面に出して、新材料、高性能デバイスの創成とその高効率生産技術、ナノ加工、ナノ計測等を募集の対象にしたことは時宜を得たものと言える。
 有機エレクトロニクスデバイス製作の指導原理である自己組織化のように、ボトムアップ型技術に関する課題の採択も妥当である。解析・計測技術の高度化は、ナノテクノロジーの成果を実用化に近付ける重要な基盤であるので、本領域の課題に取り込んだのは慧眼である。

選考方針
 ナノ科学のしっかりした基盤を持ち、独創性に富み、しかも研究終了時には実用化などで社会還元できる課題を選ぶ、という立場を堅持して選考を進めたことは妥当である。
 ナノテクノロジー重点化の当初、その特徴的な構造と物性により注目されたナノ材料、ナノ粒子の実用化へのステップは必ずしも順調とは言えないために、これら新規物質の医療分野への展開を図る課題を多く採択した事も注目に値する。
 ナノ領域の特性を活かした当該分野の取り組みに関しては、現在の臨床医学研究の限界点をよく理解して、その壁を突破するべく、斬新かつ独創的なアイディアに基づいて、果敢な目標設定(安全・安心なベクターや抗体酵素、ナノ粒子ワクチンの開発、臓器再生など)が成されている。

領域アドバイザーの構成
 半導体製造技術、医用機器およびナノバイオデバイス開発の専門家群、炭素系材料学、薬物生理学、高分子化学、生命工学、表面科学を専門とする科学者群、ならびにナノ加工の専門家からなる構成は、医療関係を除けば領域の推進に最適かつ極めて強力である。
 領域アドバイザーの構成という点では、医療を出口とするナノバイオ系の研究課題が多いにも拘わらず医学系の領域アドバイザーが入っていない点が懸念される。薬学系の領域アドバイザーはいるが,一般的に薬学と医学では臨床応用研究に対する科学的な見方は大きく異なるので、医学系の領域アドバイザーの参画が望まれる。

採択課題の構成
 全16課題を採択している。重複を許して、分野ごとの数字を見ると以下の通りとなっている。
 ナノバイオ系:6課題、ナノ加工技術:5課題、ナノデバイス:4課題、新材料:5課題、ナノ計測:2課題。全体として良いバランスといえるが、ナノ計測への取り組みは若干弱い、との印象をもつ。
 独創的で特徴ある研究が採択されており、国内の有力な研究者が恵まれた環境の中で研究を推進している。概ねすべての採択課題において世界的レベルの研究が進められている。どのテーマも論文発表など、1年経過後に研究実績が増加しており成果が着実に上がっていると考えられる。代表的成果を見る限り、論文発表の件数だけではなく、権威ある論文誌、国際会議での発表があり、受賞件数も多く、質の高い研究として評価されていることが客観的に判断される。

3.研究領域のマネジメントについて

研究領域運営の方針
 実用化を見据えたナノ製造技術達成という目的に対応するために、幅広い研究分野をカバーする強力なアドバイザー組織を構成している。その意見を参考にして総括がトップダウンの判断を下す、という方針は妥当である。各研究代表者への助言、指導は熱心に行われている。
 アドバイザー組織による中間評価は厳正かつ的確に行われており、領域運営に効果的な指針を与えている。

研究進捗状況の把握と評価
 CRESTとさきがけの両総括がアドバイザーとして相互乗り入れをして指導に当たった効果はあったと思われる。研究総括は、チーム毎に2回/年程度研究会に参加し、集中的なアドバイス、進捗状況の把握、確認をするなどのきめ細かい努力をしている。また、全16チームをナノバイオ、ナノエレクトロニクス、ナノ粒子・加工・計測の3グループに分け、年1回のグループ会議の開催による情報交換・議論の場を持ってきた効果も一定の役割を果たしてきたと言えよう。
 ナノ科学の実用化への取り組みを検討することに関して、後半の研究においては、これまでの成果をまとめる意味でも、各グループが向かうべき方向と研究内容が一致しているかを見極めることが重要である。各グループの中間評価に基づく今後の取り組みを注視したい。

課題間の連携の推進
 課題間の連携が緊密に図られている様子は中間評価資料からは見受けられない。この領域は対象となる科学および技術分野が広範囲に亘るので、課題間の連携のあり方についての根本的、かつ真摯な検討が必要である。
 採択課題個々の独創性の観点から、連携のための過度の努力をすることは妥当でない、との意見もあるが、一方で、異分野の知恵を糾合することにより思いがけない発見や啓発がありうるので、各チームが抱える問題点などを持ち寄り、専門性の有無を問わない忌憚のない意見交換の場を作ることが推奨される。
 日本で立ち後れが目立つ医工連携に関して、協働の必要性を例示しよう。医療分野への応用と、エレクトロニクス分野での応用とでは、同じナノ材料を用いても、実用化に向けた取り組み、プロセスが全く違ってくる可能性がある。整合を取る必要性が必ずしもある訳ではないが、両分野合同の研究会を持ち交流を深める事により、医療エレクトロニクスの新たな展開、思いがけない進展を期待できると思われる。その実績は、第4期科学技術基本計画の柱であるライフイノベーションを先導する役割を担うことになるであろう。
 また、ナノ計測は、両分野を支える重要な技術であるので、両分野の合同研究会に参画するなどして、橋渡し的役割を果たすことを期待したい。

研究費の配分
 客観性のある研究評価に基づいて研究費を配分し、その後の研究進捗状況に応じて研究費の効果的再配分を行っている。研究総括のリーダーシップが随所にみられ、全般的に見て効果的なマネジメントが行われている。
 研究期間の終盤に向けて、医療分野への応用に見られるような、ナノテクノロジーならではの大きな成果が期待できる課題への資源の重点的投入も、必要に応じて考慮すべきである。

4.研究進捗状況について

①研究領域のねらいに対する成果の達成状況
 本領域では、ナノバイオ、ナノエレクトロニクス、ナノ粒子・加工・計測の3分野において、実験室での試行段階から高速・大規模化への進展を目指しているが、対応する科学、技術分野が広いにもかかわらず、アドバイザー組織が厳正な評価と助言を行っている。例えば、有機半導体技術について、界面状態の理解と制御が重要であること、その共通技術を軸とする3研究分野の連携の重要性を指摘するなど、その助言は的確である。このため、当該領域の趣旨である実用的見地から我が国の国際競争力向上に資する独創的技術の芽が多く生み出されているので、全体として今後の展開が期待できる。
 ナノバイオ分野に関しては、本研究領域の筆頭研究となる片岡チームの成果が、大編成チームとして論文出版が多く、開発されたナノデバイスの安全性調査を動物レベルで確認するまでに至っている点が高く評価される。明石グループの研究は何らかの形でガンワクチンの開発に寄与すると期待される。
 ナノエレクトロニクス分野では、塚越グループの成果が代表的である。プラスチック基板上に溶液を分散するだけでトランジスタ(有機トランジスタ)を作れるという現実性と、ナノスケール厚の電荷トラップの存在が高抵抗障壁として働くことの実験的解明という学術的成果と併せて、次世代のプラスチックエレクトロニクスの基盤を構築した貴重な成果と言える。
 ナノ計測・解析分野では、桑畑チームの、イオン液体噴霧による真空中での生体試料観察は、ナノバイオ、分子技術、有機エレクトロニクス分野の研究に大いに寄与すると期待される。これは、イオン液体の利用によって生物を生きたままSEM観察することに成功した下村チームの成果と併せて、生物学にも今後大きなインパクトを与える成果といえよう。

②科学技術の進歩に資する成果や社会的及び経済的な効果・効用に資する成果、及び今後の見通し
 ナノテクノロジー・ナノ材料の医療分野への応用・実用化は、エレクトロニクスへの実用化に比べ、時間的には許認可の問題もあり簡単ではないが、研究段階から応用段階への距離感が近く、片岡チームや明石チームの様に、成功すればその成果が大きな社会的インパクトを与える事が期待できる。
 本領域のいずれの研究課題も産業化に結び付く基盤技術となる可能性があると評価できるが、一方で製造技術という観点からは、コスト、生産性、環境負荷、大量生産に結び付く製造装置開発の可能性など、まだ不透明な部分が多い。特にナノバイオ分野は、世界的に見ても産業化の道筋が不明瞭であるため、現時点での評価は難しい。
 単電子トランジスタの研究は、総括の当初の判断通り、本領域のスコープである“高効率製造、製造技術の革新”としては時期尚早と思われる。今後、アドバイザー組織との意見整合を図りつつ、進展を見守る必要がある。
 CNTに関しては、デバイス化を謳うのであれば、界面活性剤を用いたカイラリティー制御に現実的な意味があるかどうかを専門分野の研究者と仔細に検討し、具体的問題点を洗い出して、方向性の修正等を早めに行う必要がある。日本のグラフェン研究も、応用展開における欧米の進展に比較して水をあけられている状況であるので、関連グループの一層の奮起を期待する。

③懸案事項・問題点、等
 既述のように、医療分野への展開を図る課題が多いにも拘わらず、アドバイザー組織における医療関係者が手薄であることに留意して、安全・安心に直結するという観点から、ナノバイオ分野の問題点を医学者の指摘に基づいて列挙する。
 片岡チームのこれまでの実績は素晴らしい。本研究で開発するベクター・DDSでは、もし、本研究で開発中のベクターに核内到達をめざすものが含まれているのであれば、安全性の確保にはなお十分に注意されたい。再生医療で臓器創製を狙う小寺チームの場合、三次元的構造の構築が最難関だと考えられるが、現在のところ、このチームは「人工膵臓をどのように構築するのか、三次元的構造の構築を如何に成し遂げるのか」という具体的な戦略を示していないように思われる。
 最近、固形癌に対する抗がん剤の効果には数々の疑問が出されている(腫瘍縮小効果は得られるが、延命効果が殆ど無い、など)ため、明石チームが目指す腫瘍免疫を賦活する免疫療法には大きな期待が寄せられる。臨床試験に出資する製薬企業を獲得するためにも、早期に良い結果を出されることを期待する。
 宇田チームの業績が社会的に早く認知されるためには、ヒトに対する有効性を実証する必要がある。その為には、患者数も少なく、薬剤が血液脳関門を突破しなければならないという難題を含んでいる狂犬病を第一目標とせず、薬剤の病巣到達が容易である疾病を対象とする方がよいのではないか、と思われる。

5.その他

 2011年3月11日に発生した東日本大震災は、日本の経済、社会システムに甚大な損害を与え、同時に日本の科学技術全般に対して国内外の不信感を抱かせるに至った。従来からのジャパンシンドロームと呼ばれる数多くの課題と併せて、現在日本が抱える社会的課題の解決には、国費を使えるという特権的立場にある人々が率先して取り組むべきである。とりわけ、本領域のように、国内でも抜きんでて恵まれた環境の中で研究を推進している有力な研究者集団には、より一層の社会的使命感を期待したい。
 文理融合も含めて、距離の遠いグループ間の連携が予期しない成果を生むことがあり得るので、社会的使命感を共有する連携への取り組みを強化して欲しい。

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