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CREST「代謝調節機構解析に基づく細胞機能制御基盤技術」
研究領域中間評価報告書

1.総合所見

 本領域は、細胞内の代謝を統合的網羅的に解析して、細胞の恒常性維持機構を解明し、細胞機能の改変や恒常性の乱れの回復といった、細胞機能制御のための基盤的技術を創出することを目指している。これにより、ポストゲノム時代におけるメタボローム解析を世界に先駆けて推進することができ、ライフサイエンス分野全体の発展に貢献するだけではなく、糖尿病に代表される代謝性疾患の理解や治療、農畜産物の効率的生産など、大きな社会貢献が期待され、本領域の持つ意義は大きい。
 研究領域全体として、達成目標に沿った形で研究課題が選ばれており、個々の研究課題の中には、メタボローム解析の遅れ、グループ内の連携の希薄さ、論文発表の物足りなさなどが見られるものもあるが、ほとんどの課題でメタボローム解析が進展するなど、当初の研究目標に向かって概ね順調に成果が出てきていると思われる。メタボロームという概念が定着していなかった状況から、大きくこの分野を発展させた意義は非常に大きい。また、複数の研究代表者が研究期間中に国内外の大きな賞を受けるなど、社会的にも高い評価を受けている。このように、本研究領域の進展により、これまでの日本が誇る代謝研究の優位性を保持することができるばかりでなく、メタボロームという新しい研究分野を先導的に開拓していくことができており、今後、このまま順調に成果の創出が続けば、生命科学研究の進展に果たす貢献は高いと思われる。
 今後の研究推進への提言としては、達成目標にある、細胞制御のための基盤技術の創出に向け、最大限の努力をして欲しい。実用可能なバイオマーカー候補の同定が進むなど、予想を越える成果も生まれているが、細胞機能モデリングや機能制御技術の開発が遅れていると言わざるを得ない。データベースの利用による細胞機能変化予測、代謝経路を特異的に制御する化合物設計、新規機能付与細胞作製技術、疾患特異的代謝マーカーの開発、疾患原因の究明と治療技術、農作物の生産性向上につながる技術など、社会の要請に応えるための新しい技術革新に向けた特段の配慮が必要と思われる。
 本領域では「細胞内」の代謝が統一性を持った解析単位となっている。一方、出口としては健康維持・病気回復や、農畜産物の生産性向上など、最終的に個体の恒常性が対象になっている。代謝を、細胞の代謝と個体(細胞間)の代謝に分けてみる試みがあれば、新しい局面が見えてくるのではないか。もちろん細胞の代謝と異なり、個体の代謝では、単に個々のメタボライトの時間的・空間的測定をすればよいわけではなく、何らかの新しい方法論が必要であろう。

2.研究領域のねらいと研究課題の選考について

 研究領域が掲げている達成目標は、世界に先駆けたメタボローム解析の基盤作りと、それに基づく医学、農学等への応用技術開発であり、専門分野ならびに社会の要請に合致している。従来あまり着目されてこなかった「代謝」に注目し、発展させてきた功績は高く評価できる。
 選考方針として、従来型の代謝研究、つまり、特定の代謝産物・代謝経路にターゲットを絞った個別研究ではなく、複雑に絡み合って起こる代謝現象を系統的に解析し、細胞全体の機能解明、機能制御へ展開できる課題を選ぶことが提案されており、研究領域のねらいに沿うものとなっている。具体的には、生化学、細胞生物学、ゲノム科学、バイオインフォマティクスなどの異なる研究者の共同によるチーム型研究と個人の独創的な研究を織り交ぜて選考することが考慮されており、適切と思われる。
 領域アドバイザーは、幅広い分野の専門家からバランス良く構成されており全く問題ない。
 採択課題の構成は概ね適切であるが、一方、委員からコメントとして3点が挙げられた。
(1)データベース化に基づく機能変化予測が達成目標に掲げられているので、in silico 解析ができる研究者をもっと入れるとよかったかもしれない。
(2)日本の技術的優位性が期待できるという前提があり、脂質代謝の課題が多いのは理解するが、代謝から細胞制御を見る重要な鍵であるアミノ酸代謝の課題がもっとあっても良かったのではないか。
(3)農学系への応用を期待させる課題が少ないように思う。ただし,農畜産業への応用で生産性増大を目標にしようとすると、細胞内代謝との距離がありすぎて「代謝」研究の必然性が見えなくなる点はある。

3.研究領域のマネジメントについて

 本研究領域が発足した当初は、メタボローム解析に関する基盤的技術開発が遅れていたこともあり、採択された課題の中で、精力的なメタボローム解析が採択時に推進できたグループは少なかったように見うけられるが、領域総括のリーダーシップにより、メタボローム解析を取り入れた研究を展開することを各研究代表者に強く要求してきており、高く評価できる。
 研究進捗状況の把握と評価のため、可能な限りサイトビジットが実施されており、その成果が現れていると思われる。研究総括の変更など予想外の事態も起きた状況の中で、目的に沿った研究の展開が行なわれている。
 課題間の連携については、質量分析等、微量低分子の網羅的分析技術をひとつの出発点として、その優位性を他の研究課題で取り入れ、課題間の連携でメタボローム解析を推進するよう、研究総括等から盛んに助言が行われ、また、領域主催の公開シンポジムを開催するなど、研究者間の情報交換に努めている。ただし、1つの課題内での連携はかなり見られるが、課題間の連携が少ない様に感じられる。メタボロームが生命科学の新しいパラダイムとして本研究領域から広まっていくためにも、領域内課題間で少しでも多く連携が有機的に成功することが望ましい。
 研究費の配分は適切に配慮されており、大きな問題は無いと思われる。
 今後の取り組みとして、メタボローム解析の世界的優位性を確固たるものにすべく、一層の努力を続けるとともに、メタボローム解析の有用性を示す成果を積み重ねることが留意されており、正しい方向性であると思われる。一部、従来の研究の延長にある課題もあるので、代謝の視点を改めて確認し、技術開発等を介した産業への応用性を目指したい。
 研究領域のマネジメント上の懸念事項として、一時期領域アドバイザーであった研究者が、領域アドバイザーを辞めた後で研究代表者に採択されていることが挙げられる。領域アドバイザーは課題選考に関わっており、選考のポイントを熟知する立場にある。公平な選考が保障されなければならないという点で、CREST全体に関わることでもあり、JSTは基本的な考え方を整理し、周知する必要性を感じる。

4.研究進捗状況について

①研究領域の達成目標に掲げられている第一の項目である、特定の細胞状態を規定する選択的代謝産物群を同定し、異なる細胞状態を選別する技術の開発に関しては、各研究課題が当初の研究計画に沿う形で成果を挙げてきており、達成状況は高いと思われる。一方、第二の項目として挙げられている、得られたデータに基づく細胞機能モデリングや機能変化予測、制御化合物設計技術の開発、新規機能付与細胞作製技術の開発などは、全体的に見ると達成度が低いと思われる。課題によっては、特定の分子に焦点を絞りすぎていると思われるものがある。

②ポストゲノム時代の科学技術の進歩を考えた場合、ゲノミクス、プロテオミクスを基盤としたメタボローム研究を発展させる意義は大きく、代謝研究における日本の優位性を保持しつつ、さらに新たなイノベーションが得られる可能性があり、本研究領域によって得られつつある成果は、生命科学の進歩に対する貢献は極めて高いと思われる。代謝が関わる疾患は数多くあり、また、農畜産物産生の効率向上が求められるなど、代謝調節研究に対する社会的な要請は高く、得られた成果が将来的に社会経済に資する可能性が高い。従って、今後、特定の代謝経路を特異的に制御する化合物の設計など、精力的に推進する必要がある。

③懸案事項として、先ず、課題内、課題間の連携が挙げられる。積極的な共同研究を推進している課題も見られるが、かなり独立した個別的研究として進めている課題も多くあり、本研究領域をさらに発展させるために、課題内はもちろんのこと、課題間での共同研究をさらに精力的に進める必要がある。また、当初の戦略目標の1つである、測定データに基づく細胞モデリングと機能変化予測、代謝制御化合物の予測と設計、新機能付与細胞作製など、メタボローム研究をより高次のレベルへ展開するための努力が必須である。問題点として、成果公表の重要な指標となる論文発表の不十分なグループが散見されることが挙げられ、領域全体として研究成果の論文化をさらに進めるべきである。

5.その他

 特になし。

6.評価

(1) 研究領域としての戦略目標の達成に向けた状況

(1-1) 研究領域のねらいに対する研究成果の達成状況
十分な成果が得られつつある。

(1-2) 科学技術の進歩に資する成果や、社会的及び経済的な効果・効用に資する研究成果、及び今後の見通し
成果は得られつつある。

(2) 研究領域としての研究マネジメントの状況
十分なマネジメントが行われている。

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