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研究領域「糖鎖の生物機能の解明と利用技術」
事後評価

1.総合所見

 本研究領域では、1)細胞内および細胞間ネットワークの情報伝達系可視化、超微量解析技術の開発、2)機能分子及び情報伝達分子の特定と機能修飾の解析、3)生体膜構造と情報伝達の関連解析、4)脳神経等における機能分子、形態形成・分化関連分子の機能修飾及び輸送・動態の解析 を達成目標として掲げている。これは、ヒト遺伝子解読プロジェクト、タンパク質の構造解析プロジェクトに続く、糖鎖を基盤とする翻訳後修飾解明研究に関連する重要なものである。第三の生命鎖といわれる糖鎖の生物学的意義付けは、ここに来てようやく具体的になってきたという印象が強い。その物性の難しさから糖鎖研究はこれまで多くの壁を乗り越えなければならなかった。本研究領域はそれを突破する数多くの成功例を示しており、今後この分野の研究の大きなうねりを引き起こすきっかけを作ったと評価できる。また、がんやウイルス感染症に加えて糖尿病や糖鎖遺伝子疾患などでも顕著な成果があり、診断薬または医薬品として近い将来臨床応用が期待される。
 いくつかの具体的成果を挙げると、膵臓がんマーカーの発見とその診断への応用、先天性GPIアンカー欠損症の原因解明とその治療法の開発、難聴とGM3糖鎖欠損の関係など、特筆すべき成果が得られている。さらに、開発された糖鎖超微量解析技術や可視化技術は、糖鎖研究に貢献するばかりでなく、疾患の診断に応用できる可能性を秘めている。本研究領域のもたらした数多くの知見は、今後糖鎖研究と異分野や周辺分野との融合研究を一層促進する「核」となり、生命現象の謎の解明に大いに寄与するであろう。
 研究総括のリーダーシップを含めた領域運営については、高い評価を与えたい。本研究領域に参画した研究者から大学や公立研究機関で研究リーダー等として活躍している人材が数多く輩出しており、今後の研究の発展に必要不可欠な人材育成という重要な面でも、本領域は大きな成果を挙げた。さらに彼等が成した多くの「芽」を含んだ研究が展開していけば、高い学術性をもちインパクトのある成果が得られ、社会的な貢献は計り知れないものとなることが期待される。
 総じて本研究領域の目標設定はきわめて高いものであったが、期待以上の成果を生み出したプロジェクトと総括したい。タンパク質や脂質への糖鎖修飾は、ポストゲノム研究の重要な領域であり、現在熾烈な国際競争が行われている。本領域で得られた生命科学における国際的な優位性の一層の展開を計るため継続的な支援が強く求められる。

2.研究領域のねらいと研究課題の選考

 研究のねらいについて触れると、タンパク質の約50%が糖鎖修飾を受けている事実に鑑みて、本研究領域はポストゲノム時代における重要な研究課題の一つと考えられる。また、近年開発された分子標的治療薬の大部分は受容体型チロシンキナーゼや血管増殖因子などタンパク質を標的としたものであり、糖鎖自体をターゲットとする薬剤で現在実用化されているのは抗インフルエンザ薬のみである。従って、糖鎖をターゲットとする分子標的治療薬を開発するためには、糖鎖の機能を一つでも多く明らかにすることが必須であり、このような意味からも本研究の実施はまさにタイムリーであった。
 研究総括は、こうした背景と世界の研究動向に対する先見性を発揮し、「糖鎖」の機能発現のメカニズムとその利用技術にねらいを焦点化した。そこで、糖鎖の動態や機能の基礎的な研究の進展、および新規医薬品等の開発につながる糖鎖の機能解析を推進することを基本方針としたことは高く評価される。目標達成のために、「糖鎖」というキーワードを軸に、他分野では成し得ない新機軸を見出しうる提案と研究者の選考が意図されたと思われる。その選考のために領域アドバイザーは、国際的な糖鎖研究者や周辺領域の研究者のみならず、成果の社会還元という観点から企業研究者も加えたバランスのとれたものであった。特に、選考にあたって利害関係にある委員は選考に参加せず、という宣言をしたことは、課題選定における透明性・公平性を明示したものと評価される。こうした方針のもと、糖鎖生物学のみならず、合成化学、生化学、構造生物学、医学生理学などを基盤とし、がん、感染、免疫、脳神経と他領域との融合的な研究、計16課題が採択された。
 採択課題の構成は概ね適切なバランスをとったと考えるが、癌関連に比べてウイルス感染症関連の研究課題が少ないので、可能ならこの分野の研究課題をもう少し採択してもよかったように思える。また、戦略目標にあるように、本研究領域が新たな医薬品開発の実現を将来の展開可能性として見据えていることから、もう少し創薬を専門とする研究者の参加があってもよかったかもしれない。

3.研究領域のマネジメント

 研究総括は、領域アドバイザーの協力のもと豊富な経験と知識を生かし、世界の研究動向に柔軟に対応したマネジメントを実践した。各チーム(課題)およびチームを構成する各グループに対して研究の進捗状況や問題点を的確に把握し、領域の運営に努力した。具体的には、研究代表者の研究現場への訪問と協議、チーム会議への出席と討議、領域の全体会議(非公開)の開催、などを通して領域全体や各課題の問題点を把握し、諸問題の速やかな解決に努めた。また、領域内の交流や各課題間の連携の推進などに加えて、日本糖鎖科学コンソーシアムシンポジウムや日米会議開催の中心的役割を果たすなど、領域外との研究交流も積極的に推進した。とくに、5回の日本糖鎖科学コンソーシアムシンポジウムでの発表を通じて、他の競争的資金による糖鎖研究者との交流を積極的に行ったことは、我が国における糖鎖研究全体の発展のための機動力となっている。
 こうした細部にわたる領域の把握のもとに、研究進捗状況を勘案して研究費の配分が行われた。飛躍的な発展を期待できる課題には応分の研究費を、論文発表を怠っている研究者には減額を、というメリハリの効いた研究費の配分を実施し、費用対効果を盤石なものにするよう努めた。さらに具体的には、寄与の低い分担研究者への注意、成果発表への督促など、厳しい対応で望む姿勢も見せたことに、研究領域を育て上げようという研究総括の気概を感じる。
 今後への提言になるが、このような研究領域では、化学系と生物系という大きく違う研究分野間での連携等を更に活発化させる必要がある。化学系研究者が数多く参加しているが、化合物を供給するだけでなく、生物学的に意義あるものを化学者側からプロジェクト全体に提案できるような環境作りは有意義と思える。

4.研究成果

 設定した研究領域のねらいに対して期待以上の成果が得られたと評価したい。二つの大きな柱が設定され、(1)糖鎖の動態や生物機能の基礎的な研究の進展、(2)糖鎖機能を利用して、がんやウイルス感染症に対する医薬品開発のための基盤技術の確立、を目指した。これら2本の柱は統一性を持って実践された。本研究で得られた成果は、生命現象の理解を深め、基礎生物学、医学生物学を含めたライフサイエンスの幅広い分野における新たな知見を生み出した。さらに、糖鎖の超微量解析技術や分子クラスターの可視化技術(EMARS法)は、糖鎖の生物機能の解明に資するばかりでなく、疾患の診断や治療に応用できる可能性を秘めている。一連の成果は、Nature誌やCell誌などのトップジャーナルも含めて737篇の論文として発表され、独創性と創造性に富む高いレベルの研究成果が多数得られている。
 例えば、木下らのGPIアンカーの新たな代謝経路や輸送経路の発見は、細胞生物学分野に大きなインパクトを与え世界の最先端をリードする研究である。加えて、GPIアンカーの係る遺伝病(先天性GPIアンカー欠損症)とその治療法も発見し、その重要度は一層高い。さらには、伊藤らによる小胞体でのタンパク質品質管理機能の証明、すなわち合成が困難なハイマンノース型糖鎖の精密合成とシャペロンとの相互作用の解析、本家らによる標的分子の近接分子の可視化法(EMARS法)の開発、井ノ口らによるGM3合成酵素の聴覚機能への関与 なども基礎研究の発展の観点から特筆すべき成果である。これら成果は、欧米追従型ではなく、各研究者らが高いオリジナリティーをもって見出したものといえる。
 一方、国民の関心が高いがんやウイルス感染(特にインフルエンザウイルス感染)に加えて、糖尿病など生活習慣病の診断・治療につながる発見など、新たな糖鎖の機能が次々と明らかになった。特に、早期発見が困難である膵臓がんについて、糖鎖に立脚した診断マーカー(フコシル化ハプトグロビン)が三善らにより見いだされた。この課題の成果は、JSTが別途実施している実用化に向けた社会還元を促進する提案に採択され、基礎研究から実用化に向けた利用技術へという研究支援戦略の有効性を示す好例であった。
 以上、本研究領域は、糖鎖生物学を中心にケミカルバイオロジー、構造生物学などを取り込み、がん、感染、免疫、脳神経など他領域との融合的な研究を推進した戦略が功を奏したCRESTといえる。がんやウイルス感染症などの克服は、依然として人類の悲願である。本領域で得られた多くの「芽」は今後順調に研究が展開していけば、その果たす社会的な貢献や経済的な効果は計り知れないものとなろう。


5.その他

 糖鎖研究のプロジェクトは、1990年頃より始まり、特に1995年頃より質量分析装置や核磁気共鳴装置、放射光などの施設の充実によって、糖鎖構造や糖タンパク質の構造解析が高感度でできるようになり、いまや僅かな量でも構造解析ができるようになってきた。ようやく、糖鎖を分子レベルで理解するための基盤が整ってきたといえる。
 しかし、まだ糖鎖の基礎研究は困難を極めており、例えば、糖鎖構造と抗体活性との関連付けという点では社会のニーズに答えきれていないことも現実である。糖鎖機能を十分理解しないまま、不均一な糖鎖をもつ糖タンパク質のジェネリック医薬品が増えることも危惧される。将来、安心して利用できる糖タンパク質製剤を得るためにも、本領域のような基礎研究を充実させていく必要がある。
 ところで、我が国は歴史的に優れた糖鎖研究が行われて世界の糖鎖研究を牽引してきたが、特定領域研究が2006年に終わり本研究領域も終了した今、せっかく育った若手研究者の活躍の場が急速に狭まってきた現状がある。他方で、糖鎖が今後益々その重要性を認識されるのは火を見るより明らかであり、それだけにその認識機構の解明、新たな機能の発見、解析技術の発達など多くの解決すべき課題がある。糖鎖研究がポストゲノム時代の生命科学研究の重要な旗頭のひとつであることを認識し、国家と研究者それぞれの立場から、今後の新たな戦略の展開を是非とも期待したい。
 ちなみに、アメリカは、次の大型後継プロジェクトをすでに開始している。本領域の研究が更に生かされることを節に希望する。そのためには、研究総括も評価資料の中で述べているように、より多くの人に糖鎖の重要性を理解してもらうための活動が必要であろう。


6.評価

(1) 研究領域としての戦略目標の達成に資する成果

(1-1) 研究領域としてのねらいに対する成果の達成度
特に優れた成果が得られた。

(1-2) 科学技術の進歩に資する研究成果
特に優れた成果が得られた。

(1-3) 社会的及び経済的な効果・効用に資する研究成果
特に優れた成果が得られた。

(1-4) 戦略目標の達成に資する成果
特に優れた成果が得られた。

(2) 研究領域としての研究マネジメントの状況
特に優れたマネジメントが行われた。

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