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研究領域「先進的統合センシング技術」
中間評価

1.総合所見

 センシング技術は、21世紀の情報通信技術として、最もイノベーションを創起する可能性を有するものであり、しかもその技術を国民の安全・安心な社会を実現するために資することを目指す本研究領域の意義は大きい。また、現行の第3期科学技術基本計画において、重点領域にされているライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料の4分野を縦糸にするならば、安全・安心は横糸である。両者が織りなす先進的なセンシング技術ウィービングが将来社会において特に重要となる、という強い認識のもとで本研究領域が推進されていることの意義も大きい。
 本研究領域は、具体的には、社会の安全・安心を脅かす危険や脅威を早期に検知するための統合センシング技術の研究開発に取り組んでいる。原理・技術指向型から目標・目的指向型への転換を図かりつつ、基礎的研究だけでなく、社会的ニーズと技術シーズのマッチングを図っている。研究総括の卓越したリーダーシップ、アドバイザリー委員の積極的な参画により、全体として本研究領域の当初のねらいを具現化する多くの成果が得られていることは高く評価できる。その結果、個別のセンシング技術の進展に寄与するとともに、広い意味での安全・安心科学技術、さらには関連研究分野全体の今後の発展への貢献が認められる。
 従来、センシング技術は計測原理と対象の違いによって個別事例的に取り組まれてきた感がある。本研究領域遂行上の特徴は、このようなセンシング技術を、社会の安全・安心を脅かす危険や脅威の早期検知の観点から一つの学術・技術領域として構築していくことを強く打ち出したところにある。当該分野の研究者にそのような方向性への意識改革を促した意義も大きい。
 今後の本研究領域における研究推進に対する助言として以下の5点を挙げたい。

①センシング技術により安全・安心な社会を実現するための研究開発としては、本研究領域で取り上げたもの以外にも、多様な対象分野・アプローチ・研究フェーズがあり得ると思われる。15研究課題が揃った現段階において、それらの全体的な技術マップを描き、俯瞰することが望ましい。そこに本研究領域の対象範囲、各研究課題が扱っている範囲を明確に位置づけて、本研究領域の占める位置を明確にすることが重要である。特に、そのような精査が、本研究領域の意義の明確化、当該分野のさらなる進展、また、当該分野における新たな研究領域設定等にも大きく貢献するものと考える。

②本研究領域の要素技術のなかで、単なる個別のモノづくりの成果ではなく、「共通基盤技術開発」をはじめとして科学技術の進歩に資する大きなブレークスルーを生むコア技術がどれだけ得られているかを精査することが重要である。これを従来技術とも比較して明確化することが肝要である。それぞれのコア技術の既存技術に対する優位性を明確にすることにより、他へ関連分野への展開性が高まることが期待できる。

③15研究課題のなかには類似の基盤技術や共通した利用シーンが想定される研究チームもあり、これらのチーム間の連携がなされれば、領域全体の連携強化が図られ、真の意味の統合センシング技術の創出が期待される。ただし、その連携に当たっては、無理に研究課題間の連携を図るという安易な方向に走ることは避けなければならない。本研究領域がモットーとする社会のニーズやユーザーの要望などを考慮したうえで、イノベーション創出の可能性を十分に検討した有効な連携が図られることが望まれる。

④センシング技術がさらに進展するうえで、プライバシマネジメントが今後ますます重要になってくる。このような研究については、例えば、内閣府主導の連携施策群プロジェクトの一環として、京都大学の美濃導彦教授をリーダーとした「センシングウェブとプライバシマネジメント」に関する研究が、平成19年度から平成21年度の3年間にわたり推進された。これらの研究グループとも連携をとりながら、プライバシマネジメントに関して大きな研究展開が図られることを期待する。

⑤本研究領域の特徴である社会実装を、単に研究の出口としてだけではなく、むしろ研究のプロセスとして捉えて、それを研究そのものにフィードバックしていくことも重要である。その方法論の体系化も今後の研究推進の過程に含めていくことを望みたい。また、今後は、実証実験によって大きな社会的インパクトが期待できる研究課題については、社会実装による研究成果の社会還元に向けた重点的な支援も必要となると考えられる。一方で、研究に参加している実用化および社会実装を担当している企業からの特許出願がもっとなされるべきと思われる。さらに、本研究領域で得られている知見を社会実装するには、その知見を人間が実際に受け入れ、行動に移すことが肝要である。そのためには行動変容学まで含めた取り組みが必要と思われる。

2.研究領域のねらいと研究課題の選考

 本研究領域のねらいは、上記の「総合所見」で記したように社会的な要請や開発されつつある最先端技術動向を見据えた内容であり、適切であると判断する。また、このような研究開発において、社会のニーズと技術シーズのマッチングを図るために、「ニーズをもつ人・組織」、「シーズをもつ人・組織」、「システムを開発できる人・組織」の緊密な連携を重視するというねらいも高く評価できる。
 研究課題の選考において、研究領域のねらいを具体化するために、「社会のニーズに対応し、実際に社会で役立つセンシング分野で現実的な安全・安心システムへの展開を志向する提案を募る」という基本方針が設定されていることは妥当である。実際、基礎研究のみに傾くことがないように配慮した選考がなされている。但し、採択された研究課題に関して、既存技術との比較のもとでの独創性の根拠をより明確にすることが求められる。
 本研究領域における採択課題の構成として、幅広い分野をカバーしてバランス良く選考されていると考える。但し、センシング技術を用いて安全・安心な社会を実現するアプローチは多岐にわたる。その全体的な枠組みのなかで、本研究領域で推進されている研究課題が、どのようなシナリオのもとで選択されたのかをより明確にすることが求められよう。また、上記「総合所見」で述べたように、人間を対象としたセンシングにおけるプライバシ保護対策に関する技術的な研究課題は未だ十分に取り組まれているとは言えない。さらには本研究領域で得られた知見を社会実装するうえで重要な行動変容学分野等の研究は、今後の課題として残されている。
 領域アドバイザーは、本研究領域に密接に関連する専門領域において我が国を代表する有識者によって構成されている。省庁等の各種委員会や学会等で中心的に活躍している有識者のなかから専門、所属機関、地域、年齢等のバランスを考慮してメンバーが選ばれている。但し、今後、最終段階に向けて社会のニーズをより意識してプロジェクト進行をするに当たっては、産業界からのアドザイザーが更に加わることが望ましい。

3.研究領域のマネジメント

 本研究領域では、研究総括の卓越したリーダーシップのもとで、人間系、自然系、人工系およびハードウェア・ソフトウェア基盤をカバーしつつ、戦略目標に対応する体制が整えられ、マネジメントは適切に遂行されている。
 統合センシング技術には、人工系、自然系、人間系などの幅広い応用分野がある。また基盤技術も、センサ技術、ネットワーク技術などの要素技術、さらにはシステム化技術、社会実装技術と多岐にわたっている。本研究領域でこれらのすべてを研究対象とすることはもとより不可能である。むしろ、大海のような研究分野全体を俯瞰するマップ作りを行い、そこに本研究領域が特に対象とする分野、ならびにそれぞれの研究課題が扱っている分野を明確に位置付けたマネジメントが望まれる。それによって、本研究領域における研究が、該当分野全体に対していかなる意味をもち、どのような位置を占めるのかが明確になり、今後の関連分野全体の発展にも大きく寄与することになろう。本研究領域として統合センシングデータベースの構築を行っている点は高く評価できるが、そのデータベース構築の過程は、明確な位置付けを可能にする一助となろう。
 各研究課題では、固有の目標へ特化された基盤技術研究ならびにシステム化技術の研究開発が推進されている。その過程において、開発された技術が互いに共通するところも多いはずであるが、まだ必ずしも技術間の連関が図られ、それらが明示されるところまで至っていない。チーム間の情報共有、成果やノウハウの活用などのシナジー効果を目指した今後の取り組みから、そのような連携が強化するマネジメントが行われ、総合センシング技術に関する真のイノベーションが生まれることを強く期待する。
 平成17年度採択課題、平成18年度採択課題に関する研究総括、領域アドバイザーによる中間評価、また、全課題に対するサイトビジット、公開シンポジウム、評価会などを積極的に開催し、進捗状況の把握と評価、さらにそれらの評価に基づく指導・助言が適切になされている。
 また、研究費の配分についても評価に基づいて研究総括裁量による研究費の増額配分を実行するなど、インセンティブを与えることに配慮していることは高く評価できる。

4.研究進捗状況

 本研究領域では、「総合技術」、「要素技術」の二つの大きなカテゴリーを設定し、15研究課題が採択されて着実に成果が得られている。本研究領域の柱となるコンセプトとして、特に、基礎研究だけでなく、社会実装による成果の社会還元を目指している。すでに実利用に供する成果を挙げたチームや実用化フェーズのプロジェクトに継承された成果を挙げているチームもある。
 まず、安田チーム(平成20年度終了)の「全自動モバイル型生物剤センシングシステム」の成果は、平成21年には製品化され、平成22年には警察庁の現場導入が確定した。この成果をベースに次のステップとして文部科学省の安全安心プロジェクトに採択され、さらなる実用化研究として結実している。
 次に、平成21年度終了の都甲チームの「セキュリティ用途向け超高感度匂いセンサシステムの開発」は、爆発物の検知などテロ対策に係わるものである。空港や駅構内等の公共施設での探知を想定して、可搬型で数十秒の検知時間をねらった研究であり、本研究領域の重要な成果として現場導入が大きく期待されている。
 更に、山中チームの高感度ガスセンサ等のセンサ技術は、本研究領域で想定している分野・対象以外への応用も期待でき、センシング分野の発展に寄与する成果である。また、佐藤チームのオンデマンドバスや東野チームの災害救命救急支援のための電子トリアージシステムは社会的な要請の高いシステム構築に資するもので、成果の社会実装のインパクトが高く、実用化による社会的効果が期待できる。
 このように研究領域全体としては概ね順調に推移している。但し、学術雑誌への論文掲載や国際会議発表等の研究業績の質・量とマスメディア報道による広報活動の実績について、研究チーム間の差が大きいことは問題である。その要因には、研究チームの力量・マンパワーと研究課題の特性の両方が関係していると考えられる。今後、研究成果のプレゼンスをいかに効果的に行うかについて、評価尺度の多様性の議論もしつつ十分な検討を行い、そのもとでの全体的な業績向上が示されることを期待したい。
 今後の本研究領域の研究推進に対する留意事項については、上記「総合所見」の①から⑤に記した。例えば、②に関する事項として、佐藤チームの「オンデマンドバス」の研究については、同様の実証的な研究が既に多くなされてきている現状があり、それらとの比較のもとで、本チームの研究のもつ科学技術の進歩に資する特徴を明示することが重要である。また、①から⑤の事項に加えて、グリーン・イノベーションの実現の観点から、大量のセンサが分散型に使用される社会においては、センサの省エネルギーへの要請が従前より強くなってきており、この課題を十分に検討することが求められる。
 本研究領域からインパクトのある多くの成果が輩出され、文部科学省や他の府省庁が推進する安全・安心に関するプロジェクト、さらには本研究領域と関連する他のCREST研究領域とも連携が図られることを期待する。本研究領域が総合的な安全・安心科学技術の確立に大きく貢献していくことを期待したい。


5.その他

 本研究領域は、研究の成果を具体的な社会実装に結びつけることを重視している。一方で、大学などの研究機関では、学会誌等への論文発表を個人の業績の評価尺度の中心としていることが多く、学術論文になりにくい社会実装そのものは必ずしも研究者個人の業績に結びつかない可能性がある。その観点から研究課題の評価に関しては、複数の評価軸からの多面的な評価が必要と思われる。特に、このような研究成果が個人、特に若手研究者の業績に結びつく仕組みを考案して、本研究領域から今後のこの分野を担う優れた人材が育つことを期待したい。
 また、本研究領域のように、「人間の安全・安心」を目指す課題は、人間の主観に深く関係してくる。「センシングした結果をどのように発信すれば、人間の安全・安心により効果があるのか」という課題は、今後この分野では特に重要な課題となる。また、実現されるシステムの費用対効果を利用者に訴求するサービスモデルやビジネスモデルの確立も必要となろう。そのような観点から、本研究領域に引き続き、情報通信技術のみならず、人文社会分野を基盤とした「人間の安全・安心」に深く関わる研究領域を立ち上げる必要がある。


6.評価

(1) 研究領域としての戦略目標の達成に向けた状況

(1-1) 研究領域としてのねらいに対する研究成果の達成状況
十分な成果が得られつつある。

(1-2) 科学技術の進歩に資する研究成果や社会的及び経済的な効果・効用に資する研究成果、及び今後の見通し
特に優れた成果が得られつつある。

(2) 研究領域としての研究マネジメントの状況
特に優れたマネジメントが行われている。

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