戦略的創造研究推進事業HOME評価CREST・さきがけの研究領域評価戦略的創造研究推進事業における平成19年度研究領域評価結果について > 研究領域 「医療に向けた化学・生物系分子を利用したバイオ素子・システムの創製」 事後評価

研究領域
「医療に向けた化学・生物系分子を利用したバイオ素子・システムの創製」
事後評価

1.総合所見

 米国のナノテク戦略と相前後してスタートした本研究領域は、きわめて時宜を得たものである。当研究領域は平成13年度に発足した時に「化学・生物系の新材料などの創製」を目指したが、平成14年度にナノテクバーチャルラボに編入する際に「医療に向けた化学・生物系分子を利用したバイオ素子・システムの創製」に改組され、より明確な出口を目指す研究領域となった。このような異例の状況下であったにも拘わらず、研究総括のリーダーシップと領域アドバイザーのサポートにより、研究領域全体の方向性が一貫していたことは特筆に値する。
 いずれの研究チームもナノテクノロジーの応用展開や医療への新たなインパクトの提供という点で国際的にトップレベルに位置する注目すべき研究成果を上げている。各課題から得られた新規性の高い研究成果は、当該領域の科学技術を牽引する効果があり、その進歩に十分貢献できたと評価できる。具体的には、バイオセンサー、創薬の基盤、一分子分析などの基盤的成果が得られた。また、再生医療、DDS創薬等の分野においては実用性の高い成果が得られた。
 さらに、医工連携という1つのプラットフォームが形成された。医療に貢献するという共通の目標を持ち、研究者、医師、企業の研究者による連携が積極的かつ具体的に試みられ始め、真の先進的な医療技術が生まれる仕組みが生まれようとしている。従って、医工連携の分野は長期的な視座で支援を続けるべき段階にある。
 このような直近の応用を指向するだけに止まることなく、全体を中長期的な基礎的研究領域として位置づけたのは研究の方向性としては正しかった。我が国が現状で他国から一歩も二歩もリードしているナノテクノロジーは、さらなる新しい機能を付与し、また世界に先駆けて産業化を達成すべき分野である。事実、応用展開の段階まで手が届くところまで来ている研究成果が認められている。今後の前進や新技術につながるような発展を期待したい。
 本研究の成果は数年乃至十数年後の医療に大きなインパクトを与えるであろう。その意味で、今後、本研究領域で得られた研究成果をどのように展開・支援するかが新しい課題となろう。

2.研究領域のねらいと研究課題の選考

 選考された課題は、全体としてはナノバイオという世界的に重要性を増している基盤的な研究が主であり、数年乃至十数年後に応用の花が咲くような野心的・挑戦的なテーマが主体となっている。また、一部は既に医療応用の域に達している。
 平成13年度に採択された研究課題は、ナノテクの基礎・基盤技術の創出を目指したものが中心となった。平成14年度に研究領域自体が医療指向に改組されたのに伴い、医療指向型の研究課題も新たに加わった。課題の選考においては、戦略目標を達成するべく医学と工学をつなぐに相応しい優れた研究課題が選ばれた。容易には「医療」に結びつけられない研究課題も数課題散見されたが、上述のような領域自体の改組という背景から止むを得ないものと思われる。また、採択された課題はほとんど全てが十分な実績を挙げた研究者によるものであり、いずれも優れた研究課題であったが、意外性という点では若手や新奇な課題の採択について配慮が欲しかった。その意味で、研究総括の一存で採択されるような課題があっても良いのではないか。
 アドバイザーは関連分野からバランスよく選ばれており、いずれも人格、識見、功績に優れた方々であるが、ややメンバーが工学系に偏っている感もある。医療に強い興味を有するとは言え、どちらかといえばテクノロジーやシステムに興味の主体があるようにも見える。医療指向型への改組に伴って医学関連の専門家がさらに加わることが望ましかった。アドバイザーに医学側の専門家、具体的には臨床研究の現場に通じていて「機能」改善志向の強い医学・薬学系の専門家、あるいは現場の医療関係者(臨床医学界、医療機器関連、製薬関連など)が含まれていれば、ニーズとの結びつけに貢献したと思われる。

3.研究領域のマネジメント

(1) 研究領域運営の方針、研究進捗状況の把握と評価
 両研究総括は、広範な分野にわたる研究課題を明確な方向性の下、適切に推進した。現研究総括は、前研究総括が総合科学技術会議の議員となったことを受けて急遽後を継いだ。そのため、研究成果のまとめには少なからぬ苦労があったと推察されるが、領域発足当初より領域アドバイザーを務めていたので、運営方針はもとより進捗状況の把握や評価といった領域マネジメントも円滑に行われた。
 全期間を通して、課題内容の修正、予算配分のメリハリなど積極的かつ実効的な運営が行われた。しかしながら、中間評価でも指摘されていたように、製品開発などへの橋渡しへの道筋が具体的にはなお詰めを必要とし、今後の課題として残された。
 また、定期的な領域会議や公開シンポジウムの開催も活発に行われた。敢えて指摘すれば、一般の医療関係者が本領域に積極的に参加できるような場を設定するなどの工夫も心がけた方が良かったのではないかと思われる。

(2) 課題間の連携の推進
 工学と医学を始めとした連携など研究領域の趣旨に沿った成果を十分に残している。但し、個別の研究課題の間の連携に関しては熟していない部分があった。今後、個別の課題の成果が課題間の連携により十分生かされることを期待したい。

(3) 研究費の配分
 全体として高額の予算が投じられているが、中断せざるを得なかった2テーマを除くと適切に配分されていた。実用化を急ぐような課題に対しては、さらに重点的かつ優先的な予算配分が配慮されても良かったのではないかと思われる。

4.研究成果

(1) 研究領域のねらいに対する成果の達成度
 ナノメディシンのテーマに関する研究課題はいずれも独創性、新規性の高い第一級の内容であった。研究の目標を材料と医療の機能のいずれに求めるか、あるいは両者のバランスに求めるか見極めが難しい中、総じて極めて高い研究成果が得られている。5~10年以内に医療分野で応用展開が期待出来る研究課題を中心にするという方針通りに着実に研究が進められて来た。医療に向けた基盤技術も数多く創出されている。また、医療に直接関連しない研究チームも軌道修正しながら成果を上げることが出来た。医工連携、国際連携という点からもリーダー的なプラットフォームを形成した。当研究領域の研究課題の中の多くはCRESTやPRESTOなどのプロジェクトに新たに採択されている。また、多くの若手研究者が育ったことも評価される。

(2) 科学技術の進歩に資する成果
 このように当初の戦略目標について基盤的な成果を上げることができたという点では満足出来、科学技術の進歩を牽引する貢献が十分あったと評価できる。
 大須賀らのポルフィリンや山瀬らのポリ酸の化学は、医療とどの程度結びつくものかどうかはともかくとして、発想の独創性、革新性という点において当該分野で世界をリードしており、新たなテクノロジーへの展開を示唆する。
 宇田らの抗原を分解するスーパー抗体酵素(Antigenase)の発見は、これまでの常識を覆す注目すべき発見であり医療に新しい可能性をもたらすものである。それだけに今後も成果の評価も含めて、内容の周知を徹底して欲しい。
 医療に向けた化学・生物素分子システムという観点から、上記の宇田らのスーパー抗体に加えて、片岡らの人工ベクター用ナノ粒子、明石らの高分子ナノ粒子ワクチン、岡野らの細胞シート作成用ナノ基板、片山らの細胞応答型DDSなどはいずれも日本初の独自で優れた成果であり、生命・医科学技術の進歩に大きく資するものと考えられる。
 ナノ計測の分野においては、由良らの分解能の低い生体像から原子の構造を構築する成果が挙げられる。これは生体分子研究にとって極めて有力な手段となる。
 また、岡畑らによるプロテアーゼ応答型遺伝子制御の手法も遺伝子治療の可能性を広げるものとして大いに期待できる。

(3) 社会的及び経済的な効果・効用に資する成果
 実用化という点で各成果を概観する。複数の研究チームが医学関係の研究者や製薬企業と積極的な連携を展開し、医療への応用展開を開始している。組織再生の成果は、他の応用研究プロジェックトなどへと発展しており、角膜再生など一部の成果は既に再生医療への臨床段階に入っている。また、片岡、明石らのDDSへの応用も既に実用上の成果を挙げている。更に、バイオセンサー、チップ作成なども実用化に迫っている。超分子合成は今後大きな成果の基盤になる可能性があるが、他のテーマとの関連が見えにくい部分があった。ナノメディシン分野に関しては既に医療の現場では様々な取組みがなされており、それらを凌ぐような成果を期待したい。
 医療応用という観点では、分析技術の革新も必須である。その観点から、由良らの蛋白超分子構造シミュレーション、岡畑らの水晶振動子による酵素反応、生体分子間相互作用の解析、松岡らの単一細胞操作支援ロボットなどは特筆すべき成果である。宇田らのスーパー抗体酵素が今後社会に及ぼす効果も大きく期待される。
 難を言えば、ほとんどの研究成果が基盤研究のレベルを出ず、社会的効果や経済的効果を目指した取り組みにまでは至らなかった。基盤的成果が具体的にとのように医療に応用されるのかという発展性、現実的にヒトへの応用の可能性、さらにどの程度の治療効果が見込めるのかという予見性などの疑問に対し、時間軸に照らした解(ロードマップなど)または方向性を示唆するような取り組みがなかった。

5.その他

●本文科省、学振、JSTそれぞれが同質の成果を求める現状では、3者が鼎立するシステムの良さが発揮できない。JSTは社会的応用を見据えた独自の研究戦略を推進すべき時に来ている。この意味において、有望なシーズを発掘しそれらを社会的応用の現実を踏まえて育成する新しいシステムを構築することがJSTの役割になっていくのではないか。シーズからニーズへの橋渡しは容易ではないが、実際に一部の研究領野では発展性が十分期待できるシーズも生まれているので、今後応用側からの技術開発ニーズを前向きに取り込んで当該シーズの現実化を目指して積極的に共同開発する機会や仕組みを創出する必要がある。

●当研究で得られた成果を十分に生かすためには、今後、医学関係者、企業とより密接な連携がとれる仕組みを作ることが課題となるであろう。例えば、研究者のシーズがどのような仕組みで産業界において発展していくか。産業界のニーズをどのような仕組みで研究者に伝えるか、などが挙げられる。基礎研究と応用研究は一方向的な関連性にとどまらず相互に作用し合うメリットを享受しながら発展していく、情報循環的で動的なネットワークの仕組みが必要である。

●また、研究開発の戦略立案という見地からは先見性と継続性が重要である。CRESTもそのような見地から考えてみる必要がある。単なる「基盤研究の発展」に終わらせないためにも、実際に医療に結びつけられるようなフォローアップが必要である。場合によっては、片岡、明石、宇田といった中心人物の成果次第で新たなCREST領域をたてるような方向を考えていただければありがたい。また、今後、本成果を新技術に応用するべく、注目すべき成果、特許などの情報を積極的に発信する方策を工夫していただきたい。

●大学を始めとする研究機関や研究室を仮想的に1つの研究機関のように連携させるというバーチャルラボ構想はIT環境の発達によって今ようやく現実的になってきた。平成14年度当初のIT環境下では費用の面で非現実的な試みであったが、その先鞭をつけたことが現在につながったとも言える。

●個々の課題に対する評価が領域アドバイザー間のみで行われ、いわゆる外部評価を受けていなかった点については疑問が残る。特に、新規性の高い学際的研究成果について当該研究分野の専門家の評価や助言を受けることは極めて重要である。これにより、成果の有用性が増し、さらに高い新規性や独創性を生むことにつながっていく。最先端レベルの専門家によってその価値を改めて評価することが望まれる。

6.評価

(1) 研究領域として戦略目標の達成状況

(1-1) 研究領域としてのねらいに対する研究成果の達成度
特に優れた成果が得られた。

(1-2) 科学技術の進歩に資する研究成果
特に優れた成果が得られた。

(1-3) 社会的及び経済的な効果・効用に資する研究成果
十分な成果が得られた。

(1-4) 戦略目標の達成状況
十分な成果が得られた。

(2) 研究領域としての研究マネジメントの状況
特に優れたマネジメントが行われた。

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