戦略的創造研究推進事業HOME評価CREST・さきがけの研究領域評価戦略的創造研究推進事業における平成19年度研究領域評価結果について > 研究領域 「量子情報処理システムの実現を目指した新技術の創出」 中間評価

研究領域
「量子情報処理システムの実現を目指した新技術の創出」
中間評価

1.総合所見

 科学技術立国を謳う我が国が世界の科学技術の第一線で相当程度の研究投資をしている事例としては、加速器、核融合、天文学、宇宙物理学などを除けばその数は少ない。相対的には小規模であるがある程度まとまった研究投資がなされている本領域は、基礎研究の占める割合が大きな物性物理と情報科学を結びつける新たな研究領域であり、まさにJSTによるサポートがふさわしいプロジェクトである。これらの期待に応えて、研究総括および大部分の研究者が鋭意努力され、オリジナル研究論文、学術賞受賞、報道発表などのいずれの点においても平均を上回る成果を得ていることを高く評価する。
 量子情報処理のロードマップに基づく研究体制の構築とその運営は、研究総括の優れたリーダーシップと国際性に基づいている。またその結果として、当該分野の進展に実際に大きく寄与している。本研究領域はCRESTプログラムの中でも最も良くマネージされたものの1つと位置づけられる。短期的視点ではないプロジェクトの国家的な展開が、今後一層求められる環境にありながらその推進が多くの困難を併せ持つ現状で、今後の研究推進の良い事例として確立してほしい。
 量子情報処理分野は現代の物理系科学の最先端分野であり、世界中の俊秀がしのぎを削っているのは、次世代の物理学、情報学のブレークスルーがこの分野の研究から生まれることへの期待が高いためと考えられる。よって世界的、歴史的に通用するコンセプトの提示と定着をめざすことが求められており、その意味では現在の達成は道半ばと言える。また、原理実証を終えたものは実用技術として利用されるための開発フェーズにあり、今後の産業発展への道筋も、我が国から発信していってもらいたい。
 研究総括は研究者に国際通用性、人材育成を意識した工夫を求める種々のアクションを行っており、真の一流を目指すには研究総括が実行してきたように世界の一流チームと対等に論争し、協力する勇気と行動力が個々のチームに求められる。研究総括の知名度・リーダーシップの下で、レベルの高い国際会議をオーガナイズしていることも日本の若手研究者を海外に知らしめる上で大いに貢献している。これらを通して、大学院生、ポスドクの人達が当該分野を超えてより広い領域に興味を持ち続けることが、この分野の長期にわたっての発展と、大学院生、ポスドクの人達の将来の活動と貢献につながる。
 本プロジェクトのように分野全体を世界的な視点でリードするには、連携する分野を見据えた研究展開が不可欠であり、研究環境の整備にJSTの積極的な支援を期待したい。最後に、今後のプロジェクト運営の成功事例となるように、一層の研究総括の努力を期待したい。

2.研究領域のねらいと研究課題の選考

[研究領域のねらい]
 量子情報分野は現代の物理系科学の最先端分野であり、世界中の俊秀がしのぎを削っているのは、次世代の物理学、情報学のブレークスルーがこの分野の研究から生まれることへの期待が高いためと考えられる。この期待に応えるには狭いスコープの問題設定では不十分であり、あらゆる物質を素材としてその量子力学的効果を制御すること、これを基盤として従来の情報理論の限界を超える演算、記録、伝送の可能性を探求することを狙いとしているのは極めて妥当である。
 この領域では、極めて基礎的なものから工学的展開に至るものまで幅広いテーマを、明確な位置づけのもとで設定している。また、個別の研究成果だけでなく、領域全体のレベルアップを将来にわたって考慮した研究領域のねらいの設定は、高く評価する。

[選考方針・採択課題の構成]
 領域を7つの領域に分け、それぞれの分野で最も活発な研究を行っている研究者を選ぶこととしたのは妥当であり、課題の採択は適切であった。採択課題の構成もバランスの取れたものである。

[領域アドバイザーの構成]
 狭い量子情報の専門家に限らず高い見識のある学識者をアドバイザーとして招いたことは、妥当な判断である。研究総括の明確な領域設定と優れた領域アドバイザーの見識に基づき、国内のベストなメンバーが選考されている。欲を言えば情報科学系の方を入れるべきではなかったかと思われる。

3.研究領域のマネジメント

[運営方針]
 CRESTプログラムの特徴である研究者と研究総括の密接な交流による戦略性のある展開を心掛けている。「日本の研究者は自分の狭い研究分野に閉じこもる傾向」や「基礎研究の成果から明確な方向性が示されたのち、国家プロジェクトとして全体のリソースを一点に集中させ、全員の努力でこれを実用化することが不得意」などの指摘は、総括の豊富な国際経験に基づくものである。そのような点に配慮した領域運営では、先端性、国際性、学際性、人材育成の観点に留意し、サイトビジット、ワークショップ、国際シンポジウム、学生チャプター1)、アドホックな研究ユニット構築などがなされており、極めて高く評価できる。

1)量子情報学生チャプター:ポスドクや大学院生の横のつながりを強化するための組織

[進捗状況の把握]
 サイトビジット、ワークショップ発表、各種の成果報告文書により研究進捗状況が的確に把握されており、研究総括からのコメントや、追加予算配分に反映しているのは妥当である。

[連携の推進]
 冷却原子、励起子ポラリトン、統計力学の3つのテーマ領域についてアドホックな研究ユニットの構築による頻繁な情報交換や、光ファイバーテストベッドを用いた量子鍵暗号配送実験などは、複数のチームの協力で実現した例である。課題内、課題間の研究協力の一層の推進がはかれるように、リーダーシップを発揮されたい。これにより総括の期待する、国家プロジェクトとして全体のリソースを一点に集中させるという運営に、一歩でも近づくように望む。
 若手育成のための夏の学校や「量子情報学生チャプター」の創設などの新しい仕掛けによる課題間の若手の連携はよく配慮されている。

[研究費]
 研究直接費に多くを充てていると同時に、領域共通経費により密度の高い国際シンポジウム、若手研究者交流会などを実施しており、適切である。

[今後の取組]
 本領域の研究は世界一流となって初めて意味があるもので、研究総括自ら実践しているような国際的リーダーシップをとれる研究者を輩出することが課題である。このため今後の取り組みとして、この分野に係わりあう研究者人口の拡張を意識する必要がある。
 世界のトップを維持できるような支援は我が国が不得意なところ。iPS細胞の例も出てきたので、このプロジェクト終了に向けて、良い仕組みの提案とその実現のための努力をお願いしたい。そのためにも、説得力ある成果をプロジェクトとして出し続けてほしい。

4.研究進捗状況

①研究領域のねらいに対する成果の達成状況
 提出文書に基づく総合的な印象は、国際性の高いオリジナル研究論文の数、学術賞受賞の数、新聞等報道発表の数のいずれの点においても平均を大きく上回る成果がでており、研究成果、情報発信状況ともに狙いに応える達成がなされていると判断する。ただし個別的に見ると光格子関連、超伝導量子ビット、ガウス形エンタングルメント生成など、世界的な水準に達しているもののほか、キャッチアップ段階のものも有る。後者についてはテーマの絞込みや国際連携の推進など、さらなる工夫が求められる。

②今後期待される科学技術の進歩に資する成果や社会的及び経済的な効果・効用に資する成果の達成状況
 分野による差異が見受けられるが、全体としては科学技術の進歩に資する斬新なコンセプトの創出はなされていると判断する。ただし、世界的、歴史的に通用する普遍性のあるコンセプトとして定着するにはコンセプトを補強する地道な努力と積極的な情報発信を継続しておこなう必要がある。
 社会経済的な効果となる成果も蓄積されつつあるが、これらを具現化するには継続した研究投資が必要であり、JST以外の関連する支援プログラム(JSPS,NICTなど)と適切に役割分担・協調することが望ましい。
 科学技術を育て社会に貢献できるようにするには、時間と情熱、忍耐が必要である。十分評価・選択されたテーマについての継続した研究体制の構築までを見据えた展望につながるように、本研究領域の成育を望みたい.

③懸案事項・問題点
 既に世界水準にあるチームはさらに世界的なリーダーシップをめざし、またキャッチアップ段階のチームは世界水準に達するよう一段の創意工夫が求められる。
 懸案事項として、研究者人口の拡張(日本の現状では、この分野の研究者が特定の大学や研究機関に偏っているように見受けられる)を意識的に図る必要を感じる。このことは、実用化や長期的視点に立った場合特に重要である。
 研究総括による「研究の経過と所見」に要約されているように、ほとんどのチームにおいて順調な成果が挙がっている。ただ2,3のグループについてはまだ所期の成果が得られる見通しが立っていないようである。これらのチームに対して、どのようにアドバイスして目標到達の手助けができるかどうかが課題である。
 課題の中間評価では、論文発表などの点で十分に成果が挙がっているグループに対しても適切なアドバイスが成されている。これらのアドバイスを適切にフィードバックすることが重要である。
 今後、個別成果の統合、進展、応用へのデザインを考えていただきたい。その際、情報科学系研究者との協力が必要と思われる。

5.その他

 個々の優れた研究の集まりではなく、領域としてのシナジー効果を今後一層期待したい。そのためにも、各研究チーム内の共同研究者間の協力を、まずしっかり進めてほしい。中間評価報告書にも、随所に指摘がみられるところであるが。
 要素技術の優れた成果を量子情報技術の基盤とするべく、その位置づけの明確化と要素技術の統合についても検討していただきたい。
 卓越した成果を出しつつある本分野を、「社会的及び経済的な効果・効用に資する」ところまで、我が国が持ってゆくことが強く期待される。そのため、研究総括のリーダーシップにより、本研究領域の成果と社会のニーズとの整合が必要となる分野もある。また、今後の評価の質も問われることになる。
 総括が描く研究成果の創出を通じ、将来の日本を背負う国際的な研究者の育成を、後半の研究指導の中で合わせて期待したい。
 CRESTプログラムの成功の鍵は、優れた研究総括と領域アドバイザーであることが良く理解できる例である。ここで「優れた」とは、研究推進能力を持った人物を見抜く力、国際レベルが何であるかを知っていること、若手を国際レベルに引き上げるために何が必要か、その仕組みをマネージする総合力である。
 JSTは国の基礎研究を推進する最も重要な機関であり、研究のトップマネジメントを行う人をいかに選び、研究をシステマティックに遂行するかが国益に寄与することである。


6.評価

(1) 研究領域として戦略目標の達成に向けた状況

(1-1) 研究領域としてのねらいに対する研究成果の達成状況
十分な成果が得られつつある。

(1-2) 今後期待される科学技術の進歩に資する成果や、社会的及び経済的な効果・効用に資する研究成果の達成状況
十分な成果が得られつつある。

(2) 研究領域としての研究マネジメントの状況
特に優れたマネジメントが行われている。

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