平成18年度研究領域評価結果について > 研究領域 「合成と制御」 事後評価

研究領域 「合成と制御」 事後評価

1.総合所見(研究領域全体としての成果、当該分野の進展への寄与、本研究領域の意義、等)

 研究領域「合成と制御」は、材料化学などの領域における有用な物性と機能をもつ新物質創成に対する要請に応じるべく、新現象・新反応・新概念にもとづく新しい化学を展開し、さらに新合成手法と新機能物質の創製を目的として発足したものであり、まさに、時宜を得た企画であった。研究総括を補佐するアドバイザーとして現在各分野で先端的研究を強力に推進しているメンバー9名を起用し、まさにドリームチームとしての名に相応しい陣容である。研究総括の広い識見に敬意を表したい。
 この研究領域で求められているものは、既存の方法や概念の延長でない、独創的かつ革新的研究構想にもとづく研究計画であり、候補課題472件から競争倍率15倍の選考を経てトップクラスの課題が28件選定されている。採択された研究課題は広い意味での物質科学をカバーし、各研究分野のバランスにも優れている。採択された研究者の多くが、その後昇進あるいは主要な研究機関に異動していることからも、このプログラムの人選が間違っていなかったことを示している。しかし、発表された論文には、大研究室の指導者との連名であるため真に本人独自の研究成果であると判断し難い例もあって、今後領域運営についての考え方を明確にすべき余地が残っている。
 いずれにせよ、この研究課題に採択された若手は、採択時には30代から40代であり、今後わが国の有機化学を背負う研究者として成長していることは、この研究領域プロジェクトが大きな成果を挙げたということができる。

2.研究課題の選考(選考方針、領域アドバイザーの構成、採択された課題の構成と適切さ、等)

 研究課題の選考にあたって、多くの応募を得るべく、いろいろな手段によって幅広く呼びかけ、良質の人材発掘の努力がなされた。そのうえで、各提案のうち、現状の問題解決を含むか、新分野の振興を目指すか、斬新な着想に基づく独創的研究かなどの視点に加え研究者の力量を考慮して、実質的討論・投票によって決定された。選考に当たって可能な限り公平を旨とされたことに異論を挟む余地は無い。ただ、不自由な環境にもかかわらず独り立ちをして興味ある研究成果の芽をだした人がいれば、そのような人こそ積極的に採用する方針が、さきがけ研究の本来の趣旨から重視されるべきであると思える。採択は平成13、14、15年、それぞれの年度において採択件数/面接選考/書類選考数が10/25/110、 12/27/155、 6/14/207 であり、最終年度の競争倍率がとくに高くなっている。予算的な理由によるものであるが、各年度に充分な裏付けが用意されていることが望ましい。
 領域アドバイザーの専門分野が、高分子化学、高分子材料、精密重合、超分子化学、光化学、理論有機化学、物理有機化学、有機合成化学、有機金属化学、有機ケイ素化学、天然物化学の学術分野のみならず、企業から一人参画していたことは、選考結果に幅広い信頼性を附与している。

3.研究領域のマネジメント(研究領域運営の方針、研究進捗状況の把握と指導、研究費の配分、等)

 本研究領域の運営の特徴は、研究総括が採択された各研究者と個別に面談し自由な発想をもとに研究推進を奨励したこと、採択課題の研究計画内容にこだわらずより重要なコンセプトを指向するよう指導して論文数よりも質を重視したこと、領域会議において研究総括・研究者・領域アドバイザー間で実質的討論を密にして若手を薫陶するとともに、研究者間の人的ネットワークを確立したこと、事務的負担を最小限に抑えて研究を円滑に推進するためにきめ細かく配慮して研究経費を配分したことがあげられ、研究支援のための有効な運営がなされたことが活発な研究に結びついた。とくに、JSTが研究領域を設定するという点でトップダウン的なプロジェクトでありながら、研究者の自由な発想を奨励したことは、それぞれの研究者の隠れた能力を充分引き出したと考えられる。各研究者の異動時の資金的援助は、研究者が新しい職場で研究を始めるにあたって強力な支援となった。
 ただ、研究成果の公表にあたって、大研究室で研究を行ってきた人は、真に独立して行った研究であることを明示するべく、教授の名前を削るくらいの独立心をもって欲しいが、それが困難な場合でも、さきがけ研究者が主たる研究者であることがわかる論文を課題評価の対象にすべきであろう。採用に当たって研究総括からそのような提示があってもよい。ポスドク採用の効果は異分野の領域に入ろうとする研究者には特に効果的であったようだが、採用に苦労した例をみると、わが国にポスドクが制度として定着するにはまだ時間がかかるとみるべきであろう。
 何れにせよ、研究領域の目標に対して優れた成果が多数得られたことは、研究領域のマネジメントが的確かつ効果的であったが故であると結論できる。

4.研究成果(①研究領域の中で生み出された特筆すべき成果、②科学技術及び社会・経済・国民生活等に対する貢献、③問題点、等)

 この研究領域は、持続可能な社会に必要とされる物質の合成を賢い制御によって実現することを目指したもので、対象範囲は有機化学、材料化学、高分子化学、生化学にわたる。28名の研究者のうち16名が受賞者となっていることからみても、研究成果は高く評価されるべきである。なかでも特筆すべき成果は、山口茂弘「ケイ素や硫黄を含むラダー型π電子系の創製」、有本博一「バンコマイシン2量体の設計と合成」、横澤 勉「触媒移動型連鎖縮合重合」、西川俊夫「生理活性天然有機化合物の効率合成」、二木史朗「細胞を標的とする機能性ペプチドの開発」、侯召民「d-f 型錯体による選択的重合反応の反応場の構築」等である。これ以外にも枚挙すべき成果は多数あり、全体で375編の論文、国内特許70件、外国特許11件であり、民間企業との共同研究は8件にのぼる。
 いくつかの成果は実用化が真剣に検討されているが、本研究領域の成果の大部分は社会・経済・国民生活に直ちに貢献するような直接的な成果に繋がってはいない。しかし、このさきがけ研究で生み出された斬新な成果が今後の科学技術の進展に役立つ局面が産まれることは充分期待できる。

5.その他

 合成化学は、現在わが国が国際的にトップレベルを維持している分野であり、将来の科学技術の根幹を支える物質創製を担う分野である。本研究領域の実施によって多くの人材が育成されたことを鑑みると、今後も同分野への強力な支援が望まれるところである。
 この種のプロジェクトの人選では、如何にトップ5%の研究者を選び、その研究を評価して支援するかが鍵である。選に漏れたが同等に優秀な研究者が多数存在する可能性がある。「さきがけ」があまりにも狭き門になっている現状を考えると、このような人たちに別のチャンスを与えるための制度を国としてももっと考慮する必要があろう。
 評価について:いわゆるインパクトファクター×論文被引用数で判断するのは、あるレベル以上のものを選別するには有効であるが、これは誰にでもできる。しかし、最終評価は評価者自身の経験に基づく暗黙知に拠らざるを得ない。真に独創的な研究には、直ちには理解者がいない。これをどう評価するかが、今後のわが国の評価システムの課題である。逆に研究者人口の多い分野で中心的雑誌に掲載されれば上記評価指標は必然的に高くなり、速やかによい評価を得る。信頼できる評価法をJST自身で確立されることが望まれる。
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This page updated on July 25, 2007
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