研究領域 「タイムシグナルと制御」

 

1.

総合所見(研究領域全体としての成果、当該分野の進展への寄与、本研究領域が存在したことの意義・メリット)

 

 研究領域「タイムシグナルと制御」は、個体から細胞、ゲノム、分子レベルに至る様々な階層的次元で生命を時間的存在として捉える幅広いテーマをもって設定されている。近年、ハイスループット解析手法の開発により網羅的に進める工学的指向の研究が増え、優れた個人の能力を十分に磨く場が狭まっているのではないかとの危惧もある状況の中、「タイムシグナル」という形で、ポストゲノム研究における基礎生物学分野に普遍性の高い一つのテーマを示すことができたことは、総合的に大変高く評価でき、本研究領域の設定は適切であったと言える。

 研究総括ならびに領域アドバイザーが、問題発見型の研究者を育てることを目標として大局的な立場から支援・アドバイスを行うことにより、優れて個性的な若手研究者の溌剌とした自己表現を引き出すことに成功したことが伺える。研究総括ならびに領域アドバイザーの学問に対する使命感と情熱に敬意を表したい。病気の診断、予防、治療の面で臨床応用に可能な、極めて独創的かつ社会的に意義のある研究成果も得られ、当該分野や関連分野に対し十分な学術的貢献を果たしている。また、より高い地位へプロモートされた実績から見てとれるように、本研究領域における研究活動の質の高さが示されていると判断できる。

 研究総括の研究哲学が色濃く反映された研究方針とそれに基づく特色のあるマネジメントにより、分野を超え共同研究へと発展しているケースもみられており、研究領域のマネジメントが滞りなく行われていると判断する。領域会議等を通じ分野を超えた研究者のネットワークが形成されたことは、研究者個人にとって大変意義深く、異分野融合の新たな研究課題の創出の契機になると同時に、ここで培われた経験が貴重な財産となり、今後の更なる大きな飛躍、ブレークスルーに繋がることが期待できる。

 総合的な評価として、研究領域としてのねらいは達成されており、研究総括のマネジメントは効果的で、高い水準であったと位置付けられる。

 

 

2.

研究課題の選考(アドバイザーの構成、選考方針及び課題の選考、課題のバランス等)

 

 研究課題の選考委員である領域アドバイザーの構成に関しては、「タイムシグナルと制御」という広い研究領域を捉えるため、ライフサイエンス全領域よりそれぞれの分野では日本を代表する見識ある非常に高いレベルの研究者が配置され、適当な構成であったと言える。

 ポストゲノム時代における遺伝子および遺伝子産物の機能解明が強調される中、生物のしくみを遺伝子および分子レベルで時間的存在として解明することを目標にしており、ゲノム解読を踏まえての新たなアプローチを目指した。この目標に添った課題の中から独創的で、かつ新たな研究領域への展開が期待される課題が採択されており、その全てが時代を先取りした先見性のある優れたものと評価できる。また研究分野の面からみても大きな偏りもなく、一応バランスがとれていると判断する。ただし、植物科学分野からの課題が一つもなかったのは残念であり、選考の際に考慮されればさらに広がりのある研究領域の形成が望めたのかもしれない。

 

 

3.

研究領域の運営(研究総括の方針、研究領域のマネジメント、予算配分とチーム構成等)

 

 研究総括の方針である、問題解決型よりも大局観をもつ問題発見型の研究者を育てるという研究哲学を色濃く反映した特徴あるマネジメントが発揮されている。細かい研究内容に対してではなく、大筋のところを適時アドバイスし、若手の自主的な啓発活動に任せ、知的好奇心に富む異分野の優れた若手研究者集団の中心的存在として、領域会議等を通じた質の高い意見交換や経験の密度の高い交流が行われている。その結果、分野を超えた共同研究へと発展しているケースもみられており、研究領域全体のレベルアップが図られたことは評価に値する。

 本研究領域の目標を意識しながら研究者の自由な発想に基づく研究を推進させるという理念を踏まえ、研究者の研究実施場所への訪問、ならびに研究の進捗状況の把握にも努めている。

 独創性を秘めた若く優秀な研究者に対し、その提案内容の質に応じ適切な支援を行うという意図が貫かれており、研究領域のマネジメント、予算配分等にもその意図がよく反映されている。年間3000万円程度の予算があれば、ポスドクを参加させる中〜小規模の研究グループでも世界のトップクラスの研究成果を生み出すことができることを示している。

 

 

4.

研究結果(研究領域の中での特筆すべき成果、科学技術・周辺分野・国民生活・社会経済等に対する意義・効果に関する今後の期待や展望・懸案事項等)

 

 本研究領域に参加する研究者の研究分野は、脳神経科学系、細胞生物学系、生物物理化学系、免疫系に大きく分けることができるが、神経細胞移動に関わる研究から小脳無形成マウスを樹立し、GABA作動性細胞の形質獲得機構を解明した研究(星野幹雄)、新生仔の飢餓状態をオートファジーで凌いでいることを解明した研究(水島昇)、造血幹細胞の休眠状態にアンジオポエチン−1が関わることを証明した研究(高倉伸幸)、Notchを介する情報伝達での0-フコシル化の役割の発見(松野健治)、神経幹細胞分化の過程で見いだされた同一シグナル分子に対する応答性の時期依存的な変化の発見(後藤由季子)、アルツハイマー病の原因物質としてアミロスフェロイドを単離し、その毒性を明らかにした研究(星美奈子)など、基礎生物学におけるきわめて独創的かつ興味深い数多くの発見がなされている。これまで看過されがちであったところを突いた研究も含め、大きな可能性を秘めており、今後の展開に期待がもてる。

 将来の科学研究を担う優れた若手・中堅研究者の育成にこのプロジェクトが如何に果たしたかを評価すべきで、論文数で研究結果を推し量るのは適当ではないのだが、39名の研究者から246報もの報告(一人平均年6報以上)が出されたことは立派な成果である。また世界のトップジャーナルに幅広く発表されているのもこの研究領域の特徴であり、研究領域の幅の広さを如実に示している。さらに27名もの研究者がキャリアアップに繋がっている成果についても高く評価されたことの証である。

 

 

5.

その他

 

 本研究領域に限らず、さきがけタイプではそれぞれの研究領域に参加した研究者間の交流が研究領域終了後も継続して活発に行われている。研究領域を中心に形成されたこの異分野の人的ネットワークは研究者にとって貴重な財産である。このコミュニティーの継続的活動を支援するため、JSTの積極的な予算措置が望まれるという意見があった。

 また本評価対象となる研究成果に関しては、各研究者の研究期間内での報告に留まっている。研究領域全体の成果を対象とするならば、第1期、第2期の研究課題が終了後どのように進展しているのかを含めて報告する必要があるのではないか、という意見もあった。

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This page updated on July 26, 2006

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