研究領域 「水の循環系モデリングと利用システム」

 

1.

総合所見(研究領域全体としての成果、当該分野の進展への寄与、本研究領域が存在したことの意義・メリット)

 

 領域名・趣旨から見て必要と思われる多数の研究課題が選ばれ、多くは個々の課題自体の目標に向けて着々と研究を進めており、4.に記したように、また、中間評価会合で研究総括から報告されたように、新しく、レベルの高い研究成果が少なからず見られる事は高く評価される。

 しかし、2.にも問題点として記したが、広範囲に点在する個別課題を関連づけ共通の目標に向けた筋書き・戦略が見えるようにする事も必要ではないだろうか。研究領域によっては個々の研究のレベルアップが目的ということもあろうが、目標に向けた戦略を持って個別研究を推進するという事(戦略的基礎研究)がCRESTの特色であり、問題解決志向のプロジェクトではそれが求められる。今回の場合、問題が余りに大きく広範囲にわたるので、限られた数の課題では、はっきりとした課題間の結びつけは難しいと思うが、中間点を通過するに当たって目標に向けた各課題の位置づけを確認し、可能な範囲で目標実現に関連づけた「まとめ」が出来るよう今後の研究を展開される事を望みたい。

 それに向け課題の位置づけ・カテゴリゼーションを含めて中間評価委員主査の参考意見を記す。(1)水循環イニシャティブ報告書中の水文モデルのレビューに従えば、楠田チームの第一段の成果は従来の水工学分野における手法で行った黄河の総合的水文モデリングであり、一方沖チームの成果と小池チームが計画している事は、気候モデリング分野における陸面水文過程モデルを融合させた「これからの水循環モデリング」である。この3課題が水循環モデルに直接かかわっている。(2)陸面水文過程モデルではエネルギー・水・運動量さらにCO2の大気・陸面間の交換を相互に関連を持つプロセスとして定式化(パラメタライズ)し、モデルに取り入れる。プロセスの定式化は、多様な地表状態に応じて現場観測をもとに行われるが、植生が支配的な場合について太田チームの北方林、鈴木チームの熱帯林でのプロセス研究から導かれるだろう。杉田チームは半乾燥地で同様の研究をしており特有の結果が出ている。中村チームは、単純な地表面(背の高い植生がなく、裸地と思ってよい)上での熱・水輸送を決定する境界層過程を新しい観測機器で調べている。神田チームの研究は都市特有の地表条件下で大気・陸面間の諸量の交換過程を明らかにしている。(3)植生の関係する太田、鈴木、杉田チームの研究は、陸面モデルにおける蒸発散過程へのインプットの他に、水利用システム研究に対して環境保全への水需要算出の基礎データも与えるであろう。永田チームは植生の保水能力、流出のコントロールの役割を研究し、水循環モデルへのインプットと共に植生保全の価値をも明らかにするだろう。(4)木本チーム、岡本チームは水循環モデリングの出発点となる降水過程の全球的実態把握とモデリングの最新の知見を提供している。(5)寶チーム、丹治チーム、楠田チームの第2段、砂田チームは社会的要因に力点をおいた水利用・管理の研究である。(6)船水チーム、古米チームは、持続的水利用を目指した特定の水管理システムと新しい技術の開発研究である。

 

 

2.

研究課題の選考(アドバイザーの構成、選考方針及び課題の選考、課題のバランス等)

 

 「水の循環系モデリングと利用システム」という領域名のもと、広範囲にわたる研究テーマを含み得る<領域の概要>説明を付して提案募集を行ったので、多様な課題の応募があった。それに対して、領域名が示す趣旨から遠すぎると思うものは除いて、「新規性」、「有効性(現象理解と問題解決にとって)」を基準に合計17課題(うち中間評価対象は12)を選んだ。研究総括によれば、それは次の4つのカテゴリーに分類される。

 T.グローバルな水循環系の把握と予測(5チーム)

 U.特定地域における水・エネルギー循環系と生態系のモニタリングとモデリング(5チーム)

 V.新しい技術や手法の開発(3チーム)

 W.アジアの河川流域における水循環—利用システムと水管理(4チーム)

 上記のカテゴリー分けは領域の趣旨からみて適切と考えられるし、またバランスも良いと感じられる。しかし、個別の研究課題・内容を見てみると、広範な領域の中にバランス良く収まっているものの、それらをつなぐ糸が見えない、全体としての目標に向けた筋書き・戦略がはっきりしない、というのが評価委員の意見である。領域の広がりに対して、個々の研究者の専門範囲は限られているから(公募制の性格上優れた計画という基準で)広範囲からバランス良く選べば結果としてこうなるのが自然なのかもしれない。この問題については、後の項目でも触れる。

 ほぼ同時期に(平成14年度開始)文部科学省の人・自然・地球共生プロジェクト・水循環ミッションが行われ始めた。同ミッションは、その目標を「日本を中心としたアジア・モンスーン地域における陸水循環モデルを開発することにより将来の水資源・水災害の予測を目指す」としており、一方当領域の戦略目標は「水の循環予測および利用システムの構築」なので、水循環モデリングに関しては対象とする地域を含めて重なる部分がある。当領域はモデリングを行うと同時に、それを基礎として「利用システム」の構築を目指し、水利用・水管理の実態を把握し、水資源・水需要の将来予測を行って水利用・水管理についての提案を行おうとしている。この後段の部分は本領域に特有でありその成果に期待したい。さらに水利用にかかわる技術開発も複数あり、水循環モデリングに関しても基礎となる植生を介した水循環プロセスの解明、都市大構造物の効果など多様性に富んだ課題が含まれている。公募制をとるCRESTの特色であり、目標を絞り込んだ共生プロジェクトと対比した時、先に記した「広範囲に分散している」事が本領域の科学的面白み、強みとなっている。一方、モデリングについて言えば重なる部分もあるが、気候条件社会条件とも多様な流域を持つ大陸の大河川(黄河、メコン川など)が相手なので、両方のプロジェクトが相互に補い合ってこの大問題にふさわしい成果が期待できる。幸い、研究総括は共生プロジェクトの推進委員をしているので、この点に注意を払って領域の研究を指導している。今後も引き続き日本全体としてこの分野の研究がステップアップするよう運営していってもらいたい。

 アドバイザーに関しては広い範囲にわたる関連分野から適任の専門家を集めており、適切と思われる。ただし、水利用システムに関して政策提言するような場合には社会科学者が含まれるべき、との意見もある。細かい点だが神田チームの研究は都市気象分野に属し、その専門家の意見が必要かと思う。

 

 

3.

研究領域の運営(研究総括の方針、研究領域のマネジメント、予算配分とチーム構成、今後の取り組み等)

 

 シンポジウムやワークショップの開催、フィールド観測への研究総括の参加など日常運営は適切に行われている。しかし、2.に記したような問題があるので、研究総括は自分の戦略を持って各課題の相互関係を考え、また課題内部の構成についても余り拡散しないよう(その傾向が見られるものもある)リーダーシップを発揮して運営してもらいたい。この中間評価を機に、領域全体として何を目指すか、そのために各個別課題はどのような役割を果たすか、検討したらどうだろうか。

 このプロジェクトとほぼ並行して、総合科学技術会議の環境プロジェクトのもとに「地球規模水循環イニシャティブ」が置かれ活動し始めた。研究総括がその代表となった事もあり、イニシャティブの活動に当領域が積極的に参加している事は大いに評価される。その大きな成果と思われる(多分報告書の素案となる)2005年5月23日のシンポジウム報告「水循環変動研究の最前線と社会への貢献」の水文モデルの節では優れたレビューとともに「これからの水文モデル」が論じられている。研究総括はご存知と思うが前記の領域全体の方針・戦略の検討の基盤として役立つであろう。

 予算配分は、野外観測や大がかりな実験をする課題に多く配分されている。新しいサニテーションシステム開発のため、物を造り多様なテストを行って現地での実証実験を行っている船水チームに最多額が配分されているのは妥当である。一方、沖チームはモデル研究ながら野外観測なみの予算額となっている。世界中の河川を対象とし、大気と陸面水文過程を結合した高解像度モデルで詳細な水循環シミュレーションを行うため膨大なデータを処理する必要があり、そのためのコンピュータ等の費用である。大規模可視化装置は、今後さらに研究が発展した時活用されるだろう。

 

 

4.

研究進捗状況(研究領域の中で生み出されつつある特筆すべき成果、科学技術・周辺分野・国民生活・社会経済等に対する意義・効果に関する今後の期待や展望・懸案事項等)

 

 中間評価のための会合において研究総括は、今回対象となる12課題の成果を4課題ずつ3段階に分けた評価をしていた。概ね納得のいくものであったが、見方の違いもあるので、当日の資料に加え2回の中間シンポジウム講演要旨集も参考にして評価委主査から見て目立った成果・意義を記す。

楠田チーム:大陸の大河川である黄河を対象とし、中国の研究者を中心に日本の有力研究者も加わって多面的な水文モデルを作り、1951-2000年にわたるデータを用いて、その間の水循環の変化を分析した。1990年代の「断流」は人間活動の取水のためのみではなく、気候条件の変化による水資源賦存量の減少が重要であるとしている。中国研究機関と協力し必要とする中国のデータを得られた事は貴重である。特に人間活動が多様な形をとって影響を強めた1951~2000年の詳細な分析がまとまれば大きな意義を持つであろう。

沖チーム:水循環イニシャティブのシンポジウムにもとづく報告書によると「これからの水文モデル」は従来の水工学で使われて来た分布型流出モデルと気候モデリングの分野で開発されて来た陸面モデルの融合であると言う。沖チームの研究は、まさにそれを実行したもので、しかも全世界の河川を対象にしている。その上、両者の方法を用いて初めて可能な地球温暖化による水資源変化と人間活動増加による水需要増加を推定し、世界の水遍迫度分布を示している。「世界の水問題に自らの手法により日本から発信を」という当初の目標をクリアーした。

船水チーム:持続可能なサニテーションシステムの開発を目標にその中心となる「バイオトイレ」を考案し、多岐にわたる性能とリスクの評価を多数行って開発を進め、実証実験にまで到達している。予算額も多いがこれだけの事をするには当然と思われ、CRESTがなければ出来なかったであろう。海外での報告件数も非常に多く、しかも全てが2003,2004,2005年になされている事実から(ベースは前からあったにせよ)CRESTによって始められたプロジェクトと理解される。さらに1st International Dry-Toilet Conference (2003)や2nd International Symposium on Ecological Sanitation (2003)で発表されている点から見て実にタイムリーに始められたと思う。

 

 

5.

その他

 

 このレポートは他に比べ趣を異にしているかもしれない。もともと求められていたのは、研究総括の報告とこれまでの個別課題の中間評価報告書に基づいて領域全体の研究構成や運営を評価することであった。しかし、研究プロジェクトの評価は個別研究の実態把握なしでは不可能だが、総括の報告、中間年度ごとの評価報告書とも時間や分量が少な過ぎて研究の進捗状況が「わかる」に至らなかった。結果として領域評価の各委員のコメントも一般的事項についての言及や抽象的表現が多くならざるを得なかったようである。今後、上記の問題点を検討し領域の中間評価が行いやすいスキームを考えてほしい。

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This page updated on July 26, 2006

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