研究領域 「高度メディア社会の生活情報技術」


1. 総合所見
 本領域は高度情報化社会における先端的情報通信技術と「生活」の乖離をできる限り縮小することを狙った研究領域の設定で、科学・技術の国民生活や社会経済への貢献が強く求められている現在、極めて時宜を得たものである。また採択された課題のいずれもがCRESTの枠組みがあって始めて十全に発展したと思われ、日本で考えられうる最高のメンバーからなる研究チームを組織化することが可能となった意義は極めて大きい。領域が広範な分野にわたるため、各課題の相互関連性の視点からの相互創発研究を進め、チームとしての活動をより活発化することで領域としての意義がさらに深まるものと考えられる。
 これまでの研究においては、研究領域全体また研究課題のそれぞれにおいても、学術的・技術的な視点を中心に研究が展開され、この視点からの成果が前面に出ているが、「人間、社会、技術」という3つの側面から見た、それぞれのあるべき姿を明確にすることにより、「生活情報技術」の研究としての特徴がより明確に発揮できるものと考えられる。したがって、このような問題設定で本研究領域を考えるとき、それぞれの「生活情報技術」の発展と、これらによって構築される高度メディア社会の成熟だけに留まらず、今後の「人間、社会、技術」が如何にあるべきかという視点からの新しい研究方法論が生まれることも期待したい。
 
2. 研究課題の選考
 選考方針として、「これまでに存在しなかった情報技術、既に存在しているがその精度を1桁以上向上する技術」を対象として挙げているが、これはなかなか実現しがたい挑戦的な目標であるといえよう。
 このような方針のもと、採択課題の分野が多岐にわたり、市場原理からは出てこない研究テーマが多いことからも未知領域へのブレイクスルーの期待は大きく選考は適切であったと思われる。
 「生活情報」という研究領域を非常に広く捉えたため、文化生活、日常生活、娯楽、教育などにわたる多様な課題が含まれているが、ブロードバンド、ワイヤレス(モバイル)など現在の日常生活に最も密接に関連したインフラ技術に比重を置かず、進展が見込める「生活情報」に関する応用技術を重視したことも優れた判断であった。
 一方、最近、防犯、個人情報保護、福祉などへの国民生活上のニーズと関心が高まっていることから、セキュリティ、プライバシー、バリアフリーなどに直接かかわる課題が選択できていれば、より優れた課題選考となったであろう。また、「煩雑化する情報社会の有るべき姿の多角的な探索」を対象とした課題が若干少なく領域としてのバランスを欠いている面も否定できない。ただしこれらの点に関しては、公募という性格上いたしかたないと言えよう。
 
3. 研究領域の運営
 アドバイザーの構成やチームリーダに関しては、分野的にも、産学官の多様性からも適切で非常に質の高い内容になっており、優れた研究成果が期待できるものとなっている。
 採択課題が、専門分野だけでなく研究手法においても多様性に富んでおり、性格を異にしているが、各チームの独自性を重視しつつ、毎年、総括がアドバイザーとともに各研究現場をまわり進捗状況を調査し適宜アドバイスを行うなど運営方針も評価できる。また各課題への中間評価結果によって予算にメリハリを付けるなどは研究予算を効率的に執行するという観点からも適切であったと思われる。
 以上のような運営の結果、各研究課題の個性に応じた独創的な研究が推進され、期待通り、課題によっては期待以上の成果に結びつきつつある(4.研究進捗状況参照)。
 一方、課題間の相互交流が、これまで1回の成果発表会だけのようであり、少ないように見受けられる。課題設定時もそうであるが、課題の進捗に伴って、課題相互の補完性、関連性が顕在化しつつあることから、課題の独自性を損なわない範囲において、研究総括やアドバイザーの指導による課題間交流を行うことは、それぞれの課題にとっても有意義であり、より大きな成果に結びつく可能性が考えられることにも留意していただきたい。
 
4. 研究進捗状況
 各研究グループともおおむね順調に進捗していると見られる。
 研究領域の中で生み出されつつある特筆すべき成果としては、「高度メディアコンテンツ」、「デジタルシティ」、「協調的学習支援」、「情報のモビリティ」、「デジタルヒューマン」などの研究が、各々、文化遺産、社会システム、教育、生命科学などの他分野、人間の活動の見直し、などへのインパクトが大きい。
 また、経済に対する意義・効果も、その可能性は大いに期待できるが、厳密には、直接的にではなく、これらの研究を基盤として、経済的事業展開に資するための新たな方法論の開発、総合的な社会システム構築とそのアセスメントのための研究などの新たな研究事業を起こすことになるであろう。
 個々の課題に関しては性格が多様であるため、成果に関しても多様な尺度で評価する必要があるが、それぞれの課題は、以下の3つに大別される。

1)実用的なシステムや情報基盤の構築
石田グループ研究が世界的にもトップレベルにあり、既に実用試験を行うフェーズに達している。また、高野グループの研究は既に実用環境で行われており、今後は更なる応用への拡大も期待できる。 三宅グループが目指すものは、教育の課題であると同時に、情報技術としても急速に発展している分野であり、教育の専門家と情報技術の専門家とのより密接な連携により、さらに幅広く進展するものと期待される。ただし実践的には進んでいるが、国内発表が比較的少なく、さらなる情報発信が必要であろう。

2)データベースや基礎知識の構築
金出、池原の研究が高く評価できる。当該課題の成果に留まらず、今後の人間機能モデルの研究(金出)、言語モデルの研究(池原)の広い分野の研究推進に極めて有用なデータを提供することができる意義は大きい。

3)学術的、方法論などの新規性
辻井の研究が、言語処理と知識処理、知的エージェントなどの基盤技術に関して、レベルの高い成果をあげつつある。

 
5. その他
 本領域は、「デジタルシティ」や「協調学習支援」などの新しい研究方法論に関しても、先進的・意欲的な取り組みがなされており、これらを他の研究課題でも参考とすると共に、「技術と生活と社会」の視点から、新しい Japanese Methodology が研究開発されることが、大いに期待される。加えて「煩雑化する情報社会の有るべき姿の多角的な探索」に関する検討を今後強化することで、より望ましい研究事業になるものとなるであろう。
 研究課題評価の評価項目に関してだが、本研究領域は性格上、専門分野や研究方法に関して多様性に富む研究課題が選択されるのは必然である。したがって、これらの課題評価の基礎データとして、論文発表、学会発表、特許出願などの項目だけを用いるのではなく、可能な限り多面的な項目を加えるとともに、従来は用いられていない新しい項目の開拓さえ重要と感じる。

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This page updated on April 27, 2004

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