研究領域 「情報と知」


1. 総合所見
 戦略的創造研究推進事業の「さきがけ」は、公募ベースという点では科学研究費補助金と似ているが、総括やアドバイザーとの緊密な交流のもとで研究を行うという点では全く異なっている。また、科研費(基盤研究)が所属組織の枠組みの上に研究グループを構成するのに対し、「さきがけ」は研究者をいわば所属組織から引き離して研究を推進するところに大きな特徴がある。今回の研究領域「情報と知」は、そのような「さきがけ」の特徴を十分に生かした事例であり、期待を大きく上回る成果をあげたと見ることができる。
 個々の研究課題に関しては、前述したように独創性の高い国際的にみても一級の数多くの成果を得ているが、メンバーがそれぞれ研究者として着実に成長し、非常に多くの研究員が研究期間中あるいは終了後まもなく新しいポジションに転進・昇進し、現在の我が国における情報学分野における強力なリーダー層を形成するに至っている。
 今後、彼らによって、新しい若者が教育され、日本における情報学の研究者層の充実に貢献するものと期待できる。
以上より本領域は、研究総括、アドバイザーの個性と選考された研究者の個性が作り出したorganized chaos(秩序ある混沌)が知の創生の原動力となることを実証した好例といえよう。
 
2. 研究課題の選考
 本領域は情報学の広い範囲をカバーし、手法についても実際のソフトウエアシステムから、理論やアルゴリズム開発に至るまでバラエティーに富んでいる。したがって、採択にあたる評価者としては、そうした広い範囲と研究手法を理解し、正しく評価できる能力が求められた。
 そのような意味からも本領域のアドバイザーは、初期の3名と後に追加された4名でもって、広範な領域をカバーし、相互に補完できる産独学のバランスのとれたメンバー構成にもなっている。また、専門分野における知識・経験共に豊富で且つ評価に対する公平さ、人材育成に対する情熱という面でも優れた人選であった。
 選考は「個人として独立した一流の研究者人材の育成」を目標に掲げ、独創的な発想に基づく基礎研究が展開できるように配慮されており、慎重かつ公平に行われたと認められる。
 採択された課題は、公募という形態から、応用的な分野と比べてシステム的な分野が少ない点は致し方ないが、現在の日本において考えうる最強のメンバーで構成され、情報学の重要分野を「知」との関連でバランスよく選定している。特にソフトウェアを中心とした情報の科学と技術のほとんど全体をカバーするような意欲的な領域設定において、採択数も多く、分野も多岐に亘り、全体としては有力な若手が広く採択されたことは、それぞれの課題の研究成果と研究者の成長という両面において顕著に認められる。
 
3. 研究領域の運営
 「個人として独立した一流の研究者人材の育成」という研究総括の基本方針の下、アドバイザーとともに行われた熱意に溢れる指導、指導陣の個と研究者の個さらには研究者同士の個の相互作用による人材育成が徹底され、現在から将来にわたる重点領域である情報分野において、「人材こそ最も重要である」という姿勢が貫かれたことは極めて高く評価できる。
 例えば総括は、若い研究員が存分に力を発揮できるように、彼らに自由度をある程度確保しながら、現在の自分達のアプローチの延長上にある将来像を描かせることを求めるなどして、研究の目標や方向を堅実・確実にするようアドバイスをしている。また、研究課題の選定やその後の展開についても個人面談をするなど、きめ細かな配慮がなされている。このようなアドバイスは、特に有能な若い研究者が高度な能力と独創性が求められるソフトウェア科学等と取組んでいるときには重要であり、これらの効果が、各研究員の研究の展開から判断して、着実にあがっていると思われる。
 予算配分に関しても、各研究課題の研究費が1千万円以下から1億円強という一桁を越える広い分布を示しており、とかく陥りがちな悪平等を徹底的に廃し、研究課題の個性を尊重した運営が行われたと判断される。
 さらに特筆すべきは、情報分野全般にわたる広い課題設定が、年2回の合宿形式の領域会議で理想的な異分野交流の場となり、個の確立に大きく貢献していることであろう。
 会議ではアドバイザーや外部講師によるイブニングレクチャーや特別講演等を開催するなど、会議自体の運営にも工夫がなされている。このように総括およびアドバイザーが、きわめて密な相互交流を促進していることは、関係者(とくに慶応塾長となられた総括)の多忙さを考慮すると驚異的である。
 
4. 研究結果
 総勢44名に及ぶ研究者を動員した領域であるが、研究テーマの特性に起因するものと考えられる1、2件の課題を除いて、総じて独創的で国際的に評価の高い研究成果をあげている。また、研究者個人としても、それぞれの分野でトップレベルと認められる人材が育成されたことは高く評価できる。
 以下に本領域で特筆すべき成果と認められるものをまとめてみた。
 システムオンチップのリアルタイムプロセッサーアーキテクチャ(山崎信行)やグリッドコンピューティング高度で先進的な研究(松岡聡)、モバイルオブジェクトコンピューティング(加藤和彦)、テキストデータマイニング(有村博紀)、Web上の(半)構造データからの知識の発見(山本章博)、データ圧縮と高速テキスト処理技術の開発と文学・音楽等データへの適用(竹田正幸)、障害者を対象とした情報技術や知覚情報基盤に関する研究(乾健太郎)、光トポグラフィーの乳児への適用(多賀厳太郎)、通信ネットワークのプロトコル動的変更に関する基礎研究(佐藤一郎)、感性の定量化の試み(諏訪正樹)等の成果は、有効な新手法の提案としてのインパクトが大きい。
 またマルチメディア分野、(石黒浩)の成果も出色であり、現在のロボティックス分野での活躍につながっている。さらに、モデル・アルゴリズム分野(化学反応モデル)(佐藤寛子)、バイオインフォマティックス分野(有田正規)での先駆的な業績をあげた成果も特筆に価する。
 このように本領域では、情報学の多くの分野で極めて独創的で実際的な研究が展開され、新分野の開拓も行われた。これらの成果は、今後の情報学分野の新たな基盤となり、将来的には社会経済に少なからず影響を与えるであろう。
 
5. その他
 本研究領域の成功は、「さきがけ事業」という優れたプログラムと、そのプログラムを最大限に活用する資質を備えた研究総括、アドバイザーとの絶妙な組み合わせがもたらしたものであると言えよう。
 「さきがけ事業」は、科研費とはまったく異なった性格と目的を持ち、特に若手研究者の人材育成プログラムとしての成果は、他に比類なく顕著である。
 評価者自身も「さきがけ事業」の領域会議への参加経験があるが、会議は学問的活気に満ちたもので非常に有意義であった。また、領域の事務局もこのプログラムに自信と誇りをもって仕事をしている様子が伺えた。このような研究員間の相互の交流や研究支援体制は領域の運営において極めて重要であり、プログラムの成功例として特記すべきであろう。
 研究領域の終了後、研究員の発案で「同窓会」が組織され、これに領域代表やアドバイザーや事務局も加わり、引き続き研究活動が行われると聞いている。それぞれの研究教育機関において中堅の指導者として成長した旧研究員が自分達の後継者としての次世代の研究者等を引き連れて参加しているのであろう。このことはすなわちこの領域における研究・育成の手法が永く継承されることを意味していることになる。
 以上のように「さきがけ事業」と同様な運営形態をもつプログラムを積極的に推進することは、若手研究者の育成のためにわが国の科学技術政策の最も重要な施策の一つといっても過言ではない。「さきがけ事業」に関する国民的な理解と支援を得ることが、緊急かつ最重要な課題である。

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This page updated on April 27, 2004

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