資料1-7

研究領域「環境低負荷型の社会システム」


1. 総合所見
 戦略目標「環境にやさしい社会の実現」は、国全体として取り組むべき長期的な課題であり、かつ緊急に取組まなければならない重要な課題であった。しかし、本研究領域単独で達成し難いことは自明であり、このベクトルに対して本研究領域の果たした意義、効果を検討する。
 本研究領域が設定される以前では、「環境低負荷型の社会システム」という考え方はあったものの、具体論については、まったく乏しい状況であった。そうした状況の中で、この研究の遂行を通して、「環境にやさしい社会の実現」に必要な技術が、社会技術を含めきわめて広範にわたるものであり、工学、理学、社会科学などの異分野の研究者を結集した多角的な研究が必要であることが明確に認識された。
 本研究領域から、現在の社会構造を環境保全型の社会に変革するための環境技術、社会技術に関する研究成果が生まれたが、これらの成果は、本研究領域の存在なしには生まれ得なかった成果であり、そのような意味でも研究総括の強力なリーダーシップによるマネジメントの意義は大きい。環境の計測・評価に関する研究分野では、従来、構想を持ちながら果たせなかった研究に相当の予算が投じられ、いくつかの世界的に注目される研究成果を挙げた(4.研究結果参照)。これが基になり当該研究分野の研究が大いに発展することが期待される。このように、本研究成果が、一定程度の寄与をしたことは間違いなく、この研究のさらなる継続・発展が望まれる。
 また、本研究領域は、重要ではあるが新しい分野なので、研究者が少なく若手研究者の育成が大きな課題であった。本研究領域のそれぞれの研究が5年と比較的長期でかつ予算が大型であったために、大学院学生を含めて若手研究者を一定期間経済的不安が少ない形で研究に従事させることができ、また、海外での国際学会出席や国際機関との交流という機会が充分与えられ、国際的に活躍できる若手研究者が育ったことも領域の存在としての意義は大きい。
 最後に、このような本来社会的で自然科学・人文・社会科学の枠を越えて取り組むべき課題に対して、「科学技術」を掲げる事業がどのように取り組むのが最も適切かということが、今後十分に検討を要する課題であることを付記する。
 
2. 研究課題の選考
 本研究領域「環境低負荷型の社会システム」は、相当幅広い設定となっている。そうした状況の中で、研究総括は、全体の目標が「環境にやさしい社会の実現」であることを考慮して、「科学技術」を掲げる事業の枠にとらわれず、総合的な社会的システム研究を重視し、本領域を独自に5つのサブ領域(環境計測、環境材料、環境対策技術、環境評価、社会技術)に分類しつつ社会科学的研究も積極的に採用する選考方針としたことは高く評価される。実際に採択された課題は、環境汚染の計測・評価、汚染因子の特定・除去など、極めて幅広いものとなっている。ただし、研究領域の趣旨から考えて課題があまりにも分散しており、「環境にやさしい社会の実現」のために、もう少し焦点を絞った課題選考が妥当であったという面も否定できない。また、システム研究に直接応える応募が結果的に少なかったことは、残念な点である。これらは、研究総括の責任というよりも、領域設定が広範囲に亘っており、研究総括としては領域全体をカバーするため、幅広く採択したため、と判断される。
 上記の問題を解決するひとつのやり方は、戦略目標の提示をうけて、その目標を達成するための具体的な研究領域を設定する過程で、研究総括との綿密な打ち合わせを行うことであろう。そうすれば、課題全体の統一感をより持たせることも考えられる。併せて、このプロジェクトが行われた平成7年からの5年間は、中央環境審議会で「循環型社会形成推進基本法」の討論が行われ、リサイクル関連法案の討論が行われていた時期でもあったので、低負荷社会システム構築に関する国の政策に資する観点をさらに明確にすることも可能であったと思われる。
 なお、本領域のアドバイザーの構成は、大学のシニア研究者を中心に、分野的にバランスのとれた構成になっている。ただし、本研究領域をとりまく環境の変化を振り返ると、5年間を同じメンバーで通さずに、途中で適宜新たなアドバイザーをむかえることを考慮してもよかったかも知れない。
 
3. 研究領域の運営
 研究総括は、代表者とのヒアリングを通しての研究状況の的確な把握、自身およびアドバイザーによる助言、頻繁な現場視察、技術参事との密接な連携などを通して、初期のねらいの達成に向けた積極的な運営を行った。併せて、それぞれの研究代表者に年度末に予算を提出させ、それまでの研究状況を踏まえて研究統括が大胆に予算を査定・修正するなど研究の進展が見込まれる課題に的を絞り、結果的に2倍程度の格差をつけるなど、大胆な予算配分を行った。これらの運営は、研究成果(後述)からしても妥当であったと思われる。ただし、電気自動車や高温ガス化溶融のように、他省庁の予算で実用化が進められているテーマについては、本研究領域の特徴は認められるものの予算の削減を考慮することがあってもよかった。
 
4. 研究結果
 【全体評価】
   研究対象が広範囲に亘っており、領域全体としての目標達成度を一般的に議論することは難しいが、全体的にバランスのとれた成果をあげており、特に、アイソトポマーを利用した大気中の微量温室効果ガスの計測の研究を始めとして、総じて高い水準の成果が認められるので、有期のプロジェクト的性格を有する研究領域全体としては成功と評価できるが、例えば「生分解性高分子」のように、本領域全体の中での位置づけが必ずしも明確でない課題も幾つか見受けられた。一方、社会システム分野については、社会システムの研究を重視するという研究総括が強調しようとした意図に直接応じた応募が少なく、結果的に期待した成果は必ずしも得られていないように思われる。
 【具体例】
   環境の計測・評価、環境材料・環境対策技術、社会技術の3分野に大別して研究成果を評価する。
 
 環境の計測・評価は、現在の社会システムが環境にどのような負荷をかけ、環境がどれだけの受容能力を持っているかを調べ、「環境低負荷型の社会システム」構築の指針を得る研究として重要である。この分野ではいくつかの世界的にも非常に高水準の研究成果が得られている。
1) 「アイソトポマーを利用した大気中の微量温室効果ガスの計測」では、従来よりも1桁分解能の高い質量分析計を開発し、地球的スケールに亘るため、極めて捉えにくい環境影響因子の発生起源の特定化への道をひらくとともに、有効な対策をとるための手がかりを与え、世界的にこの分野の研究が活発化するきっかけとなった。
2) 「東アジア地域の大気化学物質の計測」においては、対流圏オゾンを初めとする諸化学物質の計測手法を開発するとともに、その生成消滅の地域的な動きを明らかにした。日本の大気が国外地域の動向からどのように影響されるかを考える上で有効なデータと方法を提供した。
3) 「サンゴ礁におけるCO2固定バイオリアクターの構築技術の開発」では、健全なサンゴ礁は吸収源として働くことを明確にした。これまでのサンゴ礁が吸収源であるか排出源であるかという疑問に答を出した。
4) 「CO2倍増時の生態系のFACE実験とモデリング」の研究では、CO2濃度上昇により稲の収率が上昇することを明確にした。今後の温暖化の農業影響に関する研究に大きく寄与すると期待される。
5) 「環境影響と効用の比較評価に基づいた化学物質の管理原則」の研究においては、多種多様な化学物質のリスク評価基準を確立し、その有効性をいくつかの事例研究で明らかにした。これにより国の環境政策を先導する役割を果たした。
 
 環境材料、環境対策技術は、「環境低負荷型の社会システム」を構築するための、新しい技術要素として重要である。材料分野では微生物を利用した材料生産、エネルギー変換用高温材料の開発、環境対策技術分野では水、土壌の主として微生物を用いた浄化技術、廃棄物のエネルギーあるいは他の有用物質への転換技術、新しい乾式脱硫技術、環境共生住宅、電気自動車に関する研究が行われた。
1) 「微生物による水環境修復技術の確立」の研究では、目標をほぼ達成し、日本のみでなくアジア各地への応用が積極的に行われている。
2) 「高温空気燃焼技術を用いた廃棄物・石炭高効率発電」の研究ではぺブルを用いた新しいガス化方式を提案、実験炉を構築するとともに、別途の中小型向けの新しい方式を開発した。企業等の協力を得て、現在実用化炉の建設に向けて動いている。
3) 「セラピューティック煉瓦造住宅の住環境効果」の研究では、自然エネルギーのより大きな利用と省エネルギーの実現を狙った2つのタイプの実験住宅が構築され、大幅な商用エネルギー需要の低減と快適な居住性の確保が達成されている。このような試みは欧米でも最近多くみられ、今後の発展・普及が期待される。
4) 「都市交通の環境負荷制御システムに関する研究」では、8輪の採用により多目的利用可能な高性能・高燃料効率車が実現されている。このユニークな提案が今後自動車技術の発展の中で大きく活かされることを期待する。
 
 社会技術は、現在の社会システムを「環境低負荷型の社会システム」への変革の方策を検討するものであり、本領域研究の主題である。研究総括は、将来の都市、より広くは社会構造の変革の新しい提案とその検討を行うシステム研究を大いに期待していたが、その希望に直接応える応募はかなり少なかった。5件の研究が行われた。
1) 「地球環境保全のための国際的枠組みのあり方」の研究では、日本発の研究を海外に認知させることができた。しかし、そのインパクトが大きかったとは現在のところ言い難い。
2) 「自立都市をめざした都市代謝システムの開発」では、都市構造を評価するツールとして八王子を事例とする詳細な都市シミュレータを開発し、環境負荷の少ない自立型都市インフラ、都市構造を論じた。今後の地方自治体の政策決定に大きな参考になると期待される。
3) 「社会実験地における循環複合体の構築と環境調和技術の開発」では、資源循環型の構造を持つ社会システムのあり方を検討した。リサイクルとメンテナンス機能を持つ逆工場や産業工場と食品流通業の循環複合体を提案し、それを支える社会制度の環境効果および経済効果を論じるなど、今後の地方自治体の政策決定に寄与することが期待される成果が得られている。
 
5. その他
 評価方式に関しては、その事業の位置付けによって独自に決まることであり、環境分野のように、環境省、経済産業省等から多くの研究費が投じられている中では、特に、それぞれ独自の評価方式が求められるであろう。評価の多様性が健全に育つことが強く望まれる。

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This page updated on August 1, 2003

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