資料1−6

研究領域「脳を知る」


1. 総合所見
 本領域の研究は、明確な目標を定めて比較的短期間に画期的な研究成果を生みだすことを目標とする本制度の趣旨によく沿った展開をしたといえる。この「脳を知る」領域が生まれたために、次々に開発される種々の研究方法・技術、概念を自在に組み合わせ、融合させて駆使するなどの機動的な脳の研究が可能となった。
 本領域の存在による、我が国の脳研究の発展に対する寄与は極めて大きいが、今後は、「コミュニケーションの脳機能」など、高次の脳機能のメカニズムの解明、創薬を始めとする病気の新しい治療法、予防法の開発、コンピュータやロボットの開発に導くべく、脳科学研究のさらに一段の推進が必要であろう。
 総合すると、以上のような課題は残ったものの、脳機能のさらなる解明に一歩踏み込んだという意味で、本事業の趣旨及びこれを受けた研究総括の所期のねらいは、概ね達成されたと判断できる。
 
2. 研究課題の選考
 本領域の7名のアドバイザーの構成は、医学、生理学、情報工学など幅広い分野に亘っており、全体としてはよい構成となっていると判断される。ただ広い領域をカバーするにしては臨床医学領域のアドバイザーが少なく、少し数を増やして、この分野とともに分子生物、生化学等の領域もカバーするアドバイザーを複数加える余地を考慮してもよかった。
 採択された課題には、上述の項目の中の「コミュニケーションの脳機能」に該当するものが見当たらないが、これはこの目標に向けての研究が我が国ではまだよく成熟していないためと思われる。
 最終的に採択された19課題はいずれも「脳を知る」領域の課題として適切であり、分子レベルの研究から細胞・組織レベルに亘っており、全体としてバランスのとれたものとなっていた。ただし、この領域には、研究代表者だけでなく領域アドバイザーに女性がまったく居なかったのは、我が国のこの分野にレベルの高い女性研究者がいなかったことによるのか、多少疑問が残る。
 
3. 研究領域の運営
 研究総括は、各研究代表者の主体性を尊重しつつ、年1回のサイトビジットを通して詳しく研究進捗状況を聴取し、それに対する総括の意見を提言してきた。運営において各課題代表者の主体性を尊重するという研究総括の態度は適切であったと評価できるが、2,3のチームについては、代表者のプロジェクトに的を絞る等、チームの構成員数や分担内容において、もう少し踏み込んで指導力を発揮してもよかったと思われる。
 なお、運営にあっての予算の配分に関しては概ね適当であった。
 
4. 研究結果
 遺伝子や蛋白質分子に基づく脳研究として、多くの優れた研究成果が挙げられた。中でも特筆すべき事例は、ヒト脳での神経幹細胞の発見とその分離・調製の成功(岡野ら)、老人班の主成分であるベータ蛋白質の沈着へのコレステロールの関与の発見(井原ら)、部位および時期特異的標的遺伝子組み換え法の開発(三品ら)、セマフォリン3Aの受容体としてのニューロピリンの同定(藤澤ら)、ニワトリの視覚神経回路形成に関わる新物質の発見(野田ら)、ウイルスベクターの遺伝子導入法によるニューロンやグリア細胞の形質転換技術の開発(小澤ら)、ムスカリン性アセチルコリン受容体の高次構造(芳賀ら)、ヒトの大脳過程やサーカデイアンリズムの機構(田中、深田ら)、神経回路網の構造と働き(村上ら)、ヒト単一神経細胞の分析技術の開発(金沢ら)、神経細胞・グリア細胞の分化(堀田ら)などが挙げられるが、他にも多くの成果が生み出されて、全体の研究成果も論文の発表状況からみて高い水準にある。
 また、脳研究とはかけ離れた「ピロリ菌毒素の胃潰瘍形成機構の解明」のような思いがけない発見も見られ、優れた人材が選ばれているので、当然期待された副産物であるといえよう。
 これらの成果は科学的意義の重要さは当然ながら、脳組織の再生・修復および神経の移植治療法など、今後の科学技術の進展にも大きく貢献するものとして高く評価できる。例えば、人の大脳過程やサーカデイアンリズムのメカニズムについての研究結果は、国民の科学知識として重要であり、神経回路網の構造と働きを分析した研究結果はロボットの開発を助け、将来、産業技術に応用される可能性が高い。アルツハイマー病や脊髄小脳変性症などの病因に関わる研究結果は創薬や再生医学への応用につながり、ひいては医療経済に多大な影響を及ぼすと期待される。
 「脳を知る」領域の研究は、分子、遺伝子に向う分析と精神機能に向う統合の両方に向けて今後ますます盛んになリ、自然科学の中でも特異な領域を形成するだろう。本領域の発展を基盤として、脳の発達と発達異常、臨界期、可塑性、学習機能研究などを主要研究課題とし、育児や教育に関わる新たな「脳を育む」領域がこれから大きく発展すると期待される。
 
5. その他
 本領域では、チームによって研究成果としての論文の質・量に大きな違いがみられている。その差は、他の領域と比較して大きいように思われるが、その対策として、選考の過程に関与するアドバイザーの一段の強化が望まれる。
 生物系では、近年女性研究者の数が急速に増加しており、その活躍も目覚しい。本制度の他の領域の研究代表者や「さきがけ研究」の研究者にも、数は少ないものの女性が含まれているが、本領域では女性がまったく採択されていない。基礎となる専門家の層の厚みや応募状況によるものの、脳における性差の研究など、女性研究者の存在はこの領域では特に大切な意味を持ちうることを考慮にして、今後この方面の研究分野における女性研究者の育成にも大きな関心を持っていくべきであろう。

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This page updated on August 1, 2003

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