「御子柴細胞制御プロジェクト」終了報告

・総括責任者(終了時) 御子柴 克彦(東京大学 医科学研究所 教授、理化学研究所 脳科学総合研究センターグループディレクター)
・研究実施期間 平成7年10月 ~ 平成12年9月

Ⅰ. 研究の概要

 外界の刺激が細胞に伝達されるとセカンドメッセンジャー(二次情報伝達物質)が産出され、細胞の生理機能を引き起こす。二価の金属イオンであるカルシウム(Ca2+)は、その濃度変化により様々な生理作用を引き起こし、普遍的に全ての細胞で細胞内セカンドメッセンジャーとして重要な働きを示す。Ca2+は外部からの刺激に呼応して細胞外からのCa2+がその都度細胞内に導入されるか、細胞内の小胞体というCa2+貯蔵庫から放出される。最近になって、Ca2+の細胞内の分布を蛍光色素によって可視化することができるようになり、細胞内滑面小胞体からのCa2+放出の制御をイノシトール3リン酸(IP3)受容体が担っていることが明らかとなってきた。
 本研究ではCa2+動態を捕らえながら小胞体から放出されるCa2+が引き起こす細胞機能を明らかにすることを目指した。この研究によって、これまで理解が進んでいなかった細胞内膜系を介した細胞機能を制御する機構の解明を試みた。また、細胞機能を制御する機能の異常に基づくと考えられ疾患の病因の解明するための新しい切り口も提供できるようになった。
 細胞内セカンドメッセンジャーとしてのカルシウムの働きは多岐にわたるので、本プロジェクトではできるだけ幅広く受精、卵割、発生から神経細胞の成長、分化、神経系における情報伝達と高次機能など広範囲の研究を行い、その結果、アフリカツメガエル胚の背腹軸の形成に関するイノシトール3燐酸受容体(IP3R)を介した細胞内カルシウムの機能、同受精卵でのIP3誘発カルシウム放出による細胞表層構造の制御、ニワトリ胚での細胞内カルシウム放出による神経成長制御機構の解明、IP3とその結合タンパクとの分子間相互作用、IP3R1型欠損マウスにおける小脳の長期抑圧の欠損と海馬CA1、CA3領域の長期増強の増加、リアノジン受容体によるシナプス可塑性と行動・学習の調節など多くの成果を得た。カルシウムの機能全体からみれば、最も基本的な部分を解明したことになるが、このような基礎研究の積み重ねによりいずれは全体像が明らかにされるであろう。その意味で、本プロジェクトにおける研究成果は脳の高次機能をはじめとする生命現象の本質を解き明かすのに大きく貢献するものと考えられ、また得られた成果は種々の疾患や外傷により傷ついた神経の再生、てんかんのような脳機能障害の病因の解明、記憶のメカニズムの解明、卵割から発生に至る分子機構の解明による発生医学の発展など今後の展開が期待できると思われる。

Ⅱ.研究体制と参加研究者

◆ 研究体制
機能分子・膜動態グループ【神経シナプス形成に関わる分子制御機構、IP3Rの分子間相互作用の研究】
(東京都目黒区/萬有製薬(株)目黒事業所内〔3年間〕、 東京都文京区/理研駒込分所内〔2年間〕)
研究員数:竹居 光太郎、他3名
Ca2+動態・生理機能グループ【神経シナプスの可塑性、卵割、初期発生におけるカルシウムの役割に関する研究】
(東京都目黒区/萬有製薬(株)目黒事業所内〔3年間〕、 東京都文京区/理研駒込分所内〔2年間〕)
研究員数:加藤 邦夫、他4名
細胞機能分子制御グループ 【カルシウムに関する機能分子の改変、特異的遺伝子欠損個体の作成と解析】
(茨城県つくば市/理研ライフサイエンス筑波研究センター内〔3年9ヶ月〕、埼玉県和光市/理化学研究所脳科学総合研究センター内〔1年3ヶ月〕)
研究員数:鈴木 昇、他1名

◆参加研究者(グループリーダー、研究員) 数字は研究期間での通算人数
企業 大学・国研等 外国人 個人参加 総計
11

Ⅲ.研究成果の概要

◆特許出願件数
国内 海外
◆外部発表件数(論文・口頭発表)
  国内 海外
論文 17 18
総説・書籍 14 18
口頭発表 37 36 73
52 57 109

【発表主要論文誌】
  Science / J. of Cell Biology / Biochemical Journal / Neuron / J. of Biological Chemistry / Nature

主な研究成果

1) IP3受容体/Ca2+シグナル系が背復軸決定因であることの証明
 中胚葉誘導のはじまるアフリカツメガエル32-64細胞期胚でIP3細胞内濃度が一過性に上昇し、これがリチウムにより阻害されることは知られており、イノシトールリン酸代謝系の阻害を引き起こす。そこで背腹軸形成においてIP3受容体/Ca2+シグナル系が働いている可能性を検証する為、IP3受容体に対する特異的機能阻害抗体を作製し、4細胞期の腹側へ注入して腹側を背側に変換できた。各種分子マーカーの解析を含めて腹側の細胞が背側に運命転換したことを明らかにした。
2) IP3受容体からのCa2+放出がニューロンの突起伸長を制御する因子であることの発見
 レーザー光線を用いて特定分子を局所的に不活化する方法を確立した。標的分子に対する特異抗体にある種の色素を結合させレーザー照射してラジカルを放出させて標的分子を破壊する新しいレーザー分子不活化法(Chromophore-Assisted Laser Inactivation=CALI)を導入した。画期的研究法により、ニューロンの先端の神経成長円錐での小胞体からのCa2+放出が突起伸長に必須であることを明らかにした。
3) IP3受容体欠損によりてんかん発作や小脳失調症を示すことの発見
 遺伝子相同組換え法によりIP3受容体を特異的に欠失しているマウスの作製に成功した。このマウスはてんかん発作をおこし、全例20日齢頃に死亡する。ヒトに使用する抗てんかん薬でてんかん発作は消失し、運動失調があらわれた。
 小脳では特徴的なシナプス可塑性である長期抑圧現象があるが、欠損マウスではこの学習機能が抑えられており、海馬では長期増強現象が促進していた。IP3受容体はシナプス可塑性にも関わっていることが証明された。
4) リアノジン受容体が行動・学習やシナプス可塑性に必須な分子であることの証明
 IP3受容体と異なるもう一つの小胞体のチャネルであるリアノジン受容体の特異的欠損マウスを作製したところ、海馬の長期増強が起こりやすくなっていた。
 すなわち、リアノジン受容体から放出されるCa2+は細胞外からの流入とは、逆の作用をもち、長期増強という記憶現象を抑える作用をもつことをはじめて明らかにした。行動学習を調べたところ、水迷路学習のうちで水中のプラットフォームを除くと元あった場所に拘束される傾向が強く、IP3受容体欠損による海馬シナプス可塑性の変化を反映していると考えられた。
5) 細胞分裂や細胞の形の変化に関わるIP3レセプター
 細胞分裂に際して、小胞体から放出されるCa2+波が分裂溝にみられることを発見し、かつ小胞体を含むIP3受容体が細胞運列面決定因子として働くことを見い出した。更に、細胞にIP3を注入することにより、細胞骨格の再編成をおこして、細胞の形のダイナミックな変化をおこすことをはじめて明らかにした。

This page updated on August 6, 2001

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