「加藤たん白生態プロジェクト」終了報告

・総括責任者(終了時) 加藤誠志((財)相模中央化学研究所 主席研究員)
・研究実施期間 平成7年10月~平成12年9月

Ⅰ. 研究の概要

 細胞は、蛋白質、核酸、糖、脂肪などが複雑にしかも秩序をもって組み上げられた分子集合体である。個々の蛋白質は様々な様式で結合・解離しながら動的なネットワークを形成し、これらの蛋白質ネットワークが他の分子群とともに集合して、“生きている”細胞を形作っている。そこで、細胞に含まれる蛋白質ネットワークとその他の分子群をすべてまとめて我々は「たん白生態」系と呼んでいる。細胞の生命現象の全体像を分子レベルで理解するには、「たん白生態」系の全構成要素とそれらのつながりを明かにする必要がある。
 本プロジェクトでは、ヒト「たん白生態」系を構成する蛋白質ネットワークとそれらの結合様式を明らかにするため、従来のように機能から物質へという方向ではなく、「物質から機能へ」という方向のアプローチを試みた。すなわち我々が独自に作り上げたヒト完全長cDNAバンクを出発材料として用いて、「たん白生態」系を構成する蛋白質ネットワークを明かにするために必要となる方法論を開発すること、そして実際に新規の蛋白質ネットワークや新しい結合様式を発見することを目指した。新規ヒト完全長cDNAの全長配列解析、インビトロ翻訳系や動物細胞内発現系を用いた発現産物解析を行なった結果、細胞周期の制御に関係するNEDD8修飾系の発見、転写に関与する新規核蛋白質複合体の発見などに成功した。また新しい方法論として遺伝子免疫による抗体産生技術の開発、蛋白質-蛋白質間相互作用を解析するための新技術開発を行った。
 本プロジェクトで見いだされた新規の蛋白質複合体や新規の修飾様式は、今後新しい細胞内機能制御系の解明への展開が期待できる。また完全長cDNAバンクを出発材料にして蛋白質ネットワークを明かにしていくという我々のアプローチは、将来のポストゲノムシーケンスプロジェクトにおいて細胞の生命現象の全体像を理解するための新しい方向性を提示したものと考える。

Ⅱ. 研究体制と参加研究者

◆研究体制
蛋白解析グループ(神奈川県相模原市/(財)相模中央化学研究所内)
【新規cDNAがコードしている蛋白質の構造・機能解析】
研究員数:逢坂 文男、他3名
局在解析グループ(神奈川県相模原市/(財)相模中央化学研究所内・北里大学医学部)
【新規cDNAがコードしている蛋白質の細胞内局在解析】
研究員数:伊藤 巧一、他3名
動態解析グループ(神奈川県相模原市/(財)相模中央化学研究所内)
【新規cDNAがコードしている蛋白質の細胞内動態解析】
研究員数:岩室 祥一、他4名

◆参加研究者(グループリーダー、研究員) 数字は研究期間での通算人数
企業 大学・国研等 外国人 個人参加 総計
10 13

Ⅲ. 研究成果の概要

◆特許出願件数
国内 海外
22 24
◆外部発表件数(論文・口頭発表)
  国内 海外
論文 11 11
総説・書籍
口頭発表 56 65
62 20 82

【発表主要論文誌】
  The Journal of Biochemistry / EMBO Journal / Genes & Development

主な研究成果

1) 細胞周期の新規制御システムNEDD8経路の発見
 完全長cDNAバンクの網羅的インビトロ翻訳解析の過程で、ユビキチン様蛋白質NEDD8がカリンファミリーの蛋白質群に共有結合する新規修飾経路を見いだした。さらに、NEDD8化がユビキチンリガーゼの活性調節を介して細胞周期の制御に関与していることを分裂酵母を用いて証明した。
2) 新規WWドメインを介する蛋白質複合体の発見
 機能未知のヒト完全長cDNAの中からWWドメインを含む新規核蛋白質Npw38並びにこれと結合するRNA/DNA結合蛋白質NpwBPを同定し、これらの蛋白質の相互作用がWWドメインと新規モチーフの結合を介して起こることを解明した。この結果は、WWドメインが、核内の転写系においても重要な役割を果たしていることを示唆した。
3) 細胞内蛋白質の新しい糖鎖修飾の発見
 解糖系の酵素を含む多くの細胞内蛋白質が、それぞれ特異的な糖鎖を有することを発見した。この結合はO-グリコシド型であるが、結合糖としてGlcNAcが含まれず、従来知られているO-GlcNAcとは違う様式の新規な結合であった。このことから、細胞内蛋白質の糖鎖による新しい修飾様式が存在し、その修飾はこれまで知られていない新しい細胞機能の制御に何らかの重要な役割を演じている可能性が示唆された。
4) ヒト完全長cDNAクローンの大規模局在解析
 ヒト完全長cDNAクローンとウロキナーゼcDNAや緑色蛍光蛋白質cDNAの融合遺伝子発現による局在解析を行い、新規II型膜蛋白質群、新規スプライセオソーム構成成分Nps20、新規RNAヘリカーゼ、不死化細胞特異的核蛋白質IMUP-1などを含む多くの新規蛋白質の同定に成功した。
5) 遺伝子免疫を用いた抗体産生法の開発
 ヒト完全長cDNAの動物細胞用発現ベクターをマウスやラットに直接注射あるいは遺伝子銃で導入することにより、cDNAがコードしている蛋白質に対する抗体が産生することを見いだした。この方法は、組み換え蛋白質の大量生産という工程を必要としないので、組み換え蛋白質の生産が困難な膜蛋白質や分解されやすい蛋白質などに対する抗体産生の道を開くものとして期待される。
6) 蛋白質間相互作用の新規検出法の開発
 蛋白質-蛋白質相互作用を、細胞内で同時発現させた蛋白質の局在の変化を見ることによって検出する「2-ハイブリッド局在化法」を開発した。本法を用いれば、蛋白質間の結合を細胞内の環境下で、迅速にかつ視覚的に判定でき、今後の蛋白質ネットワーク解析のための有力な手段として期待される。

This page updated on August 6, 2001

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