「舛本単一量子点プロジェクト」終了報告

・総括責任者(終了時) 舛本泰章(筑波大学物理学系 教授)
・研究実施期間 平成7年10月~平成12年9月

Ⅰ. 研究の概要

 数ナノメートルサイズの半導体微結晶は量子井戸や量子細線などの量子構造の極限にある量子点として、新しい量子現象を示すことが期待されていた。しかし、そのサイズが一定しないため、本来示すべき量子サイズ効果の精密な観測や表面現象を含む新現象の発見が妨げられていた。本プロジェクトは単一の量子点の光学的性質を追求し、量子サイズ効果を超える新しい量子効果の発見を目指して、1)ナノメートルサイズの半導体量子点を制御性よく形成し、構造や表面を詳しく調べる、2)量子点集合の中から、サイト選択分光法や高空間分解能レーザー分光法を用い、特定の量子点を選択し、光学的性質を測定し、解析する、3)単一量子点の特性のシミュレーションにより、測定結果を理論解析し、新現象を予測する研究を行った。その結果、1)MOVPE(有機金属気相エピタキシー)法による量子点の自己形成において、エリプソメトリ法によるその場観察に成功し、サイズ、構造、濃度、配置について制御性の良い量子点作製技術を開発した。2)CuCl量子点やInP量子点において、2励起子状態、3励起子状態、多励起子状態を単一量子点分光により観測し、併せて理論計算を行い、量子点中の多励起子状態を総合的に理解した。3)CuCl量子点中のLOフォノンと励起子の相互作用、ポーラスSiの表面振動モードと量子化電子状態の複合状態、電場下のInP量子点での励起電子のフォノン緩和の観測など、量子点におけるフォノンの状態を明らかにした。4)InP量子点に発光の明滅現象やアンチストークス発光を見出し、これらが量子点と量子点が埋め込まれているホスト中のトラップとの相互作用によることを明確にした。また、5)発光の劣化寿命を100倍改善できた重水素終端ポーラスシリコンやEu珪素酸化物ナノ結晶の白色発光、6)マトリックスの組成変調によるInP量子点の発光の偏光の発見等の、発光デバイスへの応用が期待される成果を得た。本プロジェクトで確立された、「量子点は埋め込まれているホストと一体のものとして理解される」という概念は、今後も量子点の本質的概念となると考えられる。

Ⅱ. 研究体制と参加研究者

◆研究体制
量子点形成グループ(茨城県つくば市/日本電気(株)筑波研究所内)
【量子点の作製・形成過程と構造の研究】
研究員数:菅生 繁男、他3名
分光解析グループ(茨城県つくば市/筑波研究コンソーシア内)
【量子点の電子状態・励起状態の研究と新しい現象の探索】
研究員数:杉崎 満、他6名
計算解析グループ(茨城県つくば市/筑波研究コンソーシア内)
【量子点の分光研究の理論付けと新現象の予測研究】
研究員数:松浦 直紀、他1名

◆参加研究者(グループリーダー、研究員) 数字は研究期間での通算人数
企業 大学・国研等 外国人 個人参加 総計
13

Ⅲ. 研究成果の概要

◆特許出願件数
国内 海外
12 12
◆外部発表件数(論文・口頭発表)
  国内 海外
論文 73 73
総説・書籍
口頭発表 91 91 182
95 166 261

【発表主要論文誌】
  Physical Review B/Physical Review Letters/Applied Physics Letters

主な研究成果

1) サイズ、構造、濃度、配置について制御性の良い量子点作製技術の開発
 エピタキシャル結晶成長には、Stranski-Krastanovモードと呼ばれる、歪みの存在下でナノメートルサイズの島状結晶が形成される形態がある。これを利用した量子点の自己形成の研究をMOVPE(有機金属気相エピタキシー)、ガスソースMBE(分子線エピタキシー)により行い、基板方位、基板温度、成長中断、アニールなどの成長条件を適正化することにより、サイズ、密度、構造について制御性の良い量子点作製技術を開発した。また、量子点層を多重積層することで、自己組織的な量子点の1次元配列の形成に成功した。この配列の発光には量子点間のカップリンングを示唆する強い偏光特性が見られる。
2) 量子点形成の‘その場’観察手法の開発
 MOVPEにおいては、従来、成長の‘その場’観測法は実用レベルには達していなかった。高速消光型のエリプソメトリ法を採用し、プローブとなるレーザー光の波長を材料に合わせ選択する等の方法によって、高S/N比での量子点成長の‘その場’観察に成功した。また、この手法を用いてモノレイヤー成長に伴うエリプソメトリ信号の振動を非常に明瞭に観測することにも成功した。この方法は上記1)の量子点成長の制御性の向上を図る上で有用なツールとなった。
3) 多励起子状態の解明
 弱い閉じ込めの典型例として取り挙げたCuCl量子点において観測された2励起子状態(結合状態および反結合状態)、3励起子状態に対する理解が進み、これと逆の極限にある強い閉じ込めの例として取り挙げたInP量子点において、2励起子状態、3励起子状態、多励起子状態の単一量子点分光による観測が進み、理論計算と相まって、量子点中の多励起子状態を総合的に理解することができた。量子点中の多励起子状態の理解は、極微弱光による光非線形デバイスの基礎を与えるものである。
4) 量子点中のフォノンやフォノン緩和の解明
 量子点中に閉じ込められたLOフォノンはフレーリッヒ相互作用により励起子の強い影響を受けることをCuCl量子点を題材として、永続的ホールバーニングによる実験および理論両面から明らかにした。表面を同位体終端したポーラスSiで見出された、表面振動モードと量子化電子状態の複合状態を、実験および理論両面から明らかにした。これら2件の研究は、小さな量子点、表面の寄与の大きい量子点のフォノンの特異性を示すものである。サイト選択発光スペクトルと時間分解発光を用いて、電場下のInP量子点で、励起電子のフォノン緩和の実相を極めて精緻に観測できた。この結果はフォノンボトルネックの理論的予測を打ち消し、量子点のレーザーを含む光デバイスへの応用の原理的制約を取り払うものである。
5) 量子点と量子点が埋め込まれているホストとの相互作用の理解
 量子点のランダムテレグラフシグナル(間欠発光)を、量子点と量子点が埋め込まれているホスト中のトラップとの相互作用として理解し、これが量子点の永続的ホールバーニング現象と同一の機構により起こっていることが明らかにした。またトラップはアンチストークス発光をも引き起こしていることを明らかにした。また、InP量子点の発光線が,母体のGaInP結晶の結晶軸に依存した偏光光学異方性、ダブレット構造を持つことを見出した。これらの研究により、「量子点が埋め込まれているホストと強く相互作用する量子点」という量子点を理解する視点を確立した。
6) 不純物イオンをドープしたSi、Ⅱ-Ⅵ族半導体ナノ結晶の光学的特性の解明
 Si単結晶基板とEuの珪素酸化物微結晶層を基にした薄膜電界発光素子を作製し、白色の高輝度電界発光を得ることに成功した。ナノサイズのZnS:Cu,A1超微粒子において、ドナー・アクセプター対による発光が強く起こることを見出した。また、MnドープのCdSやZnSナノ結晶では、Mn発光の温度消光がバルク結晶と比べ著しく弱いことを見出した。この違いは、ナノ結晶では、励起子の熱解離が起きないことによる。さらに、井戸層に希土類イオンをドープしたZnSSe:Sm/ZnS多重量子井戸では、Sm3+の蛍光量子効率が、バルク中にドープした試料と比べ、およそ40倍にも達することを見出した。

This page updated on August 6, 2001

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