「堀越ジーンセレクタープロジェクト」中間報告

・総括責任者(現職) 堀越 正美(東京大学分子細胞生物学研究所 助教授)
・研究実施期間 平成9年10月~平成14年9月

Ⅰ.研究の概要

 生物の遺伝情報を担う物質であるDNAは、真核細胞では核に存在し、ヒストン蛋白質と結合してヌクレオソームと呼ばれる基本構造を形成している。ヌクレオソームは、他の様々な蛋白質との結合を介してより複雑な構造体であるクロマチンを構成し、染色体と呼ばれる最終的な構造体が形成される。多細胞生物において、一個体を形成するほとんど全ての細胞は共通した遺伝子DNAを有しているが、それぞれの細胞により染色体DNA(クロマチンDNA)から読み出される遺伝情報には差があり、これが各組織・器官の特異性を決定する要因となっている。本プロジェクトでは、「染色体DNA構造のある特定領域を選択し、遺伝情報の読み出し(転写)を制御する分子「ジーンセレクター」を単離し、その作用および反応機構を解明すること、そして発生・分化・癌化などの諸生命現象の成り立ちを、「ジーンセレクター」の相互作用ネットワークを通して説明すること、を研究目的とした。
 染色体構造内のDNAを取り巻く様々なタイプの「ジーンセレクター」の単離については、多種類の方法論を駆使することにより、ほぼ成功した。それらが関わる分子間相互作用ネットワークを系統的に解析する研究も既に軌道に乗った。「ジーンセレクター」の相互間制御カスケードの解明についても、酵母における単一・組み合わせ遺伝子変異を利用した包括的遺伝子発現解析を通して新たな知見を得た。今後、特に「ジーンセレクター」が多細胞生物の発生・細胞分化において果たす特異的制御機能を解明するため、線虫をモデル生物とした逆遺伝学的解析を行う。
 これらの取り組みによって、生物の遺伝子地図の読み出しの制御に関して新たな知見を提供しつつあり、より発展することが期待できる。遺伝情報の選択は転写反応に限らず、DNAの関与する反応全てに共通した事象であることから、他の諸反応にも共通性を持つ知見が得られるものと予想される。また、細胞の増殖、個体の発生・分化は、細胞における遺伝子地図の読み出しの変化によってもたらされる現象であることから、これらの研究分野に対しても新規概念の提示が期待される。

Ⅱ.研究体制と参加研究者

◆研究体制
蛋白質機能グループ(茨城県つくば市/筑波研究コンソーシアム内)
【クロマチン転写制御機構に関わる因子の単離・機能解析】
研究員数:佐々木 貴代、他4名
選択分子機構グループ(茨城県つくば市/筑波研究コンソーシアム内)
【クロマチン制御に関わる分子内ドメインの機能解析】
研究員数:吉田 栄作、他1名
カスケードグループ(茨城県つくば市/筑波研究コンソーシアム内)
【遺伝子発現・細胞内情報伝達カスケードの解析】
研究員数:片岡 和宏、他1名

◆参加研究者(グループリーダー、研究員) ( )内は発足時からの通算
企業 大学・国研等 外国人 個人参加 総計
0(0) 0(0) 1(1) 6(8) 7(9)
平成13年2月1日現在

Ⅲ.研究成果の概要(平成13年2月1日現在)

◆特許出願件数
国内 海外
◆外部発表件数(論文・口頭発表)
  国内 海外
論文 12 12
総説・書籍 11 11
口頭発表 27 15 42
38 27 65

【発表主要論文誌】
  Cell / Genes to Cells / Yeast / Acta Crystallogr D.

主な研究成果

A. 蛋白質機能グループ
1) 酵素・逆反応酵素に共通する新規モティーフ構造の発見・機能解析
 ヒストンに作用する酵素に共通するドメインを探索し、ヒストンアセチル化酵素Esa1およびヒストン脱アセチル化酵素Rpd3内に約20アミノ酸からなる新規ERモティーフを見出した。両酵素に対するアミノ酸点変異実験から、ERモティーフが両酵素の活性に対し共通した制御機能を担う知見を得た。
2) 多細胞生物の多様性を制御する「ジーンセレクター」の単離・解析
 時期・細胞特異的に発現する遺伝子に特異的に働くDNA結合性因子の解析のため、様々なタイプのDNA結合性因子約100種の抽出・単離・発現・精製を試みている。
3) 新規クロマチン構造変換因子のX線結晶構造解析
 ヒストンアセチル化酵素CCG1と相互作用する新規因子CIBの3次元構造解析を試みた。CIBの斜方系結晶のX線構造解析の結果、CIBがα/βフォールドからなる立体構造をとることを解明した。
 
B. 選択分子機構グループ
1) クロマチン制御ドメインを介した染色体DNA情報選択因子の探索・機能解析
 染色体の制御ドメインの解析のため、ブロモドメイン・クロモドメインに代表されるドメインに結合する因子を酵母2-hybrid法などを利用して単離した。現在までにクロマチン構造変換に関与することが報告されていない新規制御蛋白質や酵素など様々なタイプの分子を単離することに成功した。
2) コアヒストンを介した染色体DNA情報選択因子の探索・機能解析
 クロマチンの主要成分であるコアヒストン4種の全アミノ酸に対して変異を導入し、現在までにほぼ全ての変異コアヒストン(総計100種類以上)の作製に成功した。
3) リンカーヒストンを介した染色体DNA情報選択因子の探索・機能解析
 リンカーヒストンは、クロマチン構築に働く因子と考えられているが、クロマチン構造変換反応における役割は不明だった。現在までに、酵母リンカーヒストンH1候補因子の蛋白質カラムを作製し、出芽酵母細胞抽出液から新規相互作用因子を多数精製した。一部についてはORFの同定に成功した。
 
C. カスケードグループ
1) 時間的・空間的に制御されるクロマチン構造変換関連因子の解析
 線虫CIAの機能解析から、初期胚や細胞増殖期においてヒストンシャペロンがクロマチン構造の変換活性を介して染色体分配に関与することを示唆する知見を得た。
2) クロマチン関連因子の関与する細胞内ネットワークの解明
 酵母からヒトまで種を越えて極めて保存性の高いヒストンシャペロンCIAを欠損する酵母株は生存率が低下しており、細胞の大型化、クロマチンの断片化、液胞の肥大化などが観察された。この知見から、酵母にも多細胞生物と類似したアポトーシス機構が存在することが示唆された。
3) 包括的な遺伝子発現解析を通した「ジーンセレクター」のカスケード解析
 酵母サイレンシング因子の種々の変異株を用いて包括的な遺伝子発現解析を行い、染色体の物理地図上における遺伝子発現パターンを導いた。その結果、出芽酵母の染色体末端にはSIRによるヘテロクロマチン化の境界形成以外に、階層性が上位の遺伝子発現障壁が内部に存在することを示した。

This page updated on August 6, 2001

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