「井上過冷金属プロジェクト」中間報告

・総括責任者(現職) 井上 明久 (東北大学金属材料研究所所長 教授)
・研究実施期間 平成9年10月~平成14年9月

Ⅰ.研究の概要

 金属液体を通常の速度で融点以下に冷却する時、過冷却液体は不安定となり、直ちに結晶に凝固し、バルク金属材料は例外なく結晶相で構成されていたが、最近0.01~100K/sのゆっくりとした冷却速度においても過冷却液体の結晶化が生ぜず、液体構造が保持され、金属ガラスがバルク形状材として生成する新現象が見出されている。この発見は、これまでの金属物質学の常識を根底から覆すものである。
 本プロジェクトはこの安定化過冷却液体の構造、安定化機構の究明を図り安定化現象の利用によるバルク形状の金属ガラス、ナノ結晶分散金属ガラス、ナノ準結晶分散金属ガラスなどの新構造、新組織金属材料の創製と高機能な新規工業材料の可能性を探ることを使命とする。
 過冷金属構造グループについては、過冷金属の合金組成および結合性とその原子配列構造との因果関係を研究し、過冷状態の高安定化現象・機構を解明することを使命としている。Fe基過冷金属においては、B-Fe三角プリズム的局所構造を有し、これが過冷却液体域発現の原因であることを見出した。過冷金属変態グループについては、Zr基合金系でガラス形成能の最適条件およびその周辺組成で相変態挙動を調査し準安定相としてナノ準結晶が生成されることを明らかにした。過冷金属制御グループでは、過冷却液体の異常安定化現象の発現機構解明を第一の目的とし、異常安定化現象の顕著なPd系合金を用いて、そのガラス形成過程、結晶化変態過程およびガラス形成におよぼす外的因子の効果について調べ、核生成駆動力の小ささが異常安定化現象の発現機構の一因であることを示唆した。今後引き続き過冷金属の結晶化に対する異常安定化現象のさらなる究明を行うと共に、この新現象を利用した新規工業材料の創出を果たすことにより、「過冷金属学」という新しい学問分野と科学技術領域の開拓が期待できる。

Ⅱ.研究体制と参加研究者

◆研究体制
過冷金属構造グループ(宮城県仙台市太白区八木山南/財団法人 電気磁気材料研究所内)
【過冷金属の異常安定化現象を、合金組成、原子配列構造、結合性から解析・解明】
研究員数:今福 宗行、他5名
過冷金属変態グループ(宮城県仙台市太白区八木山南/財団法人 電気磁気材料研究所内)
【ガラス相からの相変態挙動の解明と安定化要因の究明】
研究員数:才田 淳治、他3名
過冷金属制御グループ(宮城県仙台市太白区八木山南/財団法人 電気磁気材料研究所内)
【バルク金属ガラスの創出と新規工業材料としての将来性の見極め】
研究員数:西山 信行、他6名

◆参加研究者(グループリーダー、研究員) ( )内は発足時からの通算
企業 大学・国研等 外国人 個人参加 総計
6(8) 0(0) 4(5) 4(4) 14(17)
平成13年2月1日現在

Ⅲ.研究成果の概要(平成13年2月1日現在)

◆特許出願件数
国内 海外
21 26
◆外部発表件数(論文・口頭発表)
  国内 海外
論文 84 84
総説・書籍 17
口頭発表 58 45 103
66 138 204

【発表主要論文誌】
  Appl. Phys. Lett/ Phil. Mag. Lett./ Physical Review B / J. Appl. Phys./ Acta Materiallia

主な研究成果

1) Fe基過冷金属の構造解析と熱安定性の解明
 Fe-M-B(M=Cr,W,Ta,Nb,Hf,Zr)系過冷金属の局所構造の研究を行い、いずれも(Fe,M)-B三角プリズム的局所構造がM原子を介して辺共有的に繋がったランダムネットワーク構造であることを明らかにした。M原子とFe原子およびB原子との結合力が強いほどこのネットワーク構造が安定となり、過冷却液体域が発現するものと結論した。
2) Zr基過冷金属の構造解析と熱安定性の解明
 Zr-Al-Ni系過冷金属においてガラス状態から過冷却液体への相変態では局所構造全体の大きな変化はないが、過冷却液体から結晶への相変態ではZr原子周りの同種原子相関が大きく減少し異種原子相関が大きく増加することが明らかになった。すなわち、結晶化過程では局所構造の大きな組み換えが必要となるが、この原子再配列が困難であることが、過冷却液体域発現およびその高安定性の原因であることを示した。
3) 最適ガラス組成に微量の添加元素を入れて局所構造を反映した結晶相を優先的に析出
 Zr-Al-Ni-Cu合金にPd,Au,Pt等の貴金属を添加することで正二十面体準結晶相が析出することを明らかにした。Zr-Al-Ni-Cu合金にNbを添加した場合でも正二十面体準結晶相が析出することを確認した。Zr-Al-Ni-Cu合金にMo添加した場合は大きな単位胞を有する非平衡相(Big-cube-phase)の析出を確認した。
4) 最適ガラス組成の極初期の結晶相の組織、構造、組成変化の調査
 Zr基金属ガラスにおいては、極初期結晶相を調査した結果、Big-cube相および正二十面体準結晶相という2つの準安定相の析出を見出した。このことは、液体中に存在する二十面体クラスターが過冷却液体さらにガラス状態においても安定に存在することを示すものと考えられる。
5) ガラス構造を高分解能電子顕微鏡で直接観察
 Zr-Pd2元合金においてas-quenched材の局所構造を高分解能電子顕微鏡で観察した結果、同心円状のローカル構造が観察された。これらのローカル構造は正二十面体クラスターを仮定した像シュミレーション結果と酷似している。即ちガラス状態中に正二十面体クラスターが存在することを示唆している。
6) Pd系合金における過冷却液体からガラス固体への遷移
 Pd-Cu-Ni-P系合金の平衡液体、過冷却液体、ガラス固体および結晶化固体の比熱測定を行ない、これらの比熱より過冷却液体/結晶間の自由エネルギー差を求めた。その結果、過冷却液体の結晶化に対する安定化の向上とともに自由エネルギー差は小さくなり、核生成駆動力が小さいことが異常安定化現象の発現機構の一因であることを示唆した。
7) Zr系合金の液体構造の温度依存性
 Zr系合金液体の急冷開始温度はその温度での液体構造を反映しており、この温度を制御することによりガラス固体の結晶化組織を制御できる可能性がある。この現象を利用してナノ結晶分散Zr基金属ガラスを創製した。ナノ結晶の体積分率を制御することによりガラス状態での伸びを維持しながら引張り強さおよびヤング率の向上が図れることが判った。
8) 工業上有用な新機能・新構造物質の創製・開発
 高強度・高靭性Zr系金属ガラスをはじめ軽量・高強度Mg系およびTi系金属ガラス、良好な軟磁気特性を有するFe系金属ガラス、結晶化組織を制御し良好な磁石特性を有するFe系部分結晶化金属ガラス等の工業上有用な新機能・新構造物質の創製・開発を行なっている。

This page updated on August 6, 2001

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