「五神協同励起プロジェクト」中間報告

・総括責任者(現職) 五神 真(東京大学大学院工学系研究科 教授)
・研究実施期間 平成9年10月~平成14年9月

Ⅰ.研究の概要

 このプロジェクトでは、最新のレ-ザ-技術を駆使し、光励起過程を通じて自然には存在しない物質の新しい状態を発現させる。特に電子励起状態を経由して作られた状態において、原子間や光励起キャリア間の相互作用を通じて多体系としての量子現象を顕在化させ、巨視的な量子状態を実現することを狙う。この状態に至る光励起過程とその結果生じる物質の状態を象徴的に「協同励起」と呼ぶことにする。さらにその状態 ―光によって作られた巨視的な量子状態― が示す新しい機能を追求し、光エレクトロニクスなどの応用においてブレークスルーとなる革新的な技術の創出を目指している。特に、極限的な光素子の実現につながる超高速光非線形性や光増幅機能、多数の原子を自由に操作する技術などに注目する。個々の粒子の一体の量子状態を制御する波動関数制御と対峙して、相互作用を媒介として集団の量子状態を制御することを狙う点が特徴である。ここでは原子系から固体までに亘る様々な物質系を対象とする実験と、その中から共通の概念を取り出すための理論的な研究を実施する。具体的テーマは極低温高密度原子ガスの量子凝縮の実現とその応用、固体中の極低温高密度キャリアの生成法と量子凝縮キャリアの物性、新規半導体材料としての窒化ガリウム系材料の試料制御技術の確立と高密度キャリアの光機能、粒子間の相互作用が本質的に重要な強相関電子系の光学現象、光と強く相互作用する多体量子系の理論である。これらのテーマはそれぞれ独立に研究を進めるが、相互の連携に配慮し、「協同励起」として統一的な視点から共通の概念を明らかにしていく。

Ⅱ.研究体制と参加研究者

◆研究体制
協同励起基礎グループ(神奈川県川崎市/KSP内、 東京都文京区/東京大学内)
【極低温高密度原子ガス、固体中の極低温高密度キャリア】
研究員数:香取 秀俊、他2名
協同励起応用グループ(主に東京都新宿区/東京理科大学内、 東京都文京区/東京大学内)
【新規半導体材料としての窒化ガリウム系材料の試料制御技術確立、粒子間の相互作用が本質的に重要な強相関電子系の光学現象】
研究員数:大川 和宏、他4名
理論設計グループ(米国アリゾナ州/アリゾナ大学内)
【光と強く相互作用する多体量子系の理論】
研究員数:Peyghambarian Nasser、他4名

◆参加研究者(グループリーダー、研究員) ( )内は発足時からの通算
企業 大学・国研等 外国人 個人参加 総計
1(2) 2(2) 4(5) 4(4) 11(13)
平成13年2月1日現在

Ⅲ.研究成果の概要(平成13年2月1日現在)

◆特許出願件数
国内 海外
◆外部発表件数(論文・口頭発表)
  日本語 英語
論文 31 31
総説・書籍
口頭発表 57 46 103
65 77 142

【発表主要論文誌】
  Phys. Rev. Lett. / Phys. Res. B / Phys. Res. A / Appl. Phys. Lett. / J. Phys. Sco. Jpn

主な研究成果

1) 光学的手法による縮退原子ガスの生成法の開拓
 今までに実現された縮退原子ガスを生成する方法と違い、冷却過程を全て光学的手法とすることで桁違いに急速に高密度極低温原子ガスを得る方法を開拓している。ストロンチウム原子を対象にして、現在までに(1)スピン禁制遷移を第2段階冷却として採用して数百ナノケルビンの温度領域まで冷却できたこと、(2)光双極子トラップを採用し位相空間密度として0.2まで高密度化できたこと、など我々独自の高速冷却高密度化手法の開拓に成功している。ストロンチウム原子にはボース粒子の他にフェルミ粒子の同位体があり、これをトラップして1マイクロケルビンまで冷却することにも成功している。
2) 高品質窒化ガリウム系半導体の成長
 窒化ガリウム系半導体のMOVPE成長において、高い成長温度に起因する熱対流抑制や原料ガス分解制御が必要である。MOVPE法をシミュレーション解析し、原料ガスの分解がGa源とN源で分布に違いが出やすく最適条件が狭くなることを見出した。解析結果をもとに更なる高品質な結晶成長に挑戦している。また組成の空間分布を人工的に制御することにより凝縮キャリアの生成法を探求している。
3) ペロブスカイト型銅酸化物における超高速非線形光学応答
 強相関電子材料と呼ばれる物質群の中で絶縁体となる物質系の非線形光学応答に注目している。これらの物質はバンドは充満していないが、電子正孔系が電子間相互作用により金属状態をとらずに絶縁体となっているものであり、「協同励起」が基底状態で実現しているものと見なすことができる。これまでの研究で、高温超伝導を示す銅酸化物の関連物質である、擬一次元一重鎖系Sr2CuO3が非線形光学材料としても有望であることが明らかとなってきた。即ちこの材料を全光スイッチに応用すると、室温・光通信波長帯域で10テラビット/秒の速度を達成できる可能性があることが見出された。また、擬一次元二重鎖系SrCuO2、擬二次元系Sr2CuO2Cl2を調べ、次元性の違いが光学応答に決定的な影響を与えていることを明らかにした。
4) 二重ペロブスカイト型鉄モリブデン酸化物における時間分解磁気分光
 光によるスピンの集団的制御を目指して時間分解磁気分光を行っている。本研究では磁気カー効果による信号変化をポンプ・プローブ法で検出することにより、巨視的な磁化のダイナミックスを調べた。カー回転が比較的大きく検出が容易なSr2FeMoO6を対象とした。この系はハーフメタルであり、伝導電子が完全にスピン偏極していることから、上記の方法で光励起後のスピン系の熱緩和過程を他の自由度と分離して捉えることが出来ることを見出した。これにより、スピン系の緩和現象をピコ秒領域という従来の手法では観測できない時間領域で観測することに成功し、相転移近傍での発散的振る舞いが非常に広い温度領域で見られることがわかった。これは、超高速領域での非平衡スピンダイナミクス研究の端緒を開くものである。
5) 励起子間相互作用と非線型光学応答の理論的研究
 半導体中のバンド端近傍の非線形光学応答は光素子への応用上重要であるが、その理論は電子正孔系の四体以上の相関をまともに扱う必要があることから、難しい問題の一つである。本プロジェクトでは四体の相関を励起子の二体の相互作用によって現象論的に記述する扱いについて理論実験両面から研究を進めてきた。ここでは、電子正孔を出発点とするスキームで、これまで現象論的に扱われ実験をよく再現することが明らかとなってきた励起子間相互作用の効果を第一原理から導くことに挑戦した。非平衡グリーン関数と動的制御切断(DCT)法を用いてコヒーレント過程と光誘起の散逸過程をよく取り込める一般公式を構築した。これを用いて励起子系の励起子―励起子散乱に対して数値計算を行ったところ、二次元系ではボルン近似が破綻することを見出した。数値的な非摂動計算の結果は実験結果をうまく再現することがわかった。
6) Sr2CuO3の巨大光学非線形性に関する理論的研究
 Sr2CuO3の巨大光学非線形性に関する実験を理論的に解明する為の理論研究を行っている。この物質では一光子状態の近くに二光子状態が存在し、その間に大きな遷移双極子能率をもつことがわかり、その結果として大きな二光子吸収が生じることが解明された。
7) 遷移金属酸化物の光学応答の理論的研究
 遷移金属酸化物の線形及び非線形光学応答の諸問題を解明した。我々の提唱している励起子クラスターモデルは二次元銅酸化物の線形及び非線形光学応答を記述するのに有用であることがわかった。

This page updated on August 6, 2001

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