「高井生体時系プロジェクト」
(終了報告)

総括責任者(終了時) 高井 義美(大阪大学大学院医学系研究科 教授)
研究実施期間 平成6年10月~平成11年9月

1.研究の概要

 本プロジェクトでは、低分子量G蛋白質が中核的なバイオタイマーであると考え、この分子機能と作用機構を解析することから研究を開始した。この研究過程でいくつかの因子が全く新しい細胞間結合に関与していることが強く示唆されたので、この細胞間の情報伝達の場となる細胞間結合の構造を明らかにして、複雑な生命現象の時系制御機構を解明する糸口とした。また、神経伝達が行われる神経細胞間の結合である神経シナプスに局在する新しい構成分子を探索し、記憶学習の時系制御機構を検討した。そして、これらの低分子量G蛋白質や単離同定された因子が実際に生体でどのような役割を演じているのかを遺伝子欠損マウスを作製し、個体発生の時系制御機構の解明を行った。その結果、バイオタイマーの概念の端緒である低分子量G蛋白質が実際にバイオタイマーの普遍的な要素のひとつであること、上皮細胞間結合の全く新しい接着機構を見出したこと、神経シナプスに局在する多数の新しい構成分子を見出したことなど、多彩な生命現象の時間的秩序が、シグナル伝達の反応速度、シグナルの量、シグナルが伝達される距離の空間的配列の三者によって決定されることを明らかにし、構造的には 細胞間結合がバイオタイマーの場として重要であることを示し得たと考えている。

2.研究体制と参加研究者

○研究体制
遺伝子グループ 【細胞間結合蛋白質の同定と細胞間接着機構の時系制御の解明】
(兵庫県神戸市/日本ケミカルリサーチ(株)研究所内)
機能グループ  【神経シナプス結合後部蛋白質の同定と後シナプスの時系制御の解明】
(兵庫県神戸市/日本ケミカルリサーチ(株)研究所内)
時系制御グループ 【単離した遺伝子を人工的に改変して個体レベルにおける時系制御の解明】
(大阪府大阪市/大阪府立成人病センター内)
○参加研究者(グループリーダー、研究員)
企業 大学・国研等 外国人 個人参加 総計
12

3.研究成果の概要

○特許出願件数
国内 海外
17 20
○外部発表件数(論文・口頭発表)
国内 海外
論文 33 33
総説・書籍 10
口頭発表 50 56
58 41 99

【発表主要論文誌】
  Science/Journal of Biological Chemistry/Journal Cell Biology

主な研究成果

1) 神経伝達物質放出の時系制御因子の発見と機能の解明
 私共が見出していたRab3サブファミリー低分子量G蛋白質とその活性化阻害因子 (Rab GDI) は神経伝達物質放出の時系制御に関与している。今回、Rabサブファミリーを活性化する因子 (Rab3 GEP) を見出し、Rab3GEPがRab GDIと共に神経伝達物質の放出と、それに引き続く記憶形成に関与していることを解明した。
2) 個体発生における低分子量G蛋白質の機能の解明
 細胞骨格の制御に関わるRhoファミリー低分子量G蛋白質の活性化阻害因子 (Rho GDI)、細胞増殖・分化の制御に関わるKi-Ras/Rap1/Rhoファミリー低分子量G蛋白質の活性制御因子 (Smg GDS) の欠損マウスをそれぞれ作製し、これらの低分子量G蛋白質が個体発生の時系制御に果たす役割を解明した。
3) 細胞運動と神経軸索伸長の時系制御因子の発見と機能の解明
 細胞運動や神経軸索伸長においてリモデリングを制御する新規分子 (frabin) を見出した。Frabinは既存のアクチン細胞骨格に依存してCdc42低分子量G蛋白質を活性化し、新しい構造のアクチン細胞骨格 (filopodia) 形成を時・空間的に制御していることを解明した。
4) 細胞間結合と細胞基質間結合の新しいF-アクチン結合蛋白質の発見
 細胞間結合と細胞基質間結合の新しいF-アクチン結合蛋白質 (neurabin, nexilin) を見出した。Neurabinは、frabinとは異なるアクチン細胞骨格 (lamelipodia) の形成を制御して神経軸索の伸長に、nexilinは細胞基質間結合とアクチン細胞骨格との連結にそれぞれ関与していることを解明した。
5) 新しい細胞間接着機構の発見と機能の解明
 上皮細胞間結合の新しい接着機構を見出し、NAP系と命名した。NAP系は、接着分子 (nectin) と、これをアクチン細胞骨格に連結する (afadin)、およびcadherin系に連結する (ponsin) の少なくとも3つの構成因子から成り、接着帯と密着帯形成を時・空間的に制御していることを解明した。
6) 神経シナプスの新しい構成因子の発見
 神経シナプスの多数の新しい構成因子 (SAPAP, S-SCAM, BEGAIN, MAGUIN, SPAL, synamon, nRap GEP, nArgBP2) を見出し、これらが神経シナプス接着因子や神経伝達物質受容体、可塑性に関わるシグナル分子等を神経シナプスに効率よく集積させ、記憶学習の時系制御に関与していることを提唱した。

This page updated on May 12, 2000

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