総括責任者(終了時) | 山元 大輔(早稲田大学人間科学部人間基礎科学科 教授) |
研究実施期間 | 平成6年10月~平成11年9月 |
1.研究の概要
本プロジェクトで目指したものは、キイロショウジョウバエの性行動異常突然変異体を切り札として、性行動を生み出す神経システムの形成と機能発現がどのような物質的基盤を持ち、どのような分子的、細胞的機構に支えられているのかを明らかにすると共に、進化過程でその機構にどのような変化が生じて行動の多様性を導いたのかを理解する手掛かりを得ることであった。5年にわたる研究の結果、性行動異常の原因遺伝子のうち、fruitless (satori), spinster, lingerer, fickle, okinaの5つのクローニングに成功し、chaste についてもクローンの取得に至っている。fickleとokinaは末梢(効果器)レベルの異常を伴っているため、神経機構の解明にとっての有効性は限られたものとなろうが、fruitless, spinster, lingerer及びchaste については、発現パターンや部位特異的、時期特異的強制発現の実験から、その行動への作用が神経路の形成を介したものであることが明らかになった。行動の多様化の遺伝子機構を探る進化グループも大きな成果を上げた。Scaptomyza属が実はハワイを起始点に持ち世界に広がったことが明らかとなり、島嶼での多様化が進化一般に持つ重要性がクローズアップされた。一方、脳構造の比較研究からは、性行動制御にとりわけ重要な部位である触角葉の糸球体に従来知られていない性的二型性が見出され、しかもその形成の進化史を具体的に描き出すことに成功した。今後この発見を遺伝子レベルの解析へと発展させることにより、行動の進化を遺伝子で理解するという大きな目標に一層接近することが可能であろう。
2.研究体制と参加研究者
○研究体制 | ||
・ | 遺伝子構造解析グループ | 【性行動制御遺伝子の分子生物学的解析】 |
(東京都町田市/三菱化学生命科学研究所内) | ||
・ | 遺伝子機能解析グループ | 【性行動制御遺伝子の細胞、個体レベルでの解析】 |
(東京都町田市/三菱化学生命科学研究所内) | ||
・ | 遺伝子進化グループ | 【性行動制御遺伝子の進化的研究】 |
(アメリカ ホノルル市/ハワイ大学内) |
○参加研究者(グループリーダー、研究員) | ||||
企業 | 大学・国研等 | 外国人 | 個人参加 | 総計 |
2 | 0 | 6 | 7 | 15 |
3.研究成果の概要
○特許出願件数 | ||
国内 | 海外 | 計 |
1 | 1 | 2 |
○外部発表件数(論文・口頭発表) | |||
国内 | 海外 | 計 | |
論文 | 0 | 16 | 16 |
総説・書籍 | 25 | 7 | 32 |
口頭発表 | 142 | 46 | 188 |
計 | 167 | 69 | 236 |
【発表主要論文誌】
Proc. Natl. Acad. Sci../Development/Biochim.Biophys.Acta./Genes Dev./J.
Biol. Chem./Mechanism of Development/Genomics/Molecular and Cellular Biology/Learning
and Memory/Peptides
主な研究成果
1) | 迅速、高効率な新規の変異誘発-遺伝子クローニング法の開発 |
Dual tagging gene trapと称する新技法を開発した。遺伝子内部にP因子挿入がおこり、変異の生じたショウジョウバエ個体を外見で同定でき、その遺伝子のmRNAをマーカー配列との融合体として特定し容易にクローニングできる画期的方法である。 | |
2) | 性行動制御遺伝子のクローニングと変異体の「遺伝子治療」 |
satori 変異体他4つの変異体の各原因遺伝子のクローニングに成功し、新規の性決定因子をはじめこれまでに知られていない新しいタンパク質群が性行動にかかわっていることを明らかにした。また一部の変異体については行動異常の「治療」に成功した。 | |
3) | ヒト及びマウス相同遺伝子の分離 |
キイロショウジョウバエで同定した上記の遺伝子のうち、spinsterとlingererについてはヒトとマウスの相同遺伝子を分離した。この結果から、キイロショウジョウバエの性行動にかかわる遺伝子群がヒトをはじめとする哺乳類にも存在していることがわかった。 | |
4) | 成体ニューロンの細胞系譜解析 |
少数の神経芽細胞(幹細胞)のみにマーカーを発現する新規の人工遺伝子を用い、その神経芽細胞に由来する全てのニューロンを、発生過程を追ってラベルする方法を開発。これを利用してキイロショウジョウバエ成虫の脳内ニューロンについて初めての細胞系譜分析を行った。 | |
5) | 脳の性的二型性の進化プロセスの解明 |
ハワイ固有種の脳触角葉を三次元再構成した研究から、雌と比較して雄で数倍の体積をもつ糸球体を発見した。この糸球体は、特定の系統分枝にのみ存在すること、その系統分枝の祖元種では性差がなく、新しく生じた種ほど性差が拡大する「定向性」を示した。この変化は約100万年の期間に生じたと推定された。 | |
6) | ハワイ起源の世界広域分布種群を特定 |
性行動制御遺伝子及び形態形成遺伝子の広汎な塩基情報の比較から、今や世界中に分布するScaptomyza属がハワイ固有のDrosophilaから分裂し、拡散したことを示す明確な証拠を得た。 |
This page updated on May 12, 2000
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